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第10話 婚約発表

「クロエ嬢、こちらへ上がって来てもらえるかな?」


 国王陛下が私に向かって、優しい口調で問いかける。


 周囲の視線を一同に集めてしまい、私は、今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られた。


 だが、ジオークに抱きかかえられているので、身動きがとれない。


「自分がこのままお連れします」

「け、結構ですっ! 自分で歩けますので」


 そのまま歩き出そうとするジオークを、私は言葉を被せることで止めた。


 お姫様抱っこをされたまま、公衆の面前に晒されるなんて、これ以上は、もう心臓が持ちそうにない。


 ジオークの暖かな黄土色の瞳が、私を心配そうに見つめている。


 私が安心させるように笑顔で答えると、渋々ジオークは、私を解放してくれた。


 私は、緊張で震える足を慎重に一歩一歩進めながら、階段を上って行った。


 しかし、最後の一段……というところで油断したのか、つまづいてバランスを崩してしまった。咄嗟とっさに、目の前へ差し出された腕に掴まる。顔を上げた先には、私を優しく見つめるルイのサファイアに輝く瞳があった。


「大丈夫?」


「あ、ありがとう……大丈夫よ」


 私は、ルイに支えられながら、国王陛下とルイの間に挟まれる形となった。


 これでは、まるで私が〝主役〟のようだ。


(えっ……ちょっと、普通ルイと私の立ち位置、逆じゃないかしら?)


 そうは思ってみても、今更、位置を変えるのは不自然だ。


 私の姿を見て、満足そうに頷いた国王陛下は、再び演説を再開する。


「今日ここに、ラヴェリテ侯爵令嬢、クロエ=ロザリアと、我が嫡子、エテルニア公爵、ルイ=ジュリアスの婚約を正式に発表する」


 国王陛下の朗々とした言葉が大広間に響き渡る。


 途端、一斉に歓声と拍手が鳴り響き、ルイを狙っていた令嬢たちの嘆息と泣き声が入り混じった。


 それらの音を壇上の真ん中で聞いていた私は、笑顔を取りつくろうことも出来ず、ただ固まっていた。


(えっと……私、今、婚約しちゃった……の?)


 現代で〝婚約〟とは、本人同士が決めるもの、という考えしかなかった私は、生まれて初めて知る〝乙女ゲーム〟という世界の厳しさに衝撃を受けた。


 ちら、とルイの様子を伺えば、彼は、まるで気にしてないのか平然とした態度で観衆を眺めている。見た目は美しいが、中身が前世の夫だと思うと、余計にその平然さが憎たらしくなってくる。


(あんたは、なんでそんなに平然としていられるのよっ?!)


 ルイとの婚約破棄は、イコール、クロエ(私)の処刑ルートへと繋がる。


 だからこそ、最後の砦として、ルイと婚約をしない、という解決策もあったのに、何の策も講じることなくチャンスは去ってしまった。


(ああ……これから私は、どうすれば…………って、あれ? アルフォンソ?)


 茫然と観衆を眺めていた私は、視界の片隅に、アルフォンソの姿を見つけた。 


 アルフォンソは、手に白い手巾を持って立ち尽くしている。その表情は、変わらず無表情で何を考えているのか分からない。それでも、彼の指先が赤くなっているのが見えた。


(あ……もしかして、私のために?)


 私は、そっと自分の額に手をやった。痛みは治まっていたが、少し腫れているようだ。アルフォンソは、私のために、手巾を冷たい水で冷やして来てくれたのだろう。


 すると、私の様子を横で見ていたルイが、私の耳元に口を寄せて、そっと囁く。


「おでこ、赤くなってるけど……どうしたの?」


「はは……」


 私は、もう笑うしかなかった。



  ♡  ♡  ♡



『お前さ、俺と結婚して良かったって、思う?』

『うん、思うよ! 当たり前じゃない!』

『…………そっか……』

『それより、早く行こう! ハネムーンを楽しまなくちゃ♪』

『……ああ、そうだな』


 本当は、あの時、聞きたかったことがある。


――どうして、そんなことを聞くの?

――あなたは、私と結婚したこと、後悔してるの?


 ……って。


 でも、そんなことを聞いて、私の望まない答えが返ってきたら、きっとどうしていいか分からなくなる。


 だから私は、何も聞かないことにした。

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