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神の眠る島
神の眠る島
蒼開襟
異世界恋愛フューチャーラブ
2025年05月17日
公開日
2.2万字
完結済
俳優のシユラは父親の頼みで、神の眠る島へ。 そこで出会ったのは、純粋でできた美しい人々。

第1話

ロケットは随分ずいぶんと長く飛んでいた。

位置情報が分からないようにとのことで、周回しゅうかいをぐるぐると続けている。

乗客の何割かは青ざめた顔でシートにもたれこんでいた。

ロケットの窓からは何も見えない。

シールドが張られていて到着するまでお楽しみといわんばかりだ。

ちなみにこのロケットに乗っているのは数十人ほど。


WaX7a01N0xx4i//ma、この島はそう呼ばれている。

随分ずいぶん前からレッドリストに指定されており、世界保健機関だけが立ち入ることを許可されている、希少種きしょうしゅそろう島なのだ。

捕まえれば億万長者も夢じゃない、そんな触れ込みが雑誌でおどっていたが、実際は誰も真実など知らないし世界保健機関の人間もらすことはない。

惑星シティから未開の地へ。

ロケットが空港に到着して乗客はふらふらとした足取りで島に降り立った。

小さな鞄を片手に世界保健機関検査官の隣を素通りする。

カウンターにてIDを差し出すと空港検査官が顔を上げた。

『あら?珍しい・・・観光客なんて。』

『・・・ええ。』

検査官の男は目の前に立つ男に小さなプレートをかかげるとボタンを押した。

生体認証での本人確認、危険物所持などがそれ一つで出来る。数秒だ。

『登録ID95TWXX・・・名前はシユラ。』

『ええ。』

『滞在はどれくらい?』

『二ヶ月ほど。』

シユラはサングラスをずらして検査官に微笑みかける。

シユラの青い瞳が検査官を捉えると彼は顔を赤く染めてうつむいた。

『あ、・・・ええと、この星では住人以外は移動がタクシーになっています。あなたのためにリムジンが用意されていますので空港出ましたら右手に折れて乗り場へ。ホテルには連絡済みです。何かご質問は?』

『いいえ、ありがとう。』

カウンターを離れて乗り場へ向かう。

空港は他の島と遜色そんしょくのない美しい物で、ただ違うのは人がいないということ。

シユラは自分の靴音だけを聞きながら周りを見渡した。



リムジンに乗り込み車が走り出す。

自動運転の車はゆっくりと車のれに入る。

高速は車が走ってはいるが中に人の気配はない。

観光客を迎える準備だけは万端ばんたんというようだ。

シユラはシートにもたれると鞄から端末を取り出した。

メッセージを打ち込み送信するとすぐに返事が来た。


無事に到着したようでよかった。

さっきカイルに伝えたところようやく顔色が良くなった。


シユラはフッと笑うとメッセージを打ち込む。


お母さんに心配かけてごめんなさいって伝えておいて。

それと話していたデータを送ってくれる?忘れて来ちゃったんだ。


端末たんまつ点滅てんめつすると、了解rようかい の文字がポンと浮かびあがった。

電源を落として鞄に突っ込むと、顔にかかった髪を両手でかきあげた。

青白い肌に薄い色の長い髪が耳元で揺れる。

視線を窓の外へ向けると、丁度高速を降りて町へ向かうところだった。

惑星シティとは違い、古い木造の家がずらりと並んでいる。

道路は舗装ほそうされておらず砂利がいてある、並木道には大きな木が続いている。

シユラは見たことがない風景だと思った。

そして聞いていたとおりだとも思った。

この島は大昔にほろびたと言い伝えられていた。

木や草で出来た家に妖精が暮らしているという。

彼らはヴィーガンであり全てに神が宿ると信じているという話もある。

けれどもう存在しない島なのだから、殆どは誰かの妄想もうそうで作られた夢物語のようなものだと思われていた。

島が実在すると報じられたのはレッドリストに入ったからだ。

世界保健機関が封鎖ふうさをし、外からの遮断しゃだんを決めた。

実際、噂だとこの島では政治などその他もろもろが存在しないらしい。

殆どの情報が噂話程度ではあるが。


ホテルに着くと鞄を置いて端末を開く。

データが転送されたらしくアイコンが光っていた。

データファイルを開く。綺麗に整えられたテキストと写真データが並んでいる。

そのうちのテキストには名前がなく開いてみると伝言があった。


写真を撮ってくるように。シヴァ


シユラがこの島へ来た理由の一つでもある。

父シヴァは多くのコネクションを持つ。

その中で世界保健機関のパトロンをやっている富豪ふごうがいるらしく、本人が行くつもりであったが体調を崩してドクターストップ。

シヴァへ打診があったが生憎あいにく手が空かないと本人が言い、ではシユラならいいだろうと決定された。

シユラ自身は富豪との面識めんしきはないが、毎年バースデイに贈られてくる恐ろしいほどの薔薇ばらの花からあまり良い印象は持っていない。

シユラに任されたのは写真だ。

実際はカメラマンの父が出向いたほうが問題ないのだが、母との時間をつぶされるのは本望でないらしい。

母と二人ならと希望を出したものの一人というわくしかなく、なら必要ないと蹴ろうとしていた。

レッドリストに入るような場所への旅行など、喉から手が出るほどのものだろうに。


さて、と端末にあるデータを確かめて依頼いらいされているものを確認する。

それを頭に収めてから小さな鞄にカメラを入れるとホテルを出た。

さっき乗ってきたリムジンが、シユラ専用だとホテルマンに告げられて、しぶしぶ々乗り込んだ。

シティとは違い、この島の風景は目に優しい。

緑が多く、情報では季節になると大きな木にピンクの花が咲くのだという。

データベースの写真はデジタルで色が付けられていて味気あじけがない。

けれどそれを見るには季節が違うらしい。

リムジンはゆっくりとシユラが希望した場所へと向かっていた。

神が宿やどると言われている宗教施設。

木造で美しい建物だ。

赤い鳥居と呼ばれるものが立てられており、周りは森に囲まれている。

足元は砂利じゃりだ。

リムジンを降りると、アングルの良い場所を探して撮影を開始した。

デジタルカメラにおさめていくその風景に、くんと柔らかな匂いが風に乗ってくる。

あらかた写真に収めるとカメラを鞄に押し込んだ。


この施設には人の気配はない。

リムジンからは無人であるとランプがついているので、車に戻るようには催促さいそくはない。

この島はレッドリストに入っているために、住人との接触はまだ避けられている。

そのため無人であるリムジンにはセンサーが搭載とうさいされており、人の気配を察知さっちすると乗客の安全を守るためにサインが送られる。

とはいえ、この島に来るのは世界保健機関の人間ばかりだから、こればかりはシユラ自身にゆだねられている。


シユラは砂利じゃりの音を確かめながら、施設の裏へ回り込んだ。

暗がりに石が綺麗に積まれている。

触れないようにしてその隣を行くと、木々の間から何かの視線を感じてそちらに目を向けた。

暗がりの森の中、白い民族衣装を着た女が一人こちらを見つめている。

人がいればリムジンがサインを出すはずだが、聞こえる様子はない。

人ではないのか?とシユラはきびすを返して車の方へと歩き出した。

人ではないものはシティにもいる。

シユラもまた人ではない。

人のフリをした化け物である。

もう一度振り返るとそこには何もなかった。



次の場所へ向かう道中どうちゅう、リムジンの窓から見えた集落しゅうらくに人の姿があった。

子供のような背丈せたけで顔つきは優しげに見えた。

そういえばこの妖精の末裔まつえいたちがシティにも少しはいると聞いた。

もう血は混ざって姿形は変わってはいるが、雰囲気は穏やかである。

小さい頃からかかっている医者によると、この妖精族は少し臆病おくびょうな面があるらしい。

何故らしいかと言えば、混ざり合っているからが正しい答えのようだ。

リムジンが止まり、次もまた宗教施設。墓地だ。

直接写真を撮るのは躊躇ためらわれるため、少し離れた場所から施設を撮影する。

綺麗に整えられた場所に文字の書かれた石が置かれており、花が手向たむけられている。

シティにはもうこうした施設が存在しない。シユラも見るのは初めてだった。

見晴らしの良い場所にそれは並んでいる。

気持ちの良い風が吹き込んで、ここにそれがあることに優しさが感じられた。

とても不思議な気持ちだ。

それからいくつか施設を回り写真を撮る。

かたむいてくるとホテルへと戻った。



ホテルのルームサービスでワインを貰う、特に食事をする必要がないのでグラスを傾けつつ、端末から報告を打ち込んだ。

シャワーを浴びた後だったため、濡れた髪をタオルを拭きつつ、デジタルカメラにコードを差し込んで端末にデータを送る。

センサーでも送れるがシユラはこうした無駄な作業が好きだったりする。

小さくハミングをしながら転送を行うと端末にメッセージが届いた。


楽しそうで良かった。 カイル


母からのメッセージは簡潔かんけつで、彼女がどんな顔をして打ち込んだのかすぐに分かった。

端末ではカメラアプリからビデオ電話も可能だが、それをすると話が長くなってしまうからお互いに使うことがない。

もう一つメッセージが届くとデータも送られていた。

明日の予定と、世界保健機関からの連絡だ。

会う必要があるらしく、時間等の指定はないがリムジンを寄越よこすとある。

シユラは、了解りょうかい。と呟いて端末を閉じるとテーブルに放り出した。

グラスを傾けつつベットに座ると、頭にかかったタオルで髪を拭いた。


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