翌朝テントを出ると、今朝も雲一つ無い快晴が広がっていた。
「おおー、カラッと晴れてるな! 雨が降ってたのは寝てる間だけだったな!」
「ほんと! こんな都合の良いことってあるのね!」
クイナとアトリのやりとりに、ゲンと俺は顔を見合わせてクスッと笑った。
「では、二日目の討伐に出発する前に、サラッと今後の予定を話しておく。まず、最終目的はラスボスである魔王を倒す事だ。こいつを倒せば、他の魔物たちの活動も止まる。だから、俺たちは——」
「ちょっと待ってくれ、ゲン。魔王を倒せば終わるなら、さっさとソイツをやっつけにいこうぜ」
ゲンの話を遮って、クイナが言った。確かにそう考えるのも無理は無い。
「うーん……俺たちのレベルはまだ11だ。とてもじゃないが、今の強さでは魔王には敵わない。だから、それ以外の魔物たちを倒してレベルアップが必要なんだ」
「ゲン様の言う事が分かるような、分からないような……私たち自身は、それほど変わらない気もしますけど……」
「まあ、そう思ってしまうのも仕方はない。——だが、もう少し頑張ってみてくれ。その内、気付くこともある」
アトリは納得していない様子ながら、「分かりました」と言った。今回のゲームは
「そして、今日の目標はアトリたちの隣村、アウル村へ行く。多分、日が落ちる頃までには着くだろう」
「ア、アウル村へ行けるのか! やったな、アトリ!」
「本当に!! あそこの村は優しい人たちばかりです! 伝えたい事もたくさんありますし!」
クイナとアトリは手を取り合って喜んでいる。本当に嬉しそうだ。
俺たちはテントを解体し、部品をリュックに収めると、アウル村へ向けて出発した。
「クイナたちは、アウル村にはよく行くの?」
「ああ。毎年一度は行っているな。ウェン爺さんに会うのも楽しみだ」
クイナは笑顔で答える。
「そういやさ、ユヅルとゲンはどういう関係なんだよ。昨日、アトリと色々話したみたいだけど、ユヅルたちの事は全然聞いてないらしくてさ」
「そうそう、そうなんですよ。昨日は、私ばかりが話しちゃって」
アトリも話が聞こえていたのか、クイナの隣にやってきた。ゲンも気になるのか、話が聞こえる場所まで、静かに寄ってきている。
「あ、ああ……ゲンは……俺のおじさんになるんだよ。俺の父親の弟」
ちらりと、ゲンを横目に見る。無言で親指を立てていた。オッケーという事だろう。
「なるほど……おじさんなんですね、どおりで似ていると思いました」
「ホントにな。それを聞いて納得したよ。——で、普段は何やってるんだ、ユヅルたちは?」
もう一度ゲンを横目に見る。「ガ・ン・バ・レ」と、口の動きでそう伝えてきた。くそっ……何で事前に打合せしておかなかったんだ……
「そのー……あれだ……クイナたちのように困っている人たちがいる所に、こうやって現れては、フォローして回ってるんだ。な、なあ、ゲン」
「そ、そう! 雨を降らせたりな! ほ、他には……雨雲を呼び寄せたり!」
「——なんだよ、雨降らせてばっかじゃんか。ちなみに、ココに来る前は? この世界には色々な国があるんだろ?」
「ま、まあ、そのとおりだ。だ、だがな、クイナ……神の使いってのは隠密に活動してるってのもあって、大っぴらに活動報告はしちゃいけないんだ。す、すまんな」
ゲンはそう言うと、スーッと離れて距離を置いた。
***
午前も午後も戦い続け、そろそろ日も傾いてきた。もうしばらくで、アウル村に到着するはずだ。
「目の前の丘を超えたら、アウル村だぞ! 今日はさっきのバトルが最後だろうな!」
俺はそろそろ足が限界に来ていたが、クイナはまだまだ元気なようだ。緩やかな丘への坂をスイスイと登っていく。
今日もこれといった強い魔物は現れず、気が緩んでいたのかもしれない。アウル村を目の前に、誰もリストバンドをチェックしていなかった。
そして、そんな俺たちの隙を突くかのように、その魔物は突然に現れ、いきなり攻撃を仕掛けてきた。
『ゴギンッ!』
という鈍い音と供に、クイナが真横に吹き飛ばされた。
現れた魔物は、大きな両翼をもつドラゴンだった。クイナはそいつの大きな尾で、横殴りにされたのだ。
「クイナーーーっ!」
皆がクイナの元に駆け寄る。クイナは数メートルは吹き飛ばされたように見えた。「死んだかもしれない」俺は本気でそう思った。
「だっ、大丈夫……ふ、不思議な服だなこれ。肌が出てるとこでも、傷一つついてない……」
クイナはそう言って、肌が露出している二の腕をさすった。良かった、クイナは大丈夫そうだ……
「たっ、立てるか?」
「だ、大丈夫……気が緩みすぎてたな……」
クイナは立ち上がり、魔物に立ち向かおうとした。
「ま、待てクイナ! そいつにパンチは効かん!!」
ゲンの一言で、クイナは足を止めた。
「こいつは攻撃を察知すると、瞬時に硬化する。下手すると、クイナの腕が壊れるぞ」
ドラゴンは両翼をヒラヒラとなびかせ、俺たちを見下ろしている。
なんだ、こいつ……
余裕かましてやがる……
「で、では、私の魔法で!! 落ちろ、稲妻っ!!」
アトリが杖を天に向けると、ドラゴンの頭上から激しい稲妻が炸裂した。周りが真っ白になる程の光りを放つ、強烈な雷だった。
だが、落雷を受けたはずのドラゴンは平然と突っ立ている。効いている様子は全く無い。
「アトリ、硬化すると効かないのは、魔法も同じなんだ……」
「じゃ、じゃあ、無敵じゃないか、こんなの!」
つい、俺も大声を上げてしまう。
「ただ、硬化もずっと続けられる訳じゃ無い。人が息を止め続けているのと、同じようなものだと思えばいい。それでも厄介には変わりがないが……」
「では、ゲン様! 私が魔法を放ちます! 途切れる前にゲン様も攻撃を!」
アトリはそう言うと、ドラゴンに杖を向けた。杖の先から『バキバキバキバキ』という音を立てながら、氷の刃が放たれていく。アトリの攻撃中、ドラゴンは微動だにしない。硬化を続けているのだ。
「俺の弾がドラゴンに当たったら、休憩しろアトリ!」
次は両脇に抱えた筒から、ゲンがマシンガンのごとく連射した。ドラゴンへの着弾と同時にアトリは氷結魔法を解く。ドラゴンの硬化が息を止め続ける事に近いのなら、アトリたちの攻撃は息を吐き続けるようなものらしい。氷結魔法を終えたアトリは、両膝に手をついて「はあはあ」と息をついた。武器生成時だけに念を入れる、俺とクイナとはまた違った仕様なのだそうだ。
ゲンの攻撃も限界に近づいた頃、とうとうドラゴンに着弾した。ドラゴンの硬化も限界を迎えたのだ、ドラゴンの大きな身体が少し揺らいだ。
だが、それはドラゴンの怒りを呼んだだけだった。最初の攻撃同様、大きな尾をムチのようにしならせてきた。
「跳んで避けろ!」
クイナが叫ぶ。
クイナとアトリに続き、俺も順番に避けたが、ゲンは避けきれず宙に弾き飛ばされた。『ドスン』という音とともに、地面に落下する。
「お、俺は大丈夫だ! 次に備えろ!!」
ゲンがすぐに立ち上がり叫ぶ。ドラゴンは、今度はゲンの方向から尾をしならせてくる。
次も跳び越えられるか……
いや、待て……
奴が攻撃しているという事は、硬化していないという事だ……
ゲンが無事に次の攻撃を跳び越えたとき、俺は地に片膝をつけ、地面に向けて
次の瞬間、ドラゴンの尾は突き立てた刃によって、胴体からスパッと切り離された。
「ギャオオオオオッ」
ドラゴンが咆哮を上げる。本体は両脚をドスドスと鳴らしながら暴れ回り、離れた尾は別の生き物のように跳ね回っていた。
「コイツはアタシが仕留める!」
クイナが暴れ回るドラゴンに向かって行く。
「クイナっ! 尾が切れても硬化はするぞ!!」
「分かってるゲン! アタシの武器もアイデア次第なんだろっ!?」
クイナは勢いを付けて身体を横回転させ、ドラゴンの首めがけ、右蹴りを繰り出した。右のシューズの先には、鋭利な氷の刃が生成されている。
だが、ドラゴンは瞬時に硬化し、首で氷の刃を粉砕してしまった。その直後、ドラゴンは硬化を解き、クイナを捕まえるべく両腕を大きく開いた。
「バカめ! さっきのは
クイナの横回転の勢いは続き、後方回し蹴りが首を捉えようとしていた。靴の先からは、鋭利な刃が生成されている。
一瞬の出来事だった。
クイナの刃はドラゴンの首を斬り落とし、巨体は大音響とともに倒れ込んだ。