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第51話 爽やかな空の卒業式

雨は降っていない太陽が雲の隙間から時々覗いている。

もくもくと広がったひつじ雲が連なっていた。


今日は、琉偉の卒業式だ。

在校生とともに卒業祝いをする日だった。


後頭部をがりがりとかき上げて、飄々といつものように朝の通学路を歩いて行く。

まるで、百獣の王のライオンにでもなったかのような態度だった。その隣には、じーっと見つめる翼がいた。


「ねぇ、なんでそんなでかい態度なの?」

「……別にいいだろう。俺は今日卒業するんだから」

「別に卒業だからってライオンにはなれないよ?」

「にゃ?」

「猫にもなれないよ?」

「……知ってるわい!」


 離れたところから同じ3年で琉偉のファンクラブの部長を務めていた西園寺貴美子さいおんじきみこがキラキラビジョンで近寄って来る。隣にいた翼をギロリと睨みつけて、琉偉の両手をつかむ。


「今日で最後だね。琉偉くん。卒業してもライブには絶対見に行くから、チケット情報すぐに教えてね。みんなにSNSですーぐ拡散してあげるからさ」

「え、あ、うん。ごめんね、西園寺さん。いつもありがとう。君のおかげでかなり助かっているよ。お金持ちにはかなわないね」

「ううん。いいのよ。私に任せて。そういうことしかできないから!!」


 琉偉には笑顔で接していた西園寺もジロッと翼には殺気立った目で睨む。彼女第一候補だったのが見事にとられたことが悔しいのだろう。

 彼女が立ち去った後に翼は、身震いした。


「怖いんですけど……あの人」

「そういうこと言うなや! あの人のおかげで俺たちのライブのチケット売り上げ貢献してくれてるんだから。……ほとんどのお客があいつの執事?みたいなスーツにサングラス男たちばっかで埋め尽くされた日もあったから俺いつか捕まるんじゃないかって恐怖もあったけどさ。逃走中のエージェントを思い出すわ」

「西園寺家は金持ちですものね。よかったね。琉偉」


 良いんだか悪いんだか複雑な顔を浮かべた。そこへ、咲夜と悠がやってきた。


「おはよう! 琉偉と翼。今日も仲良く登校ですか? ラブラブだねぇ」


 咲夜は、翼の腕をつんつんついた。悠はにこっと微笑むだけだった。


「いやいや、そちらの2人にはかないませんよ。なぁ、翼」

「まぁまぁまぁ……」

「そろそろ、時間ですよ、先輩。卒業式くらいはしっかりしないと」


 悠が時計を見て、うながした。


「おい、しっかりってどういうことだよ。俺はいつでもしっかり……」

「ほら、行くよ!」


 翼はすっかり琉偉の扱いに慣れて来たようで、馬の手綱を引くように琉偉の腕を引っ張って誘導した。年上でも手のかかるものだと呆れていた。



 ◇◇◇


 卒業証書授与の後の校長先生の話もワンパーンでテンプレートでもインターネットで探してきたのかってくらいにつまらなかった。琉偉は、体育館から見える窓の外を眺めて、3年間の出来事を懐かしんでいた。校長の話を終えて、在校生の送辞に卒業生の答辞、校歌斉唱を歌う頃には涙を流してすすり泣く生徒の声が聞こえて来た。


 無駄に歌を歌うのが好きな琉偉は、四方八方の生徒にさえジロジロと見られるくらいだった。マイク持ってくるって冗談で言ってる生徒さえいたが、歌いながら手を振って断った。


 在校生の列の中、翼や、咲夜、悠は、それぞれに3年生の別れを悲しんだ。再来年には自分たちもこの学校を卒業する。

 そう思うと、今の時間のひとときさえも愛しく思えた。


 一通り、卒業式を終えて、琉偉は、クラスメイトたちと談笑しながら、ずっと昇降口から動けなかった。一緒に帰る約束をしていた翼が、悠と咲夜とともに過ごしていた。


「琉偉先輩も、今日で最後なんだね。寂しいでしょう」

「えー、まぁ、学校では会えなくなるけど、連絡とれればね」

「私は、別に琉偉に会えなくても平気だけど」

「咲夜、私は咲夜に聞いてないよ?」

「あ、そっか。ごめん。琉偉のこと気にした方がいいかなって思った」

「いや、絶対思わないで。いるじゃん。ほら、ここに。思わなくちゃいけない人!」


 悠は、自分の顔を指さして、何度もアピールする。翼は呆れ顔になっていた。咲夜は悠に手を合わせて謝っていた。


「何してるの? 俺の話してた?」


 翼の肩に触れて、にょっと顔をのぞかせる琉偉だ。この女子3人の中に入るのもだんだんに慣れて来ていた。


「また、出たよ。自意識過剰な人が」

「え? 俺の話じゃないの?」

「どっちかっていうと、悠の話だよね」

「……うん、うん。琉偉よりかっこいいって話」


 翼と咲夜は真剣な目で話し出す。にやにやとする悠に、額に筋を作る琉偉。

 完全にいじられている。


「おいおいおい。悠! 俺とお前がどっちかっこいいか。この学校の生徒で勝負しようぜ」


 急に闘志を燃やし始める琉偉に悠は顎が外れて、何も言えなくなる。なんでそこまでしないといけないのか。翼と咲夜はまずいこと言ったなぁと口を塞ぐ。琉偉の目はメラメラと燃える。


「え、でも、今日が卒業式でどうやって投票集めるっていうのよ」

「スマホにカウント作ればいいだろ。 今からでいい! そうだなぁ、50人くらいでいいよ」

「そんなに? なんで選挙の出口調査のアンケートみたいに?」

 翼と咲夜はあたふたしながら、スマホを出して、本当に2人の投票をすることになった。そんな4人の話をしている姿を遠くからうらやましいそうに見つけるバンド仲間のやっさんともっくんがいた。


「なぁ、なんであいつ、女子ばっか囲まれてるの?」

「前まで、ファンですって女子しか来なかったよな」

「確かに……ずるい! あいつばっかり。ファンだけじゃなく彼女もいるし」

 1人泣きそうになってそれでも琉偉の様子を伺う2人だった。



「卒業式でお疲れのところすいません!! 今、イケメン投票してまして、この2人だったらどっちがかっこいいか選んでもらっていいですか?」

 咲夜は手あたり次第に聞きまくり、翼は女子限定に投票を集めた。時間はかかったが、全部でどうにか50票を集められた。


「なんで卒業式にこんなことやらなくちゃいけないんだか……」


 咲夜は翼との投票結果を集めて、2人にどちらがどっちかと教えてあげた。


「マジかよ!!!」


 琉偉は頭を抱えて、うなだれた。まさかの2票差で悠の勝ちだった。

 その2票というのは、目の前にいる翼と咲夜の分だ。

 悠は別に競い合わなくてもいいと思っていたため、何とも感じていなかった。


「ちょっと待て。2人の票がなければ、引き分けってこと?!」

「そういうことですね」

「悠、よかったね!! 悠は男子として認められたってことだよ!!」

「なんだか、琉偉先輩に申し訳ないけど、いいのかな」


 翼は、うつ伏せに涙を流す琉偉の背中をヨシヨシとなでた。


「ち、ちくしょ……。俺、男なのに。男なのに……」


「悠が彼氏で良かった!」


 咲夜は悠の腕をしっかりとつかんで、歩いて行く。

 悠は頬を赤らめて、嬉しそうだった。


「俺は……俺は、負けたんか。あいつに」

「私は、琉偉がかっこいいと思うよ」

「え?」

「うん、かっこいい」

「待てよ。お前、悠に投票入れただろ?」

「えー? そうだったかなぁ」

「あのなぁ!!」


 琉偉と翼は、突然の鬼ごっこが始まった。翼はなんだかんだ言いつつも一番に琉偉のことを考えていた。



「悠、私はそのままの悠が好きだからね」

「あ、うん。ありがとう」


 隣同士、悠の腕にしがみついて、咲夜の心が満タンに満たされていた。

 悠もまたありのままの自分を認めてくれる人がそばにいて安堵した。


 石畳の通学路に一羽の鳩がゆっくりと歩いていたかと思うと

 空へと飛び立っていった。




【 完 】

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