次にやって来たのは、小さな店。
看板は出ておらず、建物の外から見ただけでは何の店か分からない。
扉に下がっているCLOSEの札を見るに、店であることは間違いなさそうだが……。
「ここは何ですか?」
「店だ」
「いやそれは見れば分かるのですが……」
シリウス様は慣れた様子で店の扉の鍵を開けると、扉に掛かっていた札を裏返してOPENにしてから店の中に入って行ってしまった。
シリウス様の後を追って、私も店の中に入る。
店内には、回復薬からアクセサリー、魔法道具まで様々な商品が並んでいるが、店員は一人もいない。
店内の様子を見て、賢い私はピンときてしまった。
誰もいない店内に二人きり。つまり。
「シリウス様は、無人の店内に乙女を連れ込んでアレコレしたいってことですね! どんとこいです! それともこの場合は『キャーやめてー』とか言った方が良いんですかね!?」
「先日この店の店主がここを売りに出していた。老齢のため店を畳むことにしたそうだ。それを余が買った」
シリウス様は、はしゃぐ私を無視して答えを教えてくれた。
「冷静に答えないでくださいよ。私が空回っているみたいじゃないですか」
「みたいではなく、空回っている」
シリウス様はツレナイ態度でそう言うと、杖を振って店内の掃除を始めた。
みるみるうちに一箇所に集まった店内のホコリを、杖を振って浮かせると、ゴミ箱の中へと移動させた。
「……で、店を買ってどうするんですか?」
「物を売るに決まっているだろう」
「この店、シリウス様が店主をしてるんですか!?」
店を買ったのだからそう考えるのが普通だが、シリウス様の人物像を知っているせいでその考えに至らなかった私は、大袈裟に驚いてしまった。
その様子にシリウス様は少しムッとしている。
「悪いか?」
「悪くはないですが……人には向き不向きがあると言いますか……」
正直なところ、シリウス様に客商売が向いているとは思えない。
手を擦り合わせながらペコペコしているシリウス様なんて想像も出来ないし、したくもない。
「店員を雇った方が良いのではないでしょうか? シリウス様は商品の作成のみを担当して、店頭には出ない方向で」
「商品はすでに大量に作ってあるが?」
シリウス様が天才なことが仇となった。
上等な回復薬や魔法道具は作成が難しく大量生産は出来ないはずなのに、もう大量の在庫を用意しているとは。
「それなら、うーん……そうだ! シリウス様にはすでに仕事があるじゃないですか。忙しいのにここで商売をしていたら、時間が足りなくなるんじゃありません?」
「ただ商売をしているわけではない。あれを見るといい」
指さされた先を見ると、店の奥には大きな「聖女を見分ける原石」が置かれていた。
原石の前には『聖女を見分ける原石です。ご自由にお触り下さい』と書かれた紙が貼られている。
「本当にこんな原始的な方法で聖女を探していたんですね」
「これがなかなか馬鹿にできない。日に何人も触っていくぞ」
そんな馬鹿な。観光名所でもあるまいし。
……と思っていると、すぐに店に若い女性たちがやって来た。
「ほら、あの店主さんよ。美形でしょ?」
「本当ね。知的な感じで素敵だわ」
「それで、あの噂の石はどこにあるの?」
若い女性たちは店に入るなり、まっすぐに聖女を見分ける原石の前にやって来た。
聖女に憧れがあるのだろうか、という私の想像は、すぐに違うことが分かった。
「これがシンデレラの石よ。あの店主さん、この石を光らせる人を探しているみたいなの」
「この石が光ったら、あの美形の店主さんと結婚できるのね!?」
「そういう噂よ。まだ光らせた人はいないみたいだけど」
きゃあきゃあ言いながら、女性たちは聖女を見分ける原石に手を触れた。
しかし原石は一切光らない。
「あら残念。そう上手くはいかないわよね」
「悔しいから何か買って帰るわ。それにこのまま帰ったら印象が悪いもの」
「そうね。シンデレラじゃなくても、店主さんと仲良くなれる可能性はあるわ」
女性たちの様子を見ながら、シリウス様は首を傾けている。
「聖女の石と書いているのに、客はなぜかシンデレラの石と呼んでいる」
『シンデレラの石』という名称と彼女たちの様子から分かるのは、シリウス様があの石を光らせる女性を娶ろうとしている、という噂が流れていること。
そして日に何人も石を触りに来るほど、シリウス様狙いの女性たちがたくさんいる。
…………蹴散らさなければ。
「おっとうっかり。シリウス様のイイ人である私は、不注意で商品棚に足をぶつけて転んでしまいましたぁ」
「やけに説明的で余裕があると感じるのは、余の気のせいか?」
私は、ここぞとばかりに転んだフリをしてシリウス様に抱きついた。
しかし女性たちは蹴散らされるどころか、その手があったか!という顔をしていた。