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ep13:アトリとクイナの両親

 テントの設置はあっという間に終わってしまった。疲れが溜まっていた事もあり、俺とアトリは壁にもたれて座り込んだ。


「そう言えばさ……俺たちってお互いの事、全然知らないよね。いま知っているのは、アトリとクイナが長老のお孫さんって事くらい。二人は、いとこ同士なの?」


「ええ、そうです。私とクイナの母親は、双子の姉妹でした。姉の子が私、妹の子がクイナなんです」


「そうなんだ……アトリたちがあまり似ていないのは、二人ともお父さんに似てるからだとか?」


「ハハハ、父親に似ているっていうのは、私もクイナもよく言われました。二人の髪の色も、父親譲りなんです」


 そう笑いながら話すアトリだが、何故だろう……どこか、寂しげに感じるのは。


「——ご両親は? 昨日の宴では見かけなかったように思うけど」


「私たちの両親は……ホウク様……いえ、ここではホウクと呼び捨てにさせてください。父たちはホウクの城に囚われ、母たちはもう、この世にはいません。——グラナ王国の人間に比べれば、魔物たちなんて可愛いものです。こんな事、絶対に村では言えませんが……」


 嫌な予感はしていたが、現実は想像を超えるものだった。アトリが続ける。


「ホウクたちは、定期的に村にやってきては、有能な男性と美しい女性を連れて帰りました。最初に目を付けられたのは、私とクイナの父です。私の父はとても頭が切れ、クイナの父は力自慢の屈強な男でした。ホウクたちに連れていかれる事が無かったら、どちらかが次の長老になっていただろうと言われています」


「連れていく理由は……? ホウクたちの城で働かせるため?」


「理由の一つはそうです。もう一つは、村に力を付けさせないためだと言われています。村同士が集まって決起しないよう、他の村でも同じような事が行われていると聞きました。——だけど、連れて行かれた父たちは、ホウクの元で働くことを拒否しました。それ故、拷問なども行われたと聞いています。今は、強制労働をさせられているのか、それとも監獄に入れられているのか、もしくは……」


 ホウクには悪い印象しか無かったが、実際はそれどころでは無かった。ゲンは、どこまでホウクたちの事を知っているのだろうか。


「そしてその半年後、次は私の母に声が掛かりました。既婚女性に声が掛かることは珍しかった事を考えると、父への復讐の意味があったのだと思います。——母は、『翌週迎えに来るから、準備をしておけ』と、言われたそうです。母はその事を、妹であるクイナの母に相談しました。『ホウクの元に行くくらいなら、死にたい』と。ホウクの元にいった女性たちが帰ってくる事は、一度もありませんでしたから」


 アトリの声が小さく震えている。それはきっと、ホウクへの激しい怒りからくるものなのだろう。


「だけど……もし母が死んでしまったら、次に連れて行かれるのは、きっとクイナの母親です。それを悟った二人は、ホウクの元に連れて行かれる前日、二人一緒に崖から身を投げました。私とクイナが6歳の時の話です。父たちが連れて行かれた段階で、二人は生きる希望を失いかけていたといいます。それでも幼い私たちのために、頑張って生きてくれていたのでしょう。——しかし、ホウクの元へと連れて行かれたら、それさえもついえてしまいます。生きていく希望が、失われたんだと思います……」


 小さな頃から、何度も辛い経験を繰り返してきたアトリたち。幼い頃に両親と離れ離れになり、その上、生け贄で命を落とす寸前だった。


 それに比べて、俺はどうだ……


 つまらない事で悩んだり、些細な事を辛いと思ったり……そんな自分が恥ずかしくて仕方なかった。


「ごめんなさい、ユヅル様。こんな暗い話ばかりして……」


 俺が無言だったからだろう、アトリはそう言った。


「いや……アトリが謝る理由なんて、なに一つ無いよ。こっちこそ悪かった、辛い話をさせてしまって……」


 アトリとクイナのために、今の俺が出来る事は何だろうか……



「ユヅル、凄いぞ! クイナがウサギを捕まえた!」


「……な、何だよこの部屋! アタシたちが出掛けてる間に、こんなのが出来たのか!?」


 ゲンとクイナが、ガヤガヤと騒がしくテントに戻ってきた。ゲンは痩せたウサギを手にぶら下げている。


 笑顔で帰ってきたゲンだったが、俺とアトリの雰囲気を感じとったのだろう。俺の側までやってきて、アトリたちには聞こえないよう小声で聞いてきた。


「——何かあったのか? 二人とも元気が無いように見えるが」


「ああ……彼女たちの両親の話とか聞いてさ……俺もゲンに聞きたい事があるから、後で詳しく話すよ」


 ゲンは「分かった」と言うと、俺の肩をポンと叩いた。



 食事が始まる頃には、寂しげな雰囲気は欠片かけらも残っていなかった。テーブルの上には、クイナがさばいたウサギを中心に、山菜や未来のパンなどを並べている。そして食事が始まると、アトリとクイナは料理に舌鼓をうち、何度も感嘆の声を上げた。


「今日のウサギは、なんでこんなに美味いんだ!! なあ、アトリ!」


「本当に……! ゲン様が振りかけていた調味料のお陰でしょうか。あと、このパンのフンワリとした食感は何なんでしょう! 美味しすぎます!!」


「じゃ、アトリの残りのウサギと、アタシのパンの残りを交換してくれよ」


 そんなクイナの提案に、アトリは大喜びで交換に応じた。アトリが俺の時代に生きていたら、スイーツ好きな女子だった事だろう。



***



「じゃ、そろそろ寝るとするか。と、その前に……」


 ゲンは室内の灯りを落とすと、天井部分を透明化させた。


「おおっ、凄い……」


 全員が驚きの声を上げた。ゲンは満点の星空に驚き、アトリとクイナは天井が透明になったことに驚き、そして俺はそのどちらにも驚いた。


「まあ、こんな使い方も出来る。じゃ、部屋を分けるからそれぞれ部屋の隅へ移動してくれ。——オッケー、それくらいで大丈夫。じゃ、おやすみ。また明日な」


 ゲンがリストバンドで操作すると、部屋の真ん中に壁が生成され、大きな一つのテントは内部で二つに分かれた。こちらのスペースには、俺とゲンが残っている。


「満点の星空も見たし、あとは雨でも降らせておこう。——で、アトリから聞いた話って何だ?」


 俺はアトリから聞いた話をゲンに伝えた。ゲンも知らない事が多かったようで、話を聞きながら涙ぐんでいる。


「そんな事があったのか……ホウクがアトリたちに『姉にも会わせてやる』って言ったのを憶えているか? きっと、彼女たちのお姉さんも、今はホウクの元にいるって事なんだろう。——それにしても、グラナ王国に関しては、もっと調べておくべきだったな。今更言っても遅いが……」


「アトリとクイナは未来でも有名だって言ってたけど、ホウクたちのことは話題には上がってなかったの?」


為政者いせいしゃなんて、どの時代も悪い奴らがほとんどだ。大虐殺でもしていない限り、ピックアップされる事はあまりない。……まあ、何にせよ俺の認識が甘すぎた。本当にすまん」


「いやいや、もう謝らなくても大丈夫だよ。——それよりもさ、俺たちで何か出来ないかな? 例えば……グラナ王国をぶっ壊すとか」


 そう言うと、ゲンは「うーん」と唸った。


「もしかして、歴史を変えちゃいけないルールがあるとか……?」


「いや、タイムリープする度にパラレルワールドが生成されるから、そんな心配は要らない。ただ……」


「ただ……?」


「人間に対する武器は、何一つ持って来てないんだ。いや、厳密に言うと持って来られないと言っていい。——いくらなんでも、丸腰の俺たちでは勝ち目は無い」


 確かにそうだ。ホウクやその手下たちに、丸腰の俺とゲンが勝てるとは思わなかった。

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