いつものことながら、何を見せられているんだろう。
というのが、伯爵令息イアン・クラヴェルの率直な感想だった。
貴族御用達のカフェテリア。頼んだケーキと紅茶は美味しい。
だけれど。
「姉様のケーキ、美味しそう」
「あら、食べてみる?」
そう言って婚約者であるアシュリー・フランシスは、フォークでショートケーキを切り分けた。そして自然な動作で、それを口元へと持っていく。
「あー……んん」
その対象は婚約者である自分ではなく、彼女の弟のクリスだ。彼はアシュリーが差し出したケーキを頬張り、嬉しそうににっこりと微笑む。
「うん、美味しいよ、姉様。お返しに、はい、あーん」
「あーん……」
クリスが差し出したケーキを、今度はアシュリーが頬張る。
「……うん、美味しいわ」
口元を押さえて微笑むアシュリー。
それに微笑み返しながら、クリスはこちらをちらりと見て目を細めた。明らかに優越感と蔑みが混じっているそれに、イアンは内心で溜息を吐く。
「姉様、イアン様にも分けてあげたら?」
「えっ? だ、だめよ。その……恥ずかしいもの」
顔を赤らめてもじもじとするアシュリー。
弟に衆人環視でやるのは恥ずかしくないのか、と突っ込みたいがイアンは堪える。
「お気持ちだけで充分ですよ、ありがとう」
精一杯柔らかく微笑んでそう返せば、アシュリーもまた微笑む。それは安堵から来るものなのか、判断は出来なかった。
「……」
クリスの隠そうともしない勝ち誇った笑みを敢えて見ないフリをして、イアンはカップに口を付けた。
フランシス伯爵家の姉弟は仲睦まじいことで有名だ。
そう、良い意味でも悪い意味でも。
しかし当の本人たちはそれを自覚するどころか、『姉弟で仲良くすることの何が悪い』と開き直っているようだ。
これはいけない、と将来を危惧したフランシス伯爵は、姉であるアシュリーに付き合いのあるクラヴェル伯爵家の一人息子であるイアンとの婚約を纏めた。
そして顔合わせの時。
仲睦まじいといっても大げさに言っているだけだろう、噂などそんなものだ、と思っていたイアンはその考えが甘かったことを痛感することになった。
客間のソファに座っていたのは、フランシス伯爵と蒼色の髪に翠色の大きな瞳の可愛らしい少女。そして『そのまた隣に』当然のように座っている少女と同じ髪色と瞳の色を持つ少年。顔立ちもまた見事にそっくりで。
内心で汗を搔きながら互いに紹介を終え、最後に被せるように少年が「クリス」と名乗り、続けて。
「姉様のお相手に相応しいかどうか、見極めようと思いまして」
と初対面の相手に普通言わないであろう失礼過ぎる発言をし、場を凍り付かせた。
フランシス伯爵は必死に謝ってくれたが、当のアシュリーといえば。
「まあ、クリスったら。仕方ないわね」
と柔らかく微笑むだけだった。咎めることもせず、嬉しそうに。
止めなかったのか、とフランシス伯爵に問えば、「直前で強引に馬車に乗って来た」とのこと。
これはどうしようもないのでは? とイアンは不安に思ったが初対面で判断するのも失礼だと思い直し、改めてよろしくお願いしますと返事をした。
そして所謂『お付き合い』というものが始まったのだが、デートはクリスが同行するのは当たり前。それを指摘すれば、アシュリーが、
「ごめんなさい。どうしても付いて来ると言って聞かなくて」
と申し訳なさそうにフォロー(?)をする。そして当のクリスは「当然だ」という顔をするものだから始末に負えない。
観劇に誘えば席順は、アシュリー、クリス、イアン。しかも寄り添い合って合間合間で小声で感想を言い合うものだから、疎外感が半端ない。
カフェやレストランは、当然のようにイアンがアシュリーの横をキープ。シェア出来るものは、冒頭のように「あーん(はあと)」が繰り広げられる。
決してアシュリーと会話ができない訳ではない。好きな本や趣味で話が弾んだこともある。が、やはりクリスが割り込んで来て、最終的には2人しか分からない話大会になるため、イアンは口を閉ざすしかない。そしてその度に向けられるクリスの勝ち誇った顔と「貴方には分からない話をして申し訳ありません」と薄っぺらい謝罪をされるのにも、溜息を堪えながらも「気にしないでください」と大人な対応をするのにも機械的になってきたところだ。
大体将来的には身内になるといっても、アシュリーはクラヴェル家に嫁入りするという前提のものだ。それを分かっているのだろうか、いやもしかしたら結婚後にクリスもセットで付いてくるのかと一抹の不安が過ぎる。
2人の歳が大きく離れているというのならば、アシュリーが親の役割も担っていたかもしれないと許容することも出来たのだろうが、そんなことはない。何故なら2歳しか離れていないから。
クリスは「可愛くて優しい姉様」が離れていくのが気に喰わないのだろうが、アシュリーが何を考えているのかがイマイチ分からない。
『2人の男に取り合われる私って罪ね』とでも思っているのだろうか。その内の1人は実の弟なのだがそれでいいのか、という突っ込みたくはあるが……。
(そろそろ何とかしないとな……)
婚約を結んで半年。
そろそろ結婚への具体的な話を切り出して良い頃だろう。だが今のままでは話にもならない。
「イアン様、スワン様がいらっしゃいました」
執事がそう告げに来たのに「ありがとう」と返し、イアンは足を踏み出した。
「急なお話にも関わらず来ていただき、ありがとうございます」
ガゼボにてそう切り出せば、フェリシア・スワンは目を細めてみせた。彼女はイアンの従姉妹であり、幼い頃から良き相談相手として姉のように慕っている人物だ。
「いいのよ、気にしないで。それで、相談は何かしら?」
大体検討はつくけれど、とフェリシアは付け加えて、優雅な手付きでカップを傾ける。
敵わないな、それとも分かりやすいのかな、とイアンは思いながら口を開いた。
「私の婚約者であるアシュリーのことなのですが」
「ええ、有名よね。フランシス伯爵家の『仲睦まじい姉弟』でしょう? 禁断の垣根を越えて伯爵家を継ぐのではないか、なんて口かさが無い方々の間では囁かれているわね」
音も無くカップが置かれる。
「そんな噂のある2人の片割れがよりにもよって貴方の婚約者になったと聞いた時は、本当に心配したのよ? 古くからの付き合いがあるとはいえ、クラヴェル伯爵のお考えになることは分からないわ。お断りしても支障はないでしょうに。これは私の父も仰られていたことよ」
「そうなのですね……」
そういえば婚約が決まって間もない頃に、父が妙に青い顔をしていたことがあった。もしかしたら手紙で叱責を受けていたのかもと思う。
「それで? 具体的に聞かせていただけるかしら?」
「何から話したら良いのか」
「最初から話して、終わりまで言えば良いのよ」
また優雅にマカロンを口に運びながらフェリシアが答えた。
それに何となく気が軽くなる。
「では、最初から」
と前置きしてから事細かに話していくと、フェリシアの表情が段々と難しいものになっていく。
「それで、どう対応したものかと」
「……よく半年も耐えたわね。貴方は優しすぎるわ」
「恐れ入ります」
「褒めてないわよ」
もう、とフェリシアはカップを傾ける。それに少しばかりバツが悪い思いをしながら、イアンもカップに口を付けた。香り高い紅茶が、ささくれた心を少しばかり癒してくれる。
「それで、解消もしくは破棄するのかしら?」
「そうですね、話していて思いました。このまま結婚しても互いに不幸になるだけだと」
「そう。良いんじゃないかしら。貴方は話すことで整理をするタイプだものね」
やはり敵わないな、とイアンは改めて思う。
自分が話すことで整理し、その結果どう行動するのかをこの従姉妹殿は全て見透かしているのだから。
「ただ、ですね」
「なに?」
不思議そうな顔をするフェリシアに、イアンは静かに目を細めてみせた。
「ごめんなさいね。弟も一緒で構わないかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ。行きましょうか」
いつもの通り。アシュリーはクリスを伴い現れた。
それにイアンもいつも通りの返事をし、アシュリーをエスコートした。その際クリスから睨まれるが、これもいつものこと。
今話題のオペラが上演されている会場。席順もまたいつも通り、アシュリー、クリス、イアン。上演中もいつも通りの光景が繰り広げられる。……周りの客からどう思われているのか、2人は知らないのだろう。いや、気にしていないというべきか。
そして幕が降り、余韻に浸りながらもイアンは提案した。
「新しく出来たレストランを予約しておきました。すぐ近くなので、歩いていきましょう」
「まあ、それは楽しみですわ」
「そうだね、姉様!」
微笑みあう2人。それに何ら反応を示すことなく、イアンは口を開いた。
「私が先導しますので、クリス殿、アシュリー様を」
「姉様、お手をどうぞ」
「あら、ありがとう」
言い終える前だったんだが、とイアンは思ったが黙っておく。
仲睦まじげに手を取り合うアシュリーとクリスを「こちらですよ」と案内する。人通りはそこそこあるが、充分辺りは見渡せる状況だ。
注意しながら広い通りへと出た。
瞬間。
「アシュリー・フランシス!!」
響き渡る大きな声。
見れば、大柄な男がアシュリーを狂気に満ちた目で睨みつけていた。その手にあるのは、ぎらり、と光る大振りのナイフ。
「ひぃっ!?」
アシュリーは目を見開いて、小さく悲鳴をあげた。
ナイフが素早く向けられ。
「ぶっ殺してやるうぅぅぅー!!」
男がこちらに突進してきた。
避けなければ。だけど、足が竦んで動かない。
すると。
どんっ
背中を押されて、男の真正面に出てしまう。突き飛ばされた、と分かった直後、男が間近に迫りナイフを振り上げた。
「きゃああー!!」
アシュリーは悲鳴をあげて、その場に蹲ることしか出来なかった。
今にもナイフがアシュリーに突き刺さろうとした。
その時。
だぁん!!
何かを地面に打ち付けたような音が響いた。
「ぐうっ……!」
男の呻き声が聞こえる。
恐る恐る頭を上げてみれば、男が地面に押さえつけられている。そしてその主は、自分の婚約者であるイアンだった。
「い、イアン様……」
震える声で名を呼べば、イアンは安心させるかのように微笑んでくれた。
「アシュリー様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
守ってくれたのだ、と分かった瞬間、アシュリーは目を見開いた。
誰かが呼んでくれたのか、警備隊がやってきて男を拘束した。そして連れて行かれるのを見送り、イアンはアシュリーに向かって手を差し出す。
「立てますか?」
「はい……」
アシュリーは、ぼうっとした表情のままその手を取ってよろよろと立ち上がった。
「今日はもう帰った方がいいですね。送ります」
「は、はい……」
「クリス様も……ああ、そこにいたんですね」
イアンが顔を向けた先に、アシュリーも顔を向ける。
数メートル程離れたそこには、クリスが蹲ったままぶるぶると震えていた。
「……っ」
アシュリーは気付いてしまっただろう。
自分を突き飛ばしたのは、他でもないクリスであると。
「ね、姉様、ご無事ですか?」
視線に気づいたのだろう、クリスが立ち上がって駆け寄って来る。
が、アシュリーはそれに顔を向けることはせず、イアンへと口を開いた。
「……イアン様、守っていただいて本当にありがとうございます。お言葉に甘えてよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ」
イアンは優しく微笑む。
「お願いします」
「ええ、では行きましょう」
「姉様、これは違うんだ、姉様……!」
クリスが後ろからそう叫ぶが、アシュリーは一切振り返ることはなかった。
数日後。
クラヴェル家の客間。
「もう、お加減はよろしいのですか?」
「ええ、お手紙とお見舞いの品々、ありがとうございます」
アシュリーとそう言い合ってから、イアンはちらりと視線を走らせる。
「……クリス様もお変わりなくて何よりです」
「何時までも落ち込んではいられませんから。姉様のためにも」
「嬉しいわ、クリス」
そうして微笑みあう2人。
それに少しばかり目を狭め、イアンは書類を机上へと並べた。
「こちらの書類に、よくお読みの上でサインをお願いいたします」
「あら、何ですの? イアン様と私とのこれからのお話について、と伺っておりましたので、結婚について具体的なお話を進めるのかと思いましたのに」
「結婚……姉様ぁ……」
「大丈夫よ、クリス。例え結婚したとしても私はいつまでも」
「結婚? 何を仰られているのですか?」
イアンが首を傾げながら発した一言に、姉弟の麗しい舞台()は強制的に終わる。
「もう一度言います。その書類をよく読んでください」
強く促され、アシュリーは書類を手に取り、目を走らせた。
「こ、婚約解消……?」
震える声で愕然とそう呟かれても、イアンの心は凪いだままだ。
「姉様に何の不満があるというんだ!?」
クリスがそう怒鳴り付けると、イアンは静かに口を開いた。
「あなた方は、何様なのでしょうか?」
「なっ……」
思いもかけない言葉に絶句するクリス。
イアンは口角だけを吊り上げ、言葉を続けた。
「この国を造られたパテス神とマーテ神は創造主のシエル神から生み出されました。この関係は言わば『
何を言おうとしているのか察した2人の顔が見る見る内に赤くなる。が、イアンは貼り付けた笑みを崩さなかった。
「それを踏まえた上で、もう一度お聞きします」
「あなた方は、神様なのでしょうか?」
わなわなと震える2人に、さらに畳みかける。
「あのような事があったというのに、クリス様に愛想を尽かすどころか愛情を注ぎ続けるアシュリー様は素晴らしい方ですね。しかし神だというのならば、その寛容さも納得がいきますよ。いや実に素晴らしい」
「あ、あれは……、クリスも動揺していたのですわ!」
「人は緊急時に本性が出るものですよ。ああ、それも神ゆえの傲慢さというものですか。となれば、クリス殿の行動も納得がいきますね」
「自身の安全のためならば、姉のアシュリー様のみならず、『お腹の子』も犠牲にすることも厭わないとは」
空気が凍り付いた。
「おなかの、子……?」
クリスが呆然と繰り返した。その顔を冷や汗が伝い落ちる。
「どうして……っ」
アシュリーの顔は真っ青だ。反射的に腹を庇う仕草をしたことが、イアンの言葉が正しいことを示す。
「あの後念のため病院に行ったでしょう。婚約者という立場上、教えてくださったのですよ」
「アシュリー様は妊娠している可能性があると」
「その様子ですとご自身で検査なさったようですね」
「……」
アシュリーの顔は青を通り越して紙のように白い。忙しいことだ、とイアンは冷めた目で見つめる。
「それで、その子の父親はどなたでしょうか? 私ではないことは断言できますよ」
ちら、と今度はクリスに目を向ければ、彼の顔も紙のように白い。
もう答えは出ているも同然だ。
「これは不貞行為以前の問題ですね。……しかし、あなた方が『神様』だというのであれば話は別です」
「『神様』である証拠を提示してください」
「そ、そんなこと出来る訳ないだろう!」
「では認めるのですね。『神様』ではなく『人間』だと」
笑みを消して鋭い視線と声で指摘すれば、クリスはぐっと言葉に詰まった。
イアンは静かに言葉を続ける。
「私の子として育てさせ、姉弟で我がクラヴェル家を乗っ取ろうとするとは恐れ入ります」
「の、乗っ取るなんて、そんな」
「では私の子として育させる……所謂『托卵』は認めるのですね?」
「……」
唇を噛みしめるアシュリーに、イアンは絶対零度を思わせる視線を向けた。
「沈黙は肯定とみなします。そのような方との婚約、ましてや結婚など出来る筈がありません。サインをお願いします」
「っ、で、ですが、お父様が許すか」
「書類を本当に読んだのですか? フランシス伯爵のサインはとうにいただいております。加えて私の父上のサインも」
そう言ってやれば、2人は食い入るように書類を見た。ひゅ、と息を飲む音が、妙に響き渡る。
「サインをしていただけないのであれば、そちらの有責により『婚約破棄』といたします。その場合精神的苦痛による慰謝料を請求させていただきますので、ご承知おきください」
大人しくサインするなら『婚約解消』で済ませてやる、と暗にほのめかしてやれば、アシュリーはさらに唇を噛みしめた。
そして観念したのか震える手でペンを取り、さらさらと紙面に走らせる。
何かがのたくったような筆跡だが問題ないだろう、とイアンは頷いた。そして、リン、と手元のベルを鳴らす。
左程時間を置かず、扉が開いて屈強な執事たちが現れ、2人をソファから強制的に立ち上がらせた。
「な、何をするの!?」
「姉様から手を離せ、無礼者!!」
喚く2人の顔を覗き込むようにして、イアンは言った。
「二度と顔を見せないでくださいね」
「気持ち悪いので」
「なっ……!?」
ゴミを見るような目で冷たく言い放たれ、その顔が屈辱と怒りに歪んだ。
それを意に返すことなく、イアンは事務的に合図を送った。執事たちは心得たと頷き、2人を引きずるように連れて行く。
「くっ……乱暴な真似はしないでちょうだい! 私には子どもがいるのよ!?」
「は、離せ! 姉様に触れるな!! イアン・クラヴェル、覚えておけ!!」
まるで負け犬の遠吠えだな、と思いながら、イアンは書類に改めて目を通し、薄く笑みを浮かべた。
「それは大変だったわね」
「サインを貰えば後は事務的に処理するだけですから。馬車がない事に騒いでいたようですが、警備隊に通報しておいたのですぐに静かになりましたよ」
「抜け目がないこと」
フェリシアは薄く微笑んで、カップに口を付けた。それにイアンは困ったように微笑む。
「書類はよく読むように言ったのですがね」
「そうね。『婚約解消と同時に、アシュリー及びクリスをフランシス伯爵家から除籍する。尚、これは一方がサインした時点で成立するものとする』……やはり、フランシス伯爵はあの2人を切り捨てたかったのね」
「すっかり良いように利用されてしまいましたね。……無理もありませんが」
血の繋がった我が子達があろうことか情を交わし、子どもまで作っていたと知ったフランシス伯爵の衝撃は如何ほどだっただろう。自分でさえかなりの衝撃を受けたのだから、想像も付かない程のものだっただろうことは想像に難くない。
それは察するに余りあることだから、彼を責めることはしない。お詫びのつもりか、新たな『繋がり』を紹介していただいたため、この件はこれで終わりだ。
あの2人がどうなるかなど知ったことではないし、忌まわしい記憶は早く消すに限る。
しかしその前に。
「ご協力ありがとうございました。通りを貸切り、役者をご紹介いただいたこと、感謝いたします」
そう、あの事件はフェリシアの協力の元、イアンが起こしたもの。
クリスがこちらに取って都合の良い行動を起こしてくれた時は期待したが、結果は変わらなかったなと思う。どうしようもないことだが。
「ええ、さすがに我が家の力を使っても骨が折れたわ」
「無理を言って申し訳ありません」
「今度、新しく出来たアクセサリーショップに行きたいのだけど」
「お共いたします」
胸に手を当てて礼をするイアンに、くすりとフェリシアは笑みを浮かべた。
「ところで、従姉妹同士は結婚できるのよね」
「そうですね」
「私の母は後妻だから、父方の従兄弟である貴方とは血が繋がっていないのよ」
「ええ、存じております」
そう冷静に答えるイアン。
フェリシアは再びカップに口を付け、静かに置いた。
「一筋縄ではいかない、ということかしら?」
「恐れ入ります」
「褒めてないわよ」
こちらを見つめるフェリシアの視線から逃れるように、イアンはカップに静かに口を付けた。
(終)