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第10話 男の誓いはクソぐらい

「おやすみ、洋子。生活がどんなに厳しくても、前に進むしかないんだよ!」

これが「カモメ」からのメッセージだった。

私が困っている間、ずっと支えてくれた彼。顔も知らなければ、名前すら分からないけど、毎晩「おやすみ」と言ってくれて、いつも励ましのポジティブな一言メッセージを添えてくれる。

辛かった日々は、彼の絶え間ないメッセージと励ましで、少しずつ温かさと勇気をもらった。

そして、今日のこの言葉は、まさに今の私の心境にぴったりだった。

そう、明日がどんなに大変でも、前に進まなきゃ!

私は彼に返信をした。今日の出来事については触れずに。


「カモメさん、ありがとう!」

予想していなかったことに、すぐに彼から返事が来た。


「こんな時間まで起きてるの?」

時間を見ると、もう深夜の2時だ。確かに遅い。


「うん、友達の誕生日パーティーだったから、遅くなっちゃった。カモメさんもこんなに遅くまで起きてるの?」

彼から返ってきたのは、「君からの返事がなかったから、ずっと心配してた。」


私は目に涙を浮かべながら、笑顔の絵文字を送った。

「私は大丈夫、ありがとう。おやすみなさい!」


すると、彼からおやすみのスタンプが送られてきた。

でも、おやすみを言った後も、私は朝まで目が冴えていた。


あの晩の出来事は、忘れたい夢のようで、思い出したくないのに頭の中で何度も繰り返し浮かんでくる。

悠人が注射器を持っていたときの冷酷さ、そして小さな遺体をビニール袋に入れたときの無情さ。さらに、彼が言った言葉。思い出すたびに胸が痛む。


数時間の冷静と葛藤を経て、私は今日、病院に行くことを決めた。


起き上がるのがつらくても、悠人に会うことになると分かっていても、行かないわけにはいかない。避けるわけにはいかない。必ず向き合わなければならない。

逃げるべき人間は私ではないから。


カモメさんが言ったように、明日がどんなに厳しくても、足を前に踏み出さなきゃ!

悠人との関係がどうなるにせよ、私は母に会いに行かなきゃならない。

男はなくてもいいけれど、母は違う。彼女は私がこの世で唯一の家族だ。


以前、私は仁徳病院で看護師をしていた。

妊娠してから、妊娠反応がひどかったため、悠人が産休を取ってくれた。最初は、彼が気を使ってくれていると嬉しかったたけれど、今思うと、それが皮肉だ。

病院に着くと、以前よく知っていた同僚たちが、私のお腹を驚いた。


「洋子、もう出産したの?」

「違うでしょ?予定日って9月だったはず。」

「まさか、まさか…」


私はそんな偽善的な顔を相手にする気はなかった。何も言わず、ただ笑って、エレベーターに乗り込んだ。

エレベーターを降りると、たくさんの妊婦を見て気づいた。

私は無意識に三階を押してしまったのだ。

三階は産婦人科。悠人のいる階だった。


まだ勤務開始前だったが、廊下にはすでに何人かが順番を待っていた。

近くに座っている若い夫婦が、頭を寄せ合いながら妊婦の検査の結果を見ていた。

「まだ1300グラム、こんなに小さいのね。」

男が女の腹を撫でながら言った。「まだ小さいけど、これから成長するよ。」

その光景を見て、私は足が止まってしまった。

正直言って、私はとても羨ましかった。

ここに来る前に、いろいろ覚悟していたけれど、こういう温かい光景が刺さるように痛かった。


私は自分の脆さを他人に見せたくなかったので、涙がこぼれる前に化粧室に駆け込み、小さな個室に閉じ込めた。

入ってからしばらくして、外で誰かが入ってきたようで、鍵がかかった声が聞こえた。

「嫌だ、もうすぐ仕事が始まるのに、こんなことしちゃダメ!」

「美智子、そんなこと言わないでよ。」


その瞬間、私は凍りついた。

悠人が「美智子」と呼んだその声で、私はあの女の正体をついに知った。


仁徳病院で「美智子」と呼ばれるのは、麻酔科の深田美智子だけだった。

麻酔科と産婦人科はもともと協力しているから、関係が深いのは当たり前だけど、まさかこんことになるとは。


「悠人、洋子がいなくなったと言ったけど、どこに行ったんだろう?」

「分からないけど、彼女は病院に来るはずだ。母親がまだ入院しているから。」


ほぅ、私のことをよく分かっているんだね。


「そうだね。でも大丈夫だよ、彼女には家柄とかもないし、何かあっても結局何もできないと思うよ。」

「うん、お金さえ渡せば、きっと大人しく僕と離婚するよ。」

「悠人、私、もう待ちきれない。早く彼女と離婚して。」

「心配しないで、美智子。僕は君を裏切らない。」


なんて力強い誓いだろう。しかし、これもかつて私に言った言葉だ。なんて滑稽なことだろう。

男の誓いって、こんなにも安っぽいものなのか?


しばらくして、彼らはとうとうあれを始めた。

壁一枚隔てて、私はその音をはっきりと聞くことができる。

私は拳を握りしめた。ドアを蹴破って出て行き、彼らに大恥をかかせたい気持ちでいっぱいだった。でも、こんな醜い光景を見せられて、私も同じように恥ずかしい。

私はただ耐えて、耐えながら美智子のあざとい声と、悠人の荒い息を聞いていた。


その時、突然、私の携帯が鳴り響いた。

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