蝋燭の灯が照らす長い廊下を、睦樹は二人の男に先導されて歩いていた。
「この隠れ家はとても広いのですが、総ての部屋がこの一本の廊下に繋がっています。両脇に襖があるでしょう。例えば、そこ」
右側を歩く優男が一つの襖を指さす。
「そこは大広間で、皆で自由に使える部屋。後は各々の部屋や台所、風呂など、私たちが生活するのに必要な部屋がこの辺りです」
睦樹はこくこくと頷きながら、男の話を一語一句漏らさぬよう頭に叩き込む。
その真剣な表情を見て、男がふっと笑った。
「睦樹君はとても真面目なんですね。今から全部覚えなくても、暮らしていくうちに自然と頭に入りますから、私の説明は軽い気持ちで聞いてくれればいいですよ。忘れても何度でもお教えしますから」
そう微笑む優男は
「ここに住むって決めた以上、迷惑はかけられない。ちゃんと覚える」
零に勝手に連れてこられたとは言え、ここに住むと決めたのは自分だ。ならば己の責任を果たす。それが一族の長の息子としての誇りであると、睦樹は自負している。
真っ直ぐに見上げる瞳に、参太は優しく語りかけた。
「そんなに固くならずに。ここを我が家だと思って過ごしてくれた方が、皆もきっと嬉しいですから」
「我が家……」
ぽつりと呟いて、少しだけ気持ちがしゅんとする。
無くなってしまった故郷や消息の分からない家族や仲間を思うと、胸が痛い。
俯いてしまった睦樹を眺めて、参太は隣の男と目を合わせ、少し哀しい顔をした。
「……」
ぽん、と睦樹の肩に手が乗る。
「今は難しいだろうが、その……。あまり、気を落とすな」
見上げると、左隣に立っている男が睦樹をじっと見下ろしていた。
彼は
全身を覆いつくすような着物を纏い、肌のほとんどを隠している。見えるのは手と目だけだが、その手も布で覆い隠しているから実際晒しているのは両眼だけである。
それには訳があって、彼は人魚の一族、その中でも珍しい男の人魚だ。
人魚は普通、女ばかりで男として生まれるものは大変希少なのだという。人を惑わすほどの美しさを持つ人魚だが、男の人魚である五浦もその例に漏れず、素顔は惚れない者はないと言うほど美しいのだそうだ。
だから普段は目以外の総てを隠しているらしい。
そんな恰好をしているせいもあり、また普段は口数も少なく表情もわかりずらいので近寄り難い印象を持っていたが、今の言葉はとても優しく聞こえた。
「あり、がとう……」
肩に乗った手はひんやりと冷たかったが、睦樹の言葉にほっとしたように降ろした手の名残は温かい気がした。
「五浦は、こういう格好をしているせいで怖い印象があるかもしれませんが、実際はとても優しいですから。睦樹君も気軽に話しかけてあげてくださいね」
参太にそういわれて、五浦が照れたように顔を背ける。
「そんなことは、ないが……。参太の方が、優しい」
てくてくと廊下の奥に歩いていく五浦の後ろでこっそりと参太が囁く。
「五浦は少しだけ、お話が苦手なだけなんです」
それを聞きながら眺めた五浦の背中が照れを帯びて見えて、
(可愛い大人だ)
と、睦樹は思った。