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乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら婚約者が前世で私が手にかけた夫だったので。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら婚約者が前世で私が手にかけた夫だったので。
風雅ありす
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年05月15日
公開日
2.4万字
連載中
離婚を目前に、とある夫婦が笑顔で乾杯をしていた。 互いに相手を殺すつもりで毒を盛っていることに気づかずに……。 目を覚ますと、私は、大好きな乙女ゲームの悪役令嬢に、 夫は、その婚約者である王太子に転生してしまった。 このまま婚約破棄されたら、死亡フラグが立ってしまう。 でも、婚約破棄を免れたら、再び夫と結婚することになってしまう。 転生してまでも、この人とまた一緒になるのは、御免です! これはもう一度、夫を殺すしかない……? 異世界転生先でも続く夫婦の殺し愛。 物語の結末は、いかに――? ※残虐な表現やグロテスクな描写は一切ありません。  どちらかというとラブコメディです。

第一章 乙女ゲームの世界へ転生したら修羅

第1話 最後の晩餐

 ――私は、夫が嫌いだ。



「それじゃあ、食べましょうか」


 そう言って私は、食卓の向かいに座っている夫に、作り物の笑顔を向けた。


 真っ白なテーブルクロスの上には、豪華な食事たちと、二つのシャンパングラスが仲良く並んでいる。


 夫の好きな、シーザーサラダ。

 夫の好きな、ジャガイモの冷製スープ。

 夫の好きな、鯛のカルパッチョ。

 夫の好きな、ほうれん草のキッシュ。

 夫の好きな、ローストビーフ。

 夫の好きな、ガーリックライス。


 どの料理も、今日という特別な日のため、私が腕によりをかけて作った一品だ。


「まずは、乾杯しよう」


 夫は、私の言葉に笑顔で答えると、食卓の上に置かれていたシャンパンへと手を伸ばした。


 【天使のほほえみ】と記載されたラベルには、愛らしい天使の絵が描かれている。私たちの披露宴で振る舞ったシャンパンだった。夫が今日のために、わざわざ買い付けてくれたのだ。


 再びこのシャンパンを別の意味でのお祝いに飲むことになるとは、あの頃の私たちは考えもしなかっただろう。


 夫がシャンパンの栓を抜き、私のグラスに注いでくれる。


 グラスの底から上へと途切れることなく湧き続ける小さな気泡。これこそが、お祝いの席でシャンパンを飲む所以だ。


「何に乾杯するの?」


「うーん……俺たちの未来に、とか、ちょっと臭いかな?」


「……いいんじゃない。それじゃあ、〝私たちの未来に〟」


 シャンパングラスを手に掲げて、私たちは乾杯をする。


(これで全てが終わる……)


 食卓の端には、一枚の紙切れが置かれていた。


 〝離婚届〟と書かれたその紙には、既に私と夫の名前が記入され、印鑑も押されている。明日、この紙を役所へ提出すれば、全てが終わる。


 今日が〝最後の晩餐〟というわけだ。


 ここまで漕ぎ付けるまでは長い道のりだったが、終わる時は、なんともあっけない。


(〝未来〟……ね。

 残念だけど、あなたの〝未来〟は、もう来ないわ……)


 私は、事前に夫のグラスにだけ毒を塗っておいた。


 この後のことは、全て計画通りだ。


 動かなくなった夫を寝室へ運び、ベッドへ寝かせた後で、サイドテーブルに飲みかけのシャンパンと薬を置く。


 離婚を苦に自ら毒を飲んで自殺した、という風を装うのだ。


 そして、朝目が覚めて、既に冷たくなった夫の遺体を前に、泣き叫ぶ妻を私が演じる。


 もちろん、真っ先に私が容疑者として疑われるだろうけれど、私がやったという証拠はない。


 そこに、夫直筆の遺書が出てくる。内容は、妻である私への謝罪と後悔の念を綴ったものだ。


 元々は、夫が私へ向けてしたためた謝罪の手紙であったのを、私が遺書として改竄したものだが、これを見た者は、夫の自殺を疑わないだろう。


 そもそも離婚届けがあるのに、私がわざわざ夫を殺す必要などないのだ。


 私は、夫に離婚を迫っていた側なのだから。そのことは、弁護士や友人らが証人になってくれるはずだ。


 やがて私の容疑は晴れ、世間は、私のことを悲劇の未亡人という目で見る。


(あれ……なんだか視界が暗いわね……)


 ふいに眩暈がした。


 最初は、アルコールに酔った所為かと思ったが、だんだんと手が痺れて、身体に力が入らなくなってくる。


 持っていたグラスを落とし、床からガラスの割れる音が聞こえた。


 喉が焼けるように熱い。


 苦しくて、息が出来なくて、誰にともなく伸ばした手の先に――夫が笑っているような気がした。


(ああ……あなたもだったのね……)


 気がつくと、私は、床に倒れていて、助けを求めてもがいた。


 最後に見たのは、夫が私を苦悶の表情で見つめる姿。


 ――――暗転。


 そこで私の意識は永遠に途絶えた。



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