「さて、貴方は今、誰の目の前にいるか分かりますか? 今貴方は、この私クリサリアの御膳であるぞ!ひかえおろー!」
突拍子もなく突然偉そうな態度をみせるのは、受付越しにふんすと鼻息を鳴らしドヤ顔を見せ、胸部で腕を組みながらこちらを見下ろしてくる一人の女性。
ここは、なんて事ない平凡な異世界の、なんて事ない冒険者ギルド受付の場所。
ギルド名はと言われれば、カメリックギルドと呼称されるこの場所には、目の前にいる風変わりな受付嬢が名物だ。
「……あのー。そういうのいいんで早くクエストの紹介をしてください」
そんな受付嬢を前に呆れながらも対応を願い出るのは新米冒険者であるナーシャ。
女性が冒険者になるというのもなんら珍しいことはないのだが、何が珍しいかと問われれば、そのものが竜人族であること。
「そういうのってなんですか! だいたい貴女、冒険者申請をまだしてないでしょ? それなのにもう何時間ここでこのやり取りをするんですか!」
ブロードの髪の毛をたなびかせ、髪留めにオシャレな花柄を2つ留めたその受付嬢は、Gカップはあろうその豊満な胸をたぷんっと揺らしながら両手を木製の机にドンッ!と叩きつけて異議を唱える。
「あーあ。あんな性格でなければいい女なのによぉ……」
「おいこら、そんなこと言ったら……」
「そこの男ども! 今なんつった?! なんつったっていってんの! 私は至って真面目にこの者に説いてるだけです! 」
「ほら言わんこっちゃない……」
「あはは……」
ある男冒険者ら2人の独り言は、どうもこの受付嬢に聞こえていたらしい。
小声だし距離にしても受付嬢のところから100mは離れているというのに……。
そんな様子に巻き込まれたナーシャは、あははと苦笑い。
これじゃあいつまで経っても拉致があかない。
「申請はついさっき通したはずでは?」
「……あらほんとね。おほほほっ、私ったらうっかりしてた見たいね」
「……」
「(だめだこの受付嬢。過激すぎて思考が回ってない)」
受付嬢改め、キリナと呼ばれるその女性はその性格故に、何か1つ問題があると思えばその事しか考えられない頭らしい。
よくもまぁこんな性格で受付嬢が務まるものだ。
だが実際は、怖いもの見たさでここを訪れるものの方が大半である。
他にいくらでも冒険者ギルドはあるのにも関わらずだ。
「そういうことなら、1度貴女の適正クエストを拝見するわねー」
「ええっと、名前はナーシャさんで竜人族と。ジョブは……魔法剣士?! 種族にしては珍しいですね」
「……一言余計です……」
「冒険者レベルは新米だからまだLv1、と……まあここは仕方ないわね」
申請された書類に目を通しながら、伊達で掛けてる黒メガネをカチッと人差し指で動かしながらしめしめと見ている。
「ところで、野暮な質問だけどいいかしら?」
「……なんですか」
「どうして装備を一つもしてないのですか! いくら鱗があるからと言ってもスケベすぎます! 指定された初期装備位は着てきなさい! 配布してあるはずでしょう?!」
「突っ込むとこそこですか……」
そう、ナーシャは竜人であるからして胸部や股間部辺りは隠さなくても誤魔化しは一応効くのだ。
問題は、ドラゴンの要素が大きな翼に太い尻尾、サイドテールにくせ毛が生えたパステルカラーの髪の毛の見た目のなかの、くっきりと目立つ股間部とおしり辺りである。
「えぇそうですとも! 貴女も立派な女性なら少しくらい恥じらいを持ちなさいよ全く」
「それよりも、最初の発言からかなりキャラ変わりましたね? 受付嬢さん?」
「……きっ、気分と言うやつよ。察しなさいよ少しは」
「気分って……」
ハイテンションなのかただの馬鹿なのか……。
キリナはとにかく破天荒なのだろうということだけは言動だけでだいたい推測は出来る。
「それで、初期装備の件ですが……あれ、キツキツで動きにくいんですよ……。翼も出てこないし……」
「そりゃあどの種族でも大丈夫なように安価に抑えて作ってありますからね」
「うん? どの種族でも……? ならなんで私のは合わなかった……?」
「あーごめんなさいね。どの種族でもとは言ったけど、竜人族の冒険者が増えるなんて久しぶりだったもので……」
ーー忘れちゃってましたわ! てへぺろ
「てへぺろじゃないです! 無理して誤魔化してもちっとも可愛くありませんからね?!」
片目を閉じて小さく舌を出してドジっ子アピールをかますキリナ。
これが普通の女性だったとしても、今はだいぶきついと言われるだろうに……キリナは少し冷や汗を掻きながらその場を凌ごうとしていた。
「それで、何か肩慣らしにいいクエストとかはないんですか? どうせ私は新米ですから採取クエストとかしかないんでしょう?」
「えぇまぁ……。討伐クエストもあるにはあるけど、報酬も不味いし受け損よ」
「それでもいいから内容見せてくださいよあるなら。役目でしょう?」
「えー、やですよ。つまんないし」
「たかだかスライム10匹の討伐ですよ?? 畑を荒らされて困ってるから助けてくれーって言うありきたりすぎてつまらないクエストしかありませんよ?」
「……それを貴女が言っちゃおしまいでしょう……」
「というか、なんで貴女基準でクエストを選んでるんです? まるで貴女も同行するかのような口ぶりでしたが……」
続けて何か問おうとしたタイミングで、さっき言葉によるお咎めを受けた熟練そうな男性冒険者に肩を叩かれた。
「悪いことは言わないからそれ以上は聞かない方がいい。次のクエストを誰も受けらんなくなっちまう」
「ひゃっ!? なっなんですか!? と思ったらさっきの……。それはどう言う……?」
「言葉の通りだ。だが、俺は新米には親切なもんで教えてやる」
ーーキリナは……戦闘狂でありながら過激派なんだ。
男性から出てきた言葉はあまりにも受付嬢らしくない言葉だった。
受付嬢と言えば可憐でギルドの顔、だいたいは慎ましい態度で気品高いイメージを持つものも多いなか、どうもキリナはかなりの問題児のようだ。
種族は見てくれだけならただの人間なのに……。
「私はそんな過激派ではありませんし戦闘狂ではありません! 聞き耳スキルの前では耳打ちも無駄ですこと!」
そうこのキリナとかいう受付嬢。
元冒険者にして現状最強クラスの人間。
言い方を変えるなら、チート冒険者の片鱗を併せ持っておきながら受付嬢をしているチート受付嬢なのである。
……もはや意味不明である。
「あはは……。変わったお方が多いようで……」
ナーシャはこの空気について行くのもやっと。
一見まともそうな彼らも、ナーシャの姿をみて動揺ひとつ見せないのだから末恐ろしい。
「しかしまぁ、何事も経験ってことにして討伐クエストを受注するのなら喜んでお渡しするわよ」
「今回は、私別件があるのでついて行けないのが悔やまれますが……」
チラッと目線をずらして見た先は高Lv向けクエストだった。
どうも最近街の防衛ラインに凶暴なドラゴンが侵入してきたようで、それの迎撃クエストのようだ。
某狩猟ゲームにでも出てきそうな既視感しかないが……。
「じゃ、いってらー。スライム程度ならそう簡単に手こずりはしないでしょうから〜」
「(自分の感覚で話してくるなぁこの人……。耳あたりが良くないけど、受注した以上は油断せず頑張らないとっ)」
「はいっ、頑張ります」
もはやどういうテンションで返答すればいいのか分かっていないのか、ナーシャはほぼ真顔でその場を去った。
「さーってっと、仕事だからねぇ……手配するところから始めましょうか」
はぁ……っとため息を吐くとすぐに移動のための手配を開始する。
机の手前下にある台に片手を添えながら撫でるようにして左から右に動かしてやると、浮かび上がるのはキーボードの形をした魔法だった。
「魔道具の起動を確認っ。移動スキル"
まるで手馴れた社員の如くカタカタカタと指先を動かしながらキーボードを打つその姿は、社畜を極めた限界OLにも見えてくる。
そして、詠唱のような言葉を口にしたと思えば、キリナの周りを水色のオーラが纏い、足元には魔法陣が出来、数分後にはそれら全ては消えた。
「ふぅ……。これなかなか大変なのにぃ……。これだから簡単なクエストのためにスキル使いたくないんだよな……。しなれでもしたら余計困るし」
キリナはがっくしと項垂れながら視線を右に向ける。
するとそこには、ある人間の男性が描かれた写真のように見える投影魔法反映型の魔道具が置いてあるのが見える。
受付越しではクエストを受けるものが見えない位置に置いてあり、キリナ本人しか見ることが出来ない代物。
その魔道具には名前が記されている。
__戦士シルバーと。
「例えば、貴方のようなおマヌケさんとか……ね、タリヤ」
うっすら目元に浮び上がる涙を拭いながら、気を取り直して業務に取り掛かる。
「さて、あんた達、野蛮な獲物を狩りに行くよ」
「おいおいキリナ、まだ仕事終わらねーんじゃなかったのかぁ?」
「おほほっ、笑える冗談ですこと。他の受付嬢に業務委託しましたわ」
「…….またかよ全く……。お前はいつもそうだなぁ。まっ、そういう所も悪くないがな」
「はいはい口説かないのネーヴェ。さっきもあの新米ちゃんを口説こうとしてたくせに」
「やかましいわっ! たまにはいいだろう? 俺だっていい加減女房の1人くらい欲しい年頃なんだよ……ってのは冗談だ。空いた席をそろそろ埋めたいだけでな」
「ネーヴェ……。ぼっボクもそう思うよ。でもそれなら男の人の方が……」
「うるせーぞバーベル。ドワーフのちっちぇー脳みそは華を求めねーのかぁ?」
「……むさ苦しいと言われたら否定はしないけど……ってボクちっちゃくないもん! これでも大人だもん!」
受付からトコトコ歩いてあの男達に近づいたと思ったら突拍子もなく話を切り出すキリナと、それに振り回されるネーヴェとバーベル。
しかし、その様子に嫌気が差してる感じでもなく、もはや手馴れているようだ。
「で? 獲物はどうせあのドラゴンだろう?」
「もちろんっ。だけど……新米ちゃんが少しばかり心配だから、様子だけ見に行くよ。それが終わり次第討伐で」
「あいっよ。言動によらず、案外お人好しだよなキリナ」
「っ……。っさいわね。もう二度と、悲しみたくないだけよ」
「……その言葉には同意するしかねーようだな」
「そーですね……」
どうもキリナの旧パーティのようで、その割には訳アリのようだ。
それにしても、元冒険者のはずだが事情が複雑なようで……?
移動中にでもキリナはなんだか考え事をしている。
「珍しいなキリナ。らしくないぞ」
「……いい加減、職業詐欺するのもどうかなあと思っちゃって」
「まぁ、兼任してるもんな今は。しかししゃーねーだろ? 生活のためもあるし、第1俺らみたいなイカれた強さを持ったヤツらが目立つ時代はもう飽き飽きしてるんだよ」
「だから、今の経歴を隠してでも受付嬢をやるしかない……そうだろう?」
「そうですよキリナさん。ネーヴェさんの言う通りです。ボク達は優れすぎて逆に毛嫌いされてるんですから、慎みよく立ち振る舞うのが利己的です」
「まぁ、それもそうね……」
それぞれが飼い慣らしていたであろう元魔物のワイバーンを4匹連れ、そのうち3匹の背中に乗り込み空を移動していた。
残った一匹には何も乗っておらず、強いて言うならロバの要領で荷物を持たされているだけである。
「さてと、そろそろ着くわね。バレないように隠密スキルを起動してもいいけど、今回は敢えてそのままで見守ってあげましょう」
「「了解」」
狙いは分からないが、隠れてコソコソ見守る訳でも無く、近くの茂みに隠れて様子を見るらしい。
そのために上空から音もなく森の中に入り、速やかにワイバーンから降りて茂みに入る。
3人の視界の前に見えたのは、スライムの群れに囲まれながらも奮闘するナーシャの姿だった。
「くっ……ベトベト気持ち悪いぃ……」
もう既に何匹か倒しているようで、ちょくちょく被弾はしているものの必死な様子を見せる。
被弾した箇所は鱗が剥がれており、人間らしい素肌が見えている。
もう間もなく腹部が完全に露出してあられもない姿になりそうなところまで来ている。
「なぁキリナ。竜人族ってあんな生体だったか?
俺の知る竜人族とはだいぶ違うが」
「そう言われると少し気になるけれど、あれは
その姿かたちは術者により千差万別で、ナーシャの場合は竜の鱗を一つ一つ身体に貼り付けているのだろう。
これだけ聞くと竜人族じゃないと捉えられてもおかしくは無いが……?
「うぇえ……。まだ8匹もいるよぉ……。仕方ない、使いたくないけど……」
キョロキョロと周りを見渡して安全を確認するような仕草をしたと思うと、大きく息を吸う予備動作を見せる。
「すぅ……。
口を動かすことなく脳内で響かせるような声を出したかと思うと、ナーシャの口から青白い炎が広範囲に展開される。
口元には魔法陣が見えることから1種の魔法のようだが、無詠唱で使えるらしい。
その代わり、予備動作が大きいのが弱点だ。
「おっほぉ……! あれは竜人族限定の魔法よ! 今日は珍しいことだらけだー♪」
小声ながら興奮冷めやまぬ様子で増し増しと様子を見るキリナ一行。
「相変わらず変わったやつだなほんと」
「……? ちょっと待ってくださいおふた方。スライムの群れの奥に何やら影が見えませんか?」
「バーベル。それはお前の仕事だろ?」
「あはは、そうでした。索敵スキル"
バーベルがそう呟くと、片目が蜘蛛のシルエットに変わり、バーベルを中心に蜘蛛が展開され、文字通り蜘蛛の子を散らしたように対象に向けて動き出す。
「ひっ! そのスキルは相変わらず慣れないわねほんとに!」
「すいませんキリナさん。しばらく辛抱しててください」
「さっさと終わらせなさいよね! 気持ち悪くてやになっちゃうから」
キリナは大の虫嫌い。
だからつい咄嗟の本能で数匹殺してしまったが、キリナが虫嫌いなのを配慮してか、彼女を避けるようにして展開は一応されているようだ。
一方その頃ナーシャは……。
「ふぅ……。一気に数を減らせてあと1匹。だいぶ疲れちゃったけど頑張らないとっ」
右手にもつ直剣を構え直し、左手に刻まれた触媒となる龍の刻印を握りしめて直剣にかざす。
「これで終わりっ!
最後のスライムは、逆手持ちされた手で急速接近されたかと思えば、そのまま抉るようにしてスライムを溶断しながら切り抜けた。
斬りつける際、刃の先が地面に辺り地面が少し焼けたが、近くにある畑には被害が出ていない。
「とりあえず、これでクエスト完了っと。証拠品としてドロップアイテムは集めておかなくちゃ……」
いそいそとスライムが落としたスライムゼリーをひとつずつ集める傍ら、スキルを使って索敵しているバーベル一行はと言うと……。
「敵影捉えました。これは……アメジストゴーレムです! Lv60換算の強敵です」
「Lv60、ねぇ……。少なくとも、新米ちゃんではまだ勝てないわね。仕方ない、露払いに行くわよ」
アメジストゴーレム……、表面が硬く魔道金属で覆われており、魔法攻撃は全て吸収されてしまう難敵。
しかもそれのLv60個体ということは、なかなかの手練ということ。
なお、この世界における魔物の強さは、Lvが10上がる事に脅威度が増す生態系のようで、そのレベルの探知にはバーベルのような索敵スキルや魔物鑑定スキルなどが必要だ。
「露払い、ねぇ……。まっ、本命をしばく前にちっとばかしの歩く金を貰いに行くってのもわるかねぇな」
「そんなこと言ってるあんたのジョブは魔道銃使いでしょうが。下手に被弾させたら魔力で傷を再生させてくるというのに……」
「忘れたか? キリナ。お前と初めて会った時、まだ弱かったお前が相手したのもこいつだったんだぞ」
「……忘れてたわそんな古い記憶。まっ、早いとこ新米ちゃんに近づかれる前に……」
「きゃあ!! 何、これは……!」
「遅かったみたいね……」
パーティとしての練度は恐ろしく高いはずのキリナ一行、そのデメリットは……あまりに行動が遅いということ。
お喋りの間に、意外にも足が早いアメジストゴーレムがとっくにナーシャにたどり着いて交戦していた。
「ったく、露払いじゃなくなっちまったか……」
「喋りすぎのせいですよ全く……。ほら、行きますよ、助けに」
「あっあぁそうだな」
そうして、あたかも今来たと言いたげな雰囲気を演出するためか、わざわざワイバーンに乗って上空から颯爽と駆け抜けてきてはアメジストゴーレムに斬りかかって行く。
前置きさえなければかっこよく見えるものも、これではなんだかヤラセである。
「助けに来たぜ新米さんよ」
「貴方は……! あの時の親切な方!」
「それと……受付嬢さんに……貴方は、ドワーフ? ともかく、人手が増えたなら助かります。私も手伝います!」
「いえ、新米ちゃんはギルドに戻ってなさい。私が手配した馬車があるでしょう? こいつは、並大抵の攻撃じゃ倒せない、からね!」
降りかかる巨大な拳をおのが両手の剣でひとつずつガードしながらナーシャに振り向いて話しかける。
そんな彼女のジョブは、戦士。
なおバーベルはというと、支援・妨害・探査魔法専門の後方魔法使い。
なんとも魔法に偏った編成である。
「そういうこった。悪いことは言わねぇ。帰った方が死なずにすむぞ」
「私は……私は……。強くなるために冒険者を志したんです。もう、故郷で弱いものいじめされない為に……」
「龍の里は実力、主義だもんな! ったく油断も隙もあったもんじゃねぇなこいつは相変わらず!」
軽いフットワークで攻撃をかわしながら、時々ハンドガンサイズの魔道銃で空中横回転をしながら攻撃し陽動している。
そしてその後方では、ワイバーンに乗りながらも魔法を唱え続けるバーベル。
「貴女が加わってくれることはありがたいですが、相手は規格外レベルの強さです。それでもここに残り戦いますか?」
「……そうじゃなかったら今頃、こうして攻撃もしてませんっ!」
3人が攻撃を仕掛ける中、ちゃっかり物理攻撃で足元に外傷を負わせていってたナーシャ。
竜人らしいバカ力が、再生に追いつかないほどのダメージを与えている。
「(ふーん。あの子、なかなかいい線いってるわね。なら、尚更守ってあげなきゃ! 過剰な程にね!)」
「貫徹スキル!"徹甲円月斬"!」
自身のもつ武器が突如として光ったかと思えば、周りには弾丸のような形をした軌跡が、剣の通った場所からうっすらと見える。
その弾一つ一つがアメジストゴーレムに被弾し、必殺の一閃を決め込む。
「ぉぉぉおおりゃぁあ!!」
「支援スペル"物理錬成"!」
物理錬成、ゲームで言う物理攻撃バフ。
しかし、単なるバフだけではなく、敵に物理攻撃ダウンのデバフをかけるおまけ付き。
「私だって、負けてません……!」
まだLv1故に固有スキルとさっき使った
しかしながら、素の攻撃力が高い種族故に片足の神経を切断し相手の動きを封じることに成功する。
「お手柄だぞ新米っ!」
キリナの必殺の一撃は遅れて入るらしく、ナーシャ以外はもうとっくに戦闘終了の体制をとっていた。
「えっ、まだ動いてますよ? 死んでませんって」
「まぁまぁ、危ないからこっちおいで」
「危ない……? ひゃぁあ!!」
何が危ないんだろうかと思っていると、無数の斬撃がアメジストゴーレムを斬りつけ続けているのがわかる。
それと同時に一太刀入る度に弾丸が生成され、アメジストゴーレムの皮膚を貫徹しては戻っていく。
当然、退避が遅れたナーシャにも飛んでくるが、紙一重でかわしながら何とか戻ってきた。
「はははっ、だから言っただろう? 危ないってな!」
「むぅう……。もう少し早く言ってくださいよぉ……」
「なぁに、こういう経験をしておくことも立派な冒険者になるためには必要なことだぞ? 特に、強くなりたいなら尚更な」
「強く……」
魔物の中には、自身の針を全方位に飛ばしたりして攻撃してくる者もいたりするわけで……。
慣れておくに越したことはないということなのだろう。
「そうだ。強く逞しくなりたいのならば、日々鍛錬あるのみ! ……って言うキャラじゃねーが、実際努力は大事だぞっ。覚えておけ」
「はっ、はい!」
「それにしても、どうして受付嬢さん達がここに?」
「……たまたま通りかかっただけよ。気にしないで」
無論嘘である。
ただ、心配なのと変なところでツンデレ属性があるせいで正直になれないだけ。
「それと、私はキリナっていう名前があるの。これからはそう呼んでちょうだい」
「分かりましたキリナさん! 」
「まぁともかく、無事にクエストはクリアしたようね。後で受付に来なさい。私は獲物を喰らってから戻るから」
そう言うと、すっかり倒れたアメジストゴーレムの亡骸からドロップアイテムを搾取する。
その際、自身の元にブーメランの要領で戻ってきた剣を片手で受け取り鞘に収める。
ただ斬りつけたというより、ヒットする直前で投げてたのだ。
やたら大振りだったのはこれが理由のようだ。
「ぶぇえっ。デミジストかぁ……。これじゃあ高値もつかないわよ……」
デミジストとは、アメジストにただ魔力が流れ込んだだけの結晶体。
この世界においてはごくごく普通にありふれた鉱石でありなんら珍しいことは無い。
魔法使いの杖の触媒素材として使われるくらいには一般的だ。
「高レベルだから期待してたのになぁ……最悪」
「仕方ないだろ? 確かに高レベルだったが、レベルが高いだけで品質は最初から低品質だったぞ。俺の鑑定スキルがそう教えてくれてた」
「じゃあ最初からそう言いなさいよポンコツ鑑定士!」
「いってもどうせ戦いに行くだろうが! このレベル脳筋!」
「まぁまぁ2人とも、みっともないですよ。ともかく、初クエストお疲れ様です。キリナさんに代わって祝福しますね」
「あっありがとう、ございます……」
そうして、賑やかな時間が終わり、そろそろ日が沈む時間になる頃、割とボロボロな状態で帰ってきたキリナが平然と受付嬢としての仕事を全うしようとしていた。
嫌味ったらしく過激派な言動ばかりして、嫌われるどころか逆にそれがひとつの魅力となり怖いもの見たさで集まってくる冒険者でも、さすがにそんな状態のキリナを見れば心配もされる。
「あはは、気にしてくれるのは結構。だけど、乙女のあられもない身体をジロジロ見ながらヤラシイ目つきで見てくるのはいただけないわねぇー?」
「ひぃー! すんませんしたー! でもありがとうございますー!」
「……ちっ、変態が……」
キリナに怒られながらもその場から立ち去る男たち。
どうも、1部の冒険者界隈では、こんなキリナに罵られるのがたまらない勢がいるらしい。
「こらそこ! ギルド内で召喚獣を連れ歩かない! ちゃんと指輪内で管理しなさい!」
「こんなとこで研磨もしない! ポーションの飲みくさしを放棄もしない! あーもう忙しいわねぇ本当に」
さっきの行動も、なんだかんだキリナの思う営業管理の一環だったりする。
街周辺の安全の確保を、受付嬢の身に扮しながら情報を収集し、そして仲間と共にそれを倒して回る影の立役者である。
よく様々なゲームやアニメなどの創作物にに出てくるギルドのある街の周りや、主人公が初めて訪れた村の周りがやたら平和で弱い魔物しか居ないのも、もしかしたらキリナのような受付嬢が、影で暗躍して平和にしているのかも?
「おっ、言われた通りナーシャやってきたのね。ほら、あんたにとっては初めての報酬よ。受け取りなさい」
「ありがとうございま……? なんです? このバッチは」
麻紐を織って作った麻布を包みにした袋には、スライムゼリーを換金して手に入れたお金とプラスしてクエスト報酬金が支払われていた。
この中には危険手当など各種保険も盛り込まれていて、現実換算だとおおよそ20万円程の価値となる。
あれ? 思ったより安い?
しかしそんな報酬の中には、ドラゴンと剣の模様がはいったバッチが入っていた。
「それについては、あそこにいる、むさ苦しい筋肉だけど少しイケメンな彼に聞いてきなさい」
要するにネーヴェのことである。
普段キリナといがみ合いばかりしてる彼だが、影ではキリナは彼のことを尊敬していることが分かる。
「はっはぁ……」
ナーシャは言われた通り、ネーヴェの元に向かう。
「おっ、さっきの新米さんじゃねぇか。どうした?」
「あのー。キリナさんに、このバッチのことなら貴方に聞けと……」
「……あぁ、そういう事か。これをあいつが手渡したってことは……そうか、とうとう空席が埋まるのか」
「ん? なんの事ですか?」
「説明しなくても分かるだろう? 俺らの容姿で察してくれ。まぁあいつはあの姿じゃつけてないがな」
言われてネーヴェの着る、少しパンクで胸元が空いている革ジャンのような服装を見やる。
男性の素肌なもんで少し頬を赤らめながらも見てみると、自分がもつバッチと同じものをみにつけていることが分かる。
「もしかして……私は貴方達のパーティに……?」
「そういうことだ。本来はもっと熟練の冒険者を仲間にするって予定だったんだが……どうも、将来を見込んで新米さんを仲間にすると決めたらしいな」
「なんせ、あいつがリーダーだし、このギルド……カメリックギルドの管轄は、俺ら"
「あーだからずっと居たんですね? ここに……」
「って待ってくださいよ! そういうことならキリナさんって、受付嬢しながらギルドマスターしながら冒険者もしてるんですか?!」
「シー。大声をだすな。このギルドの機密事項なんだ、周りに言いふらすなよ?」
なんて言いながら人差し指をナーシャの可愛くも小さい唇に押し当ててやる。
決して脅しではなく、優しさを込めたトーンで訴える。
「まあだが、色々兼任しているのも事実なのだが、一応建前上は受付嬢の業務の範疇として国には申請してある。本当は違法なんだが、黙認されている状態だ。信用を落とすマネだけはしないでくれよ?」
「もしそんなことをしようものなら……。苗床にでもなってもらうからな」
こっちはほんとに脅しだ。
しかしながら、本気の眼差しを向ける。
「……すこし、不安になってきました。しかし、貴方達のそばにいて強くなれるのならば、お供します!」
「はっはっはっ! そう言ってくれて嬉しいかぎりだよ。んじゃ、あらめて自己紹介をしよう」
「俺はネーヴェだ。あそこで魔導書を読んでるちっこいのはバーベル。ジョブは、俺は魔導銃使いでバーベルは後方魔法使いだ。ちなみにキリナは戦士で、新米さんと同じさ」
「むぅ、私にだって名前はありますよっ! 私はナーシャです! 」
ムスッと頬を膨らませながら苦言を口にする。
「(ごめんなさいね、シルバー。あんたの席は、埋まっちゃったわ。でも、元々そういう約束だったし、これでいいわよね)」
シルバーと交わした約束……それは、"俺が死んで、キリナが認める腕の立つものに出会った時、席を譲ってやれ"というものだった。
シルバー自体は元々引退を考えていたようで、その旨を伝えるための約束だった。
キリナにとってのシルバーは恋仲であり、未だ心をの奥底で引きずりながら仕事をこなしていたのだ。
そんな彼女は、もうすっかり営業時間の終わりを迎えたギルド内で、人知れずこっそり涙を流した。
「さぁ、今晩は新メンバー歓迎会をやるぞ! ほら、バーベルついてこい! 近くの店で飲んだくれるぞ!」
「あぁちょっとネーヴェさんっ! キリナさんを忘れてますよ!」
「……いいから! ちったぁ空気読めや!」
苦し紛れの賑やかしの発言をしながら、半ば無理やりバーベルを連行して行った。
受付嬢ことキリナを1人にするために……。
「……全く、お世話がせねネーヴェも……。自分だって、寂しいくせに……」
「ねぇシルバー、貴方の遺品を、貴方の乗ってたワイバーンに乗せたままにするの、あのままでいいの?」
「……お守り、だもんね……。あそこに、ナーシャが座るけど……。うん、そうだよね。きっと、貴方みたいに逞しくなるよね……」
ずずっと鼻水をすすりながら、気づけばハンカチを取り出して涙をふいて泣いていた。
__こうして、結局翌朝になるまでネーヴェらは帰ってこず、翌日はギルドを休業してキリナを休ませることとなった。
過激派の裏には、彼女也の優しさと想いがみっちりと詰まっていた。
なにもパーティメンバーでなくても、自身が責任をもって送り出した、仲間同然の冒険者が、二度と死亡することのないように……。
あの、かつて仲間のことを考えず突っ込んだ高難度クエストで失ったシルバーのような悲劇を起こさぬように……。
胸の内にそう誓いながら……彼女は今日も生きていく。
「こらそこ! 掃除不良! 一体何度言ったら……! まぁいいわ。今日は大目に見てあげます」