「さて、駒田君。真実を知ってしまったあなたには、二つの道が用意されています」
阿久津さんが長く整った指を天に向けた。
「一つは駒田君が異世界転移をする道です。ちなみに飯沼さんの飛んだ世界とは別の世界へ行くことになります。あの世界は飯沼さんで定員ですので。なおこちらの道を選んだ場合、あなたがこの世界で生きてきた痕跡は抹消されます」
「……もう一つの道は?」
「あなたが異世界転移管理局に所属する道です。こちらの道を選んだ場合、あなたはこれから誰かの生きてきた痕跡を消す作業をすることになります」
たった今最低だと思った暴力的な組織に、僕が所属する!?
考えただけでも鳥肌が立つ。
しかしもう一つの道を選ぶと、僕がこの世界で生きてきた痕跡は抹消される。
この際、異世界に飛ばされることに関してはどうでもいいが……いや、どうでもよくはないが、生きてきた痕跡が抹消されることに比べれば些事と言える。
それは、僕が最も恐れていたことだからだ。
「どっちの道も選ばないことは出来ないのか?」
出来ないだろうなと思いつつ、一応尋ねてみた。もしかしてということもあるかもしれない。
しかし阿久津さんは静かに首を横に振った。
「駒田君が自分で選ばない場合は、私たちが強制的に異世界へ飛ばすだけです。異世界へ飛ばしてしまえば、秘密が漏れる心配はありませんから」
阿久津さんの答えは、そりゃそうだよなと納得させられるものだった。
僕は必ずどちらか一つを選ばなければならないようだ。
「自分の生きてきた痕跡が消えるか、他人の生きてきた痕跡を消すか」
とどのつまり、これはそういう話だ。
「ちょっと、ちょっとー! 二人で長時間なにをやってるの!? まさか告白じゃない……よね?」
バタバタと小道にやってきた酒井を眺める。飯沼の記憶を抹消されて、そのことに気付くこともない酒井に。
もちろん酒井は悪くない。むしろ異世界転移の被害者だ。
「駒田、まさか阿久津さんと……」
「そんなんじゃないって。阿久津さんに月曜のテストのヤマを教えてもらってただけ」
「山だけに? って、やかましいわ!」
酒井が一人でツッコんで、ケラケラと笑い始めた。
僕はこれから酒井のような被害者を生み出す側に回る。
きっと僕はもう、酒井のようにキラキラした顔で笑うことは出来ないのだろう。
僕はこれから加害者意識の絡みついた道を歩く。自分のために他人の人生を踏みにじる。
ただ、この世界で生きてきた痕跡を残したいというエゴのために。
「こちら側へようこそ」
眩しいものを眺めるように酒井を見つめる僕に向かって、阿久津さんが影のある笑顔でそう言った。
了