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ep10:初バトル

「じゃ、仕上げにリストバンドを装着するぞ。荷物の中に入っているはずだ。利き手じゃ無い方に着けてくれ」


 そのリストバンドは、表がツルツル、裏はサラサラの素材で出来ていた。幅は10センチ程度で、厚さは2ミリほど。伸縮性は無いように見えたが、スルッと手首に収まった。フィット感も申し分ない。


「みんな着けたか? それじゃ、リストバンドを指でタッチしてくれ」


「おおおっ!」


 リストバンドの全面がディスプレイ化した。手首をグルグルと回しても、こちらを向いている側に情報が表示されている。凄い技術だ。


「な、なんですかゲン様、これは……? この小さなスペースに、色々な物が映し出されていますが……」


「今後、魔物と戦った情報がそこに記録される。どんな奴を倒したかとか、どんな奴から逃げたかなどだ。その中でも大事なのは経験値だ。魔物を倒せば倒すほど経験値が積み重なり、俺たちは強くなっていく。——後は各自で触ってみてくれ。分からない事があったら俺が答える」


 アトリとクイナは、お互いのディスプレイを楽しそうに見比べている。——と言うか、彼女たちは文字が読めるのだろうか。


「ゲン……アトリたちって文字は読めるの?」


 俺はゲンに小声で聞いた。


「ああ……一昔前までは、メソポタミアの楔形文字くさびがたもじが最古と言われていたが、ドーバ島の発見で最古の記録が塗り替えられた」


 ゲンも小声で、そう答えてくれた。


 やはりドーバ島は、飛び抜けて進化していた島だった。こんな発達した文明が、あと千年ほどで消えてしまうのか……



「ゲン、これは何を表してるんだ? 地図上に赤い丸が点滅してるんだけど」


 クイナはゲンの方にリストバンドを向けた。その時にはちゃんと、ゲンの方に見せるべき情報が映し出されている。不思議な仕組みだ。


「それは、その場所に魔物がいるって表示だな。ちょうど目の前の坂道を下った辺りだと思う。早速、実戦といってみるか」


 ゲンが言うと、二人の表情が引き締まった。もちろん、俺だって最初のバトルを前に緊張が高まってきている。俺たちは荷物をまとめると、魔物の元へと歩み出した。



「とうとう魔物退治が始まるな、ドキドキしてるか?」


 クイナが横に来て話しかけてきた。


 や、やはり、距離が近い……


 クイナが今のコスチュームになってからは初めての至近距離だ。出来るだけクイナを見ないよう、前を向いて歩く。


「ま、まあ、そうだな。クイナだってドキドキしてるだろ?」


「うーん、正直な所、アタシは楽しみの方が勝ってるかもな……ユヅルやゲンがいたら、負けるわけないだろうし」


 ああ、そうか……俺たちはこの世界では神の使いだ。クイナたちにすれば、勝って当然くらいに思っているのだろう。




「そろそろ、魔物がいるポイントだな……魔物は魔物で、俺たちの事を感知できる能力がある。リストバンドが表示している位置で、ボーッと待ってる訳じゃ無いから気をつけろ。どこから飛び出てくるか分からんぞ……」


 ゲンの一言で、一気に緊張が走った。


 ゲンとアトリは前方、俺とクイナは後方に気を配りながら前進を続ける。その時だった。


「前方、左だっ!!」


 ゲンが叫んだ。


 左手の斜面から、大きな牙を持ったイノシシのような魔物が現れた。猛スピードでこちらに突進してくる。


 一番近くにいたアトリが紙一重でかわすと、その魔物は一直線に俺に向かってきた。左右の大きな上向きの牙は、どちらに避けても接触してしまいそうだ。近づいてきて分かったが、かなりの巨体だった。


「ユヅルっ! 剣を構えろ!」


 ゲンが大声で叫ぶ。


 俺は避ける事で頭がいっぱいだったが、ゲンの一言で少しの迷いが出てしまった。そしてその迷いは、大きな牙で激しく突き飛ばされる結果となった。


「ユヅルっ!!」「ユヅル様っ!!」


 クイナたちの叫び声が聞こえる。だ、大丈夫だ、気は失っていない。すぐに立ち上がると、魔物は向きを変え、再びこちらに突進を始めていた。


「こっ、この、イノシシもどきが!!」


 ゲンが魔物の足元に向け、砲弾を連射する。前方は砲弾の白煙と砂煙で覆われ、一瞬魔物が見えなくなった。


「うっ、上ですっ!!」


 魔物は砲弾を避け、俺たちの頭上を飛び越えようとしていた。あれだけの巨体を持ちながら、驚きの軽やかさを見せる。


「無傷ではいかせませんっ!!」


 いち早く気付いていたアトリが、魔物に向かって炎魔法を放つ。魔物は激しい炎に包まれながら、俺たちの頭上を通り過ぎていった。


「や、やったか!?」


「まだだ、ゲン! 奴は、アタシが仕留める!」


 クイナはそのセリフが言い終わらぬうちに、魔物の方へと駆け出していた。


 アトリの炎魔法が効いているのだろう、着地した魔物は少しよろめいている。にも関わらず、まだ攻撃を加えようとしているのか、魔物はこちらに向き直った。


 だが、向き直った目の前には、既にクイナがいた。


 魔物の牙と牙の間に入ったクイナは、深く屈むやいなや魔物の顎に右アッパーを炸裂させた。『ドーン』という地面を震わす程の轟音と共に。

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