「じゃ、仕上げにリストバンドを装着するぞ。荷物の中に入っているはずだ。利き手じゃ無い方に着けてくれ」
そのリストバンドは、表がツルツル、裏はサラサラの素材で出来ていた。幅は10センチ程度で、厚さは2ミリほど。伸縮性は無いように見えたが、スルッと手首に収まった。フィット感も申し分ない。
「みんな着けたか? それじゃ、リストバンドを指でタッチしてくれ」
「おおおっ!」
リストバンドの全面がディスプレイ化した。手首をグルグルと回しても、こちらを向いている側に情報が表示されている。凄い技術だ。
「な、なんですかゲン様、これは……? この小さなスペースに、色々な物が映し出されていますが……」
「今後、魔物と戦った情報がそこに記録される。どんな奴を倒したかとか、どんな奴から逃げたか
アトリとクイナは、お互いのディスプレイを楽しそうに見比べている。——と言うか、彼女たちは文字が読めるのだろうか。
「ゲン……アトリたちって文字は読めるの?」
俺はゲンに小声で聞いた。
「ああ……一昔前までは、メソポタミアの
ゲンも小声で、そう答えてくれた。
やはりドーバ島は、飛び抜けて進化していた島だった。こんな発達した文明が、あと千年ほどで消えてしまうのか……
「ゲン、これは何を表してるんだ? 地図上に赤い丸が点滅してるんだけど」
クイナはゲンの方にリストバンドを向けた。その時にはちゃんと、ゲンの方に見せるべき情報が映し出されている。不思議な仕組みだ。
「それは、その場所に魔物がいるって表示だな。ちょうど目の前の坂道を下った辺りだと思う。早速、実戦といってみるか」
ゲンが言うと、二人の表情が引き締まった。もちろん、俺だって最初のバトルを前に緊張が高まってきている。俺たちは荷物をまとめると、魔物の元へと歩み出した。
「とうとう魔物退治が始まるな、ドキドキしてるか?」
クイナが横に来て話しかけてきた。
や、やはり、距離が近い……
クイナが今のコスチュームになってからは初めての至近距離だ。出来るだけクイナを見ないよう、前を向いて歩く。
「ま、まあ、そうだな。クイナだってドキドキしてるだろ?」
「うーん、正直な所、アタシは楽しみの方が勝ってるかもな……ユヅルやゲンがいたら、負けるわけないだろうし」
ああ、そうか……俺たちはこの世界では神の使いだ。クイナたちにすれば、勝って当然くらいに思っているのだろう。
「そろそろ、魔物がいるポイントだな……魔物は魔物で、俺たちの事を感知できる能力がある。リストバンドが表示している位置で、ボーッと待ってる訳じゃ無いから気をつけろ。どこから飛び出てくるか分からんぞ……」
ゲンの一言で、一気に緊張が走った。
ゲンとアトリは前方、俺とクイナは後方に気を配りながら前進を続ける。その時だった。
「前方、左だっ!!」
ゲンが叫んだ。
左手の斜面から、大きな牙を持ったイノシシのような魔物が現れた。猛スピードでこちらに突進してくる。
一番近くにいたアトリが紙一重で
「ユヅルっ! 剣を構えろ!」
ゲンが大声で叫ぶ。
俺は避ける事で頭がいっぱいだったが、ゲンの一言で少しの迷いが出てしまった。そしてその迷いは、大きな牙で激しく突き飛ばされる結果となった。
「ユヅルっ!!」「ユヅル様っ!!」
クイナたちの叫び声が聞こえる。だ、大丈夫だ、気は失っていない。すぐに立ち上がると、魔物は向きを変え、再びこちらに突進を始めていた。
「こっ、この、イノシシもどきが!!」
ゲンが魔物の足元に向け、砲弾を連射する。前方は砲弾の白煙と砂煙で覆われ、一瞬魔物が見えなくなった。
「うっ、上ですっ!!」
魔物は砲弾を避け、俺たちの頭上を飛び越えようとしていた。あれだけの巨体を持ちながら、驚きの軽やかさを見せる。
「無傷ではいかせませんっ!!」
いち早く気付いていたアトリが、魔物に向かって炎魔法を放つ。魔物は激しい炎に包まれながら、俺たちの頭上を通り過ぎていった。
「や、やったか!?」
「まだだ、ゲン! 奴は、アタシが仕留める!」
クイナはそのセリフが言い終わらぬうちに、魔物の方へと駆け出していた。
アトリの炎魔法が効いているのだろう、着地した魔物は少しよろめいている。にも関わらず、まだ攻撃を加えようとしているのか、魔物はこちらに向き直った。
だが、向き直った目の前には、既にクイナがいた。
魔物の牙と牙の間に入ったクイナは、深く屈むやいなや魔物の顎に右アッパーを炸裂させた。『ドーン』という地面を震わす程の轟音と共に。