「これより主神ジュピテルの名において神判を下す」
神判席に座る主神ジュピテルは
彼の視線の先は被告台。そこに立つ美しい青髪の少女は顔色一つ変えずにジュピテルを見上げた。
ここは白一色で統一された神域にある法廷『神廷の間』。
神が神法に
「
「……」
ジュピテルの腹にズシンとくる声にもリアナには全く動揺が見られない。ただ、南国の海を思わせる透き通った青い瞳を僅かに細めたばかりである。
「その所業はデウスマキアに住まう神々にとって存在を脅かす最大の禁忌」
デウスマキアは神々が人々へ恩寵を施し、その見返りに人々から献身と信仰を受けている世界。
神は人の信仰によって神力と存在力を得ている存在。信者が少なくなれば神力が弱まる。神力が弱まれば恩寵を施せなくなり信者が減る悪循環に陥る可能性もある。
神であっても最悪消滅する事さえあるのだ。ゆえに、他神より故意に信者を奪う行為は憎むべき罪である。
「何か申し開きする義はあるか?」
「ございません」
リアナは粛々と罪を受け入れた。
リアナは神々しいほど美しい。だが、全くの無表情で、それだけに人形のように作り物めいている。故に、彼女を妬む神からは『機械仕掛けの
「ちっ、最後まで取り澄ましていけすかない娘ね」
その筆頭が原告席で舌打ちしている女神ユノラだ。
「この機械人形は少しくらい申し訳なさそうな顔ができないのかしら?」
情熱的な赤い髪のユノラはデウスマキア十二神に数えられる大変に美しい女神である。
だが、リアナを憎々しげに睨む彼女の顔は醜く歪み、宝石と讃えられる輝く翠緑の瞳は嫉妬で曇っていた。
負の感情にユノラの美貌が損なわれている。
「美しい顔が台無しだぜ」
「惜しい事だ」
「まあ、嫉妬するのも無理もない」
傍聴席の
「リアナは我ら神々がデウスマキアへ移り住んでから生まれた新興の女神だ」
「それがエクスマキナ以来の古き神であるユノラの方が信者の数で負け、美貌と神器の大きさでも劣ってしまっている」
神は人々の信仰が強いほど大きな力を振るえる。しかし、それも無限に受け入れられるわけではない。神によって神器の大きさが決まっており、どれだけ多くの信仰を集めようとも、神器が小さければ人々の信仰心は神器より溢れ出て意味がない。
「リアナは主神ジュピテルに匹敵する神器だからな」
「ユノラも十二神の座を奪われるのではないかと気が気じゃないんだろう」
「だが、神廷にまで持ち込むのは
「信者の件なんて完全な言い掛かりだしな」
「女の嫉妬は怖いねぇ」
当事者達とは打って変わって傍聴席では何とも呑気な会話が繰り広げられていた。
彼らにとって目の前の愛憎劇など滑稽な他人事でしかない。傍聴席にいるのも悠久を生きる神々にとって神判は滅多に見られない娯楽だからだ。
「知ってるか? ユノラはジュピテルの愛人だぞ」
「全ては
「落とし所はリアナの神殿の縮小かな?」
「十年の謹慎じゃないか?」
傍聴席の神々は無責任にもリアナの処罰がどうなるかで賭けを始める始末。
――カンッカンッ!
「裁きを言い渡す」
ジュピテルが神槌を打ち鳴らすと場内に静寂が訪れる。
この場にいる神々の視線が主神ジュピテルに注がれた。
「女神リアナ、お前をエクスマキナへ追放する」
重々しくジュピテルが刑を宣告する。
その途端、傍聴席の神々が
「おいおい本気か!?」
「そこまでするかよ!」
彼らが動揺するのも無理はない。
エクスマキナとはかつて彼ら神々が暮らしていた世界。
「彼の地に住む人間から信仰が失われたから我らはデウスマキアへ移住したんだぜ」
「信仰が無ければ我ら神は消滅してしまう」
「実質死刑判決じゃないか」
「滅茶苦茶だ!」
ここまで重い罪になるとは想像だにしていなかっただけに衝撃は計り知れない。
「信仰無き世界で己の犯した罪の重さを知るがよい」
ジュピテルは主神らしく
何が罪の重さだ。
完全な
色ボケジジイが!
さすがに他人に無関心な神達もジュピテルのやり過ぎに悪態をつく。下手をすれば自分達さえ冤罪で葬られる可能性を示唆されたのだから当たり前である。しかも、理由が愛人の為ときたもんだ。
だが、当人であるリアナの表情は微動だにせず動じた様子も無い。彼女は何の不満も漏らさずジュピテルに頭を下げた。
それはとても綺麗な一礼で、表情が抜け落ちた絶世の美貌も相俟って、リアナが
リアナは抑揚の無い声でジュピテルに応えた。
「主命、承りました」