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トラバスタ博士と猫
トラバスタ博士と猫
蒼開襟
文芸・その他ショートショート
2025年05月17日
公開日
3,406字
完結済
猫アンドロイドと博士の対話が始まる。

第1話

人型アンドロイドにもきてしまった。

博士は目の前に寝転んでいる、ふわふわした毛並みの猫アンドロイドに手を伸ばすと、その毛皮に指を沈めた。

不思議なことに暖かい。

温度センサーがついているらしく、本物の猫と変わりはない。

違うのはこの猫に必要なのは時々、陽に当てることだ。

陽を浴びることで充電が半永久的に可能らしい。

猫の首元に指を触れさせるとゴロゴロと鳴く。

今では家庭のほとんどがこの猫らしい。

生きている猫は殆ど皆無かいむ、いや絶命危惧種ぜつめつきぐしゅとなってしまったようだ。

人間も同じようなものだが。

博士は猫の首元にある隙間すきまに手を入れて、かちりとボタンを押すとケーブルを差し込んだ。

猫アンドロイドには色んなものがダウンロードできる。

音楽を入れれば猫は歌うし、本を読み込めば話してくれる。

博士は端末からあるデータを読み込むとそれを猫にダウンロードした。

キュウウンと猫の瞳が細長くなり、数秒して丸い瞳に戻った。


博士は窓辺のカーテンを開けて陽を入れる。

テーブルの上に陽が差し込むとそこに猫は飛び移り、博士が席に着くのを待った。

博士はキッチンへ行きコーヒーを入れる。

まだ熱い湯気の上がるマグを持って席に着くと、目の前の猫の顔をながめた。


『ZQ裁判について。』博士の声に猫が反応する。

『ZQ裁判、イエス。ZQ裁判。子供殺し。』

猫は少し可愛らしい声でそう答えた。

詳細しょうさいを聞かせてくれ。』

『2T956XP78400、シティ国際空港搭乗口こくさいくうこうとうじょうぐち、惑星754WPR66行きロケットの乗客が子供を射殺。空港警備くうこうけいびにより逮捕たいほ容疑者ようぎしゃはサエキ・RE。女。罪状ざいじょうを全て認め、判決は死刑となったが、裁判での発言から政治犯せいじはんとし投獄とうごく。』

『投獄?死刑にはならなかったのか?』

『イエス。』


猫アンドロイドが言うには、被告は当時の国際法こくさいほうとアンドロイドの権利を口にした。

それが広まり、国民のアンドロイド派閥はばつされる形で、裁判は注目され長引いた。

アンドロイド派閥には多くのユニークな人種がそろっている。

パトロンを多く抱えている司法は、そことの衝突しょうとつを避けるために、死刑を避けて被告の裁判に幕引まくひきをした。


当時の国際法はアンドロイドの権利が認められている。

生きている限りは人間と同等どうとうとして扱われ、罪を犯した場合は人間と同等の罰を受ける。

しかし人間の権利として、成人と子供ではまったく違い、子供の権利が高くもうけられている。

子供は未来をになうため、より良く扱われなければならず、侵害しんがいしてはならない。

このことから子供>成人>アンドロイドという図式になる。

この事件は、シンフォニック型0Aと呼ばれる、希少種きしょうしゅをめぐるもので、サエキはその恋人である。

0Aには所有者がいないため、一個体いちこたいとして扱われるが、事件のあった当時、希少種狩りが行われており、多くの0Aもしくは似た人間、アンドロイドが拉致監禁らちかんきん虐待ぎゃくたい、殺害などされている。

被告の行動データから、身の安全を守るために空港にいたのは明らかであり、0Aアンドロイド、名をエージェントが、子供に故意こいに発砲され殺害されている。

その場にいた被告は子供の落とした銃を拾い、子供を殺害した。


博士はコーヒーを一口飲むと、猫にモニターを使うように指示を出した。

窓辺に置かれたモニターが光り、映像が映しだされる。

チチチ・・・と古いファイルが開く音がする。

モニターには男が二人、女が一人、席についている。

『これではない。裁判を。』

猫はまばたきをして映像を切り替える。

モニターには古い裁判所が映り、被告席に女が立っている。

裁判が終わり、外では人だかりが出来、口々に何か言っている。

『音声を。』

しぼられたボリュームが開放されて、モニターの人物の口とそろった。

『我々はサエキさんを応援します!何故アンドロイドを供に生きてはいけないのか?何故認められないのか?』

男の手には小さな手が握られている。

少女のアンドロイドだ。

隣の女は遺影を抱えている。

『私のアンドロイドは壊されてしまった。直したけどすぐに壊れたわ。』

博士は猫に手を上げると、音声は立ち消えた。


『この人たちはアンドロイド派閥はばつか?』

『イエス。アンドロイドと共生きょうせいを目指す人々。しかし被告はこの者たちの言葉を拒否きょひしている。』

モニターに映し出される女。囚人服を着ている。被告だ。

その前には弁護士が座っている。

被告はけだるく長い前髪をかきあげると、目の前の弁護士に言った。

『くだらない。あれはただ、私を利用したいだけ。本当は権利なんて微塵みじんも考えちゃいない。エージェントを助けられる、なんて言う人もいた。確かにパーツがあればそうかも知れない。けれど、それは彼ではない。』

『彼ではない?』

『ええ、貴方は弁護士でかしこいわ。ならわかるか?一度消えてしまった命はもう一度そこに戻るのか?人間ならうつわたましい共鳴きょうめいするのかもしれない、けれどアンドロイドは?確かに同じであれば共鳴するのかもしれない。エージェントはかくを破壊された、それはアンドロイドの魂の部分、入れ替えれたとして・・・それは彼?』

『・・・僕には分かりません。』

『彼らはアンドロイドは機械だからパーツを入れ替えれば、直ると考えている。それはほとんどの人がそう。』

『あなたは・・・もし・・・直ったとしても・・・。』

『治らないわ。彼を作った博士はいない。パーツを持つシンフォニックも死んでしまった。もう治せないのよ。』

『・・・それでも、あの場であんな発言をすることはなかったんでは?』

『エージェントは殺されたって?真実じゃない。彼らにとって、世界にとってはアンドロイドは物であっても、私には物ではなかった。大切な命ある者だった。あの子供と同じように、同じく愛しく大切な命だったのよ。』

映像はここで途切とぎれている。


博士はうんとうなると、猫を見上げた。

『なあ、お前はどう思う?私はこれからこの裁判について、子供たちに話をしようと思うんだ。今のこの世界にはこの裁判の頃とは違い、人は極端きょくたんに少ない。アンドロイドはいるが人と同じ権利はない。お前たちのような動物アンドロイドが主流だ。人型はいるがメイドロイドが殆どで、このようなことを考える者は少ないだろう。』

猫は前足をあごの下に置くと、口を開いた。

『マスター。私は猫アンドロイドです。人工AIの入ったロボットです。しがない私の意見ですが、この裁判はとても悲しい結末になりました。被告・サエキREは政治犯として牢獄ろうごくで死亡しています。最後は誰にも看取みとられず、牢獄の中で小さな部品を胸に抱えて死んでいました。』

『悲しいか・・・。』

『はい。悲しい・・・私たちにも悲しいというプログラムがあります。人間とは違うのかも知れません、しかし核の一部が光りを失い、停止します。人で言う死です。悲しみは思考プログラムに入り込み侵食しんしょくしていきます。そして・・・恐ろしくなる。』

『うん。』

『マスター、このデータは沢山のことをもたらします。子供たちへお話することは難しく思います。確かに人は思いやりや優しさを持ちます。しかし残酷ざんこくです。子供と言うのはそういうものです。裁判で被告は子供は『おもちゃ』という言葉を使ったと言います。裁判記録にはおもちゃが指すのが殺害に使われた銃なのか、アンドロイドなのかは争点そうてんにありません。しかし私は思います。子供は同じ意味で使ったのではないかと。パーツを取り替えることができれば、繰り返し使うことのできる物。壊れても換えがある物。』

『お前はそうではないと思うか?この被告のように。』

『どうでしょうか。私は猫アンドロイドですから。しかし被告の言葉は私の胸に響きます。愛するということはそういうことなのではないかと。』

猫は小さく息を吐くと、目を開いた。

『マスター。あなたはどう思いますか?』

『・・・そうだな。』

博士が答えを口にしようとした時、玄関のチャイムが鳴った。

『おっと失礼。』

博士が玄関へ向かうのを見ながら、猫は瞳を細くした。

『・・・私はそう願っていますよ。』

誰にも聞こえないように呟いて、すうっと目を閉じるとモニターの電源を落とし、自身もまたスリープした。

博士が戻った頃には、猫のデータは消えてしまい、まっさらな状態でそこに寝転んでいた。

にゃあんと愛らしい声で鳴くと、博士の指先に顔をこすりつけた。

『うん?・・・あれ?データが消失している?』

博士は端末をいじりながら、猫の顔を見た。

『・・・お前、自分から消去したのかい?』

博士の問いに猫は首を傾げると、ほんの少し瞳を細くして、大きな欠伸あくびをし眠りについた。

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