駅舎に入ると、高校の生徒たちでごった返していた。
改札を抜けて、反対側のホームに行ける階段をのぼろうとする。
翼は、琉偉からなるべく離れて行動しようと一目散に駆け上がる。
「ちょっと! 翼ちゃん。早いって。待ってー」
頼んでないのに大きな声で呼び止められた。周りの女子生徒たちはなんでと疑問符を浮かべながら、琉偉と翼を見る。琉偉は文化祭のライブでボーカルを担当するほどの陽キャラでモテイケメン男子であるが、咲夜に片想いをしていた時期が長く、今は、交際している女子はいない。モテるが、本命は別と考える人だ。翼は変にそんな彼に自信を持っていた。咲夜と同じ空気を持つ自分なら大丈夫だと勝手な妄想を抱く。類は友を呼ぶ作戦だった。そんな保証はどこにもない。
恥ずかしすぎて、逃げる翼。面白くなって追いかける琉偉。コントを見てるようだった。ホームぎりぎりで立ち止まる。思わず猫のように首根っこをつかんだ。
「翼ちゃん、いつまで鬼ごっこするのさ?」
「えっと……ずっと?」
「なんでそんな逃げるの?」
「に、逃げたくなったから」
琉偉はため息をつく。今は翼のことがものすごく気になるらしい。
「逃げるなよぉ」
少し泣きそうになる琉偉を見て、不思議そうな顔をする。
「先輩、なんで私のこと追いかけて来るんですか?」
「なんでって、さっきまで一緒にいたじゃん」
「だって、そこらへんに同じ学校の可愛い人や綺麗な人たくさんいますよ?」
翼はホームのあちらこちらで待ってる女子を失礼のないように手のひらで指ししめした。
「あ……。それはそれは綺麗な人や可愛い人はいるさ。当たり前じゃん。この辺の水はおいしくて綺麗だからべっぴんさんが多いって母さんから聞いたから……。って、話ずれてるし。俺は、翼ちゃんと話ししたいから声かけてるの。何を言わすのかな」
また腕を組んでため息をつく。翼はその言葉を聞いて、耳までお猿のように真っ赤にする。言わせたかったくせに本当に言ってきたと思って、さらにびっくりしていた。
「ちょっと、翼ちゃん。話聞いてる?」
ホームに電車が入った。メロディとアナウンスが流れて来る。声がかき消された。
琉偉に向かって、今まで見たこともない頬を赤らめた笑顔で振り向いた。翼が車両に乗ろうとするその瞬間、琉偉は翼の腕をつかんで引き寄せた。出入り口付近では車両に乗り始める乗客でいっぱいになる。どさくさ紛れで、翼は琉偉の胸のそばに顔が近づいていた。またサイレンが鳴り、発車のメロディが流れる。電車のドアがバタンと閉まった。
ドアの向こうのホームで、2人は寄り添っている。
遠くて何をしているかは他の生徒たちには見えなかった。
翼は天にものぼるような気持ちになっていた。
少し頬を赤らめて、琉偉は言う。
「あの笑顔は、反則だわ。誰にも見せたくないって思った」
キスをしたあと、ぎゅっとハグをする琉偉。
この状況は未だ理解できていない翼。夢だろと頬をつねっても痛みしか感じない。
「俺、翼ちゃんを好きになってたんだわ」
天を仰いで照れながら言った琉偉は、しばらく黙って誰もいないホームで何も抵抗しない翼をハグしていた。翼は硬直して動くことができずにいた。