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ep20:カイト村とヨタカ

「アトリっ!!」


 アトリの元に、俺とゲンが駆け寄った。クイナはアトリの口もとに付いた血を拭っている。


「大丈夫、呼吸はしている……多分、気を失っているだけだと思う」


 クイナはアトリの手を優しく握って、そう言った。こんなにか細いクイナの声を聞くのは初めてだ。




「か、彼女は大丈夫なのでしょうか……宜しければ、療養するのに私たちの村を使ってくだされば……」


 カイト村まで案内してくれた、年長の男性だった。その後ろにも、カイト村の人たちがぞろぞろと集まってきている。アトリのためだろう、担架らしきものを持った者もいた。


「ああ、そうさせて貰えるとありがたい。出来るなら、彼女を村まで運んでくれないだろうか」


 ゲンが言うと、村の者たちは手際よくアトリを担架に乗せ村まで運んでいった。クイナもアトリに付き添って村に入っていく。


「あと、村の近くに二体ほど魔物がいると思うんだが、どんな魔物だろう?」


 リストバンドを見ながらゲンが聞くと、村人たちは驚いた。


「な、なぜ、それをご存じで……確かに、二体。大きなネズミのような魔物と、カエルのような魔物です」


「ありがとう。では、ここにいるユヅルとそれを退治したら、改めて村にお邪魔させてもらう」


 確かに、その二体なら俺たちだけで問題無く倒せるだろう。そして、無事にその魔物を退治すると、日が暮れかかったカイト村に入った。




「クイナ、アトリの状態はどうだ?」


 アトリが休ませて貰っている部屋に入った。クイナはベッドで横になるアトリに付き添っている。


「——この薬、やっぱ凄いんだな。部屋に着いてすぐは、苦しそうな表情をしてたけど、今は普通に寝てる時の顔になってる。多分だけど、起きたら元気になってるんじゃないかな」


 確かに、今のアトリはただ眠っているだけのように見える。先日はクイナで、今日はアトリ……そう言えば、リアルで女子の寝顔を見るなんて初めてのことだ。


 コン、コン、コン。


 その時、部屋をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 ゲンが言うと、若い男が入ってきた。歳は20代半ばくらいだろうか。身体は逞しく、その上知的なイメージを醸し出している。


 だが……


 彼の右腕は、肘から下が無かった。


「ゲン様、はじめまして。カイト村のヨタカと申します。この度は大蛇はじめ、数々の魔物を退治してくれたこと、心より感謝申し上げます」


 ヨタカという男は、頭を深く下げてそう言った。


「いやいや、魔物討伐は俺たちのミッションなんだ。今回はたまたま、カイト村にいた魔物を倒しただけという事。気にしなくていい」


「——それは、恐れ入ります。それより、彼女は大丈夫なのでしょうか……? 私は村にいて見ていなかったのですが、吐血をされたとか……」


「ああ……起きてみないと分からないが、多分大丈夫だろう。彼女たちはとても頑丈に出来ているので」


 クイナは小声で「頑丈って何だよ」と笑った。確かにそうだ。


「後ほど、お礼を兼ねた食事会を開きたいと思うので、是非参加いただければ。——その前に込み入った話がしたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「ああ、もちろん。——込み入った話とは?」


「はい。大変失礼ながら、一つ質問をさせてください。北のカイゼ様と、南のホウク様。ゲン様たちは、このお二方についてどう思われますか?」


 ヨタカは真っ直ぐにゲンの目を見て、そう聞いた。


 これはかなり難しい質問だった。カイト村の人々が、カイゼたちに忠誠を誓っているのか、その逆なのかで、話は大きく変わる。ゲンもどう答えるか迷っているのだろう、なかなか答えることが出来なかった。


「——ゲン、言っちゃえよ。アタシたちはホウクたちをやっつけるんだって」


 沈黙に耐えられなかったのか、クイナが言った。ヨタカは驚いた顔で俺たちを見ている。


「そ、それは本当ですか……? ホウクたちをやっつけるというのは……?」


「——ああ、今すぐでは無いが本当だ。もし、カイト村がカイゼやホウクたちに忠誠を誓っているのであれば、迷惑にならないよう今すぐ出て行く」


「い、いや、違う……全く逆です。私はあなたたちのような人を待っていた。村の幸せや発展を踏みにじる、カイゼやホウクを私は許せないのです。あなたたちの活躍を聞いて、この人たちとなら一緒に倒せるんじゃないか、そう思ったのです」


 カイト村もラーク村やアウル村同様、優秀な人材は強制的に連れて行かれるという話だった。不幸な事にカイト村は、カイゼの城とホウクの城の中間に位置している。酷い時には、カイゼとホウクで人材を取り合うこともあったという。


「取り合いまであったのか……それは辛いな。俺たちはホウクにしか会った事がないんだが、カイゼも同じような奴なんだろうか?」


 そう言えば、クイナとアトリもカイゼは見たことが無いと言っていた。


「カイゼの方が頭が切れる印象です。ホウクとその部下たちは力で押し切ろうとしますが、カイゼはその辺り柔軟です。まあ、それがかえって厄介なのですが……あと違いと言えば、ホウクと違ってカイゼは女性を連れ帰ることはあまり無いように思います。その点に関しても、恨みは買いにくいのかもしれません」


「もしかして、北部の村ではカイゼに忠誠を誓っている村が多いのか?」


「表向きはそう見えます。実際はどうなのかは、私も分かりかねますが……私が今話した事は、カイト村の中でもごく一部の者にしか言っていません。もちろん、外部の人にこんな話をしたのは、初めての事です」


「大変失礼な事を聞くのだが、もしかしてその右腕は……」


 ゲンはヨタカの右肘から下が無い腕を見て言った。


「さすが、ゲン様……多分、想像されている通りです」


「——わ、分からないぞ、もしかしてって何だよ!」


 クイナが言った。俺も同じだ、何のことだか全く分からない。


「何年前でしょうか……実は、私にもカイゼから招集の声が掛かったのです。今のユヅル様やクイナ様くらいの歳だったと思います。その時の私は既に、カイゼをいつか倒すと決めていました。理由は、尊敬する大好きだった兄をカイゼが連れ去ったからです。だから私は、絶対にこの村に残っていなくてはいけない。この村に残って、いつか決起しないといけない。——その決意の表れが、この腕なんです」


「もっ、もしかして、自分で自分の腕を……?」


「——ええ、そうです。カイゼたちには獣に襲われたと嘘を付きました。この腕では、剣も持てないし、字も書けません。私の思惑通り、カイゼたちは私を諦めたのです」


 クイナは握ったアトリの手を、瞬きもせずジッと見つめている。その内、クイナの唇が震えだした。


「ア、アタシくらいの歳でそんな事をやったのか……凄いな、凄いなヨタカは……なるよ……アタシは絶対、ヨタカたちの力になる……」


 クイナは泣いていた。


 自ら生け贄に手を上げたクイナと、自ら自分の手を切り落としたヨタカ。


 俺に出来ることはなんだろうか。

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