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第10話 揺れる心の選択

レオナルドとの再会から数日が経ったが、ジュリアの心は穏やかではなかった。彼の言葉は彼女の中に新たな光を灯したものの、現実に立ちはだかる壁の高さは変わらないままだった。アルフレッドとの結婚という重い鎖が彼女を縛り付けており、それを断ち切ることは自分だけの力では不可能だと感じていた。



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冷たい現実


ある朝、ジュリアは屋敷のダイニングで一人食事をとっていた。アルフレッドはいつも通り早朝に出かけ、夕方まで帰宅することはない。使用人たちが整然と給仕をする中、彼らの無表情な態度は彼女の孤独感をさらに強くさせた。


食事を終えた後、庭園に出て初夏の風を感じながら歩いていると、ふとレオナルドとの会話が思い出された。


「君が幸せになることを、誰も否定する権利はない。」


その言葉は確かに温かかったが、彼女にとっては同時に重くもあった。なぜなら、その「幸せ」を選ぶためには、アルフレッドとの結婚生活を終わらせなければならないからだ。それは、自分の家族の期待や、社交界での地位を大きく揺るがす決断でもある。


「私は本当にそんなことができるの……?」

ジュリアは足を止め、小さな声で自問した。



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訪問者の再来


その日の午後、ジュリアが書斎で読書をしていると、侍女が静かに部屋に入ってきた。


「公爵夫人、レオナルド様がお越しです。」


ジュリアは驚きの表情を浮かべた。彼が再び屋敷を訪れるとは思っていなかった。侍女に案内を頼むと、彼女はそっと退出し、ほどなくしてレオナルドが部屋に現れた。


「ジュリア、君に話したいことがあって来たんだ。」

彼はまっすぐに彼女を見つめて言った。


ジュリアは軽く微笑みながら彼に椅子を勧めた。「わざわざありがとう。何かあったの?」


「いや、君の顔が見たくて来ただけだよ。」

レオナルドのその一言に、ジュリアの胸が少しだけ温かくなるのを感じた。



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心を許す瞬間


二人は庭園に出て、静かな木陰のベンチに腰を下ろした。レオナルドは彼女の顔を見ながら、静かに話し始めた。


「ジュリア、この前会ったとき、君がどれだけ苦しんでいるのかを感じた。君には自分を犠牲にするような人生を歩んでほしくない。それだけが僕の願いなんだ。」


その真剣な言葉に、ジュリアの心は揺れた。彼が自分のことを本気で気にかけてくれていることが伝わり、彼女の中に閉じ込めていた感情が少しずつ溶けていくようだった。


「でも、私は……自分の意思でどうこうできる立場じゃないわ。」

ジュリアはうつむきながら答えた。「アルフレッドとの結婚は私の家族にとって重要なもの。私がそれを壊すことで、どれだけの人を傷つけることになるのか……それを考えると、動けないの。」


「誰かのために自分を犠牲にするのは、本当に正しいことなのかい?」

レオナルドは優しい口調で問いかけた。「君が幸せでなければ、周りの人たちも本当に幸せにはなれないんじゃないか?」


その言葉に、ジュリアははっとさせられた。自分の幸せについて考えることを許されるのか、そんなことを今まで考えたこともなかったからだ。



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レオナルドの決意


「ジュリア、僕は君を助けたい。」

レオナルドはまっすぐに彼女を見つめて言った。「君が自分の幸せを選び取れるように、僕はどんなことでもする覚悟がある。」


その言葉は、ジュリアの胸に深く響いた。彼の目には決意が宿っており、それが彼の誠実さをさらに際立たせていた。


「でも、それはあなたにも危険を及ぼすかもしれない……」

ジュリアは不安そうに答えた。「アルフレッドに逆らうことは、あなたの立場を危うくすることになるわ。」


「僕はそれでも構わない。」

レオナルドの声には揺るぎない自信があった。「君が孤独や苦しみから解放されるためなら、僕は何だってする。」


その言葉に、ジュリアの心は少しずつ解放されていくのを感じた。彼が自分を支えようとしてくれている、その存在がどれほど自分にとって大きなものかが改めて分かった。



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心の決意


その夜、ジュリアは自室で一人静かに考えた。レオナルドの言葉が何度も頭の中を巡り、彼が示してくれた新しい未来の可能性について思いを巡らせた。


「私は本当に変わることができるのかしら……」

彼女は自問しながら、深い息をついた。アルフレッドとの結婚生活に終止符を打つという選択肢は、これまで彼女の中で禁じられた考えだった。しかし、レオナルドの存在が、その考えを少しずつ現実的なものに変えつつあった。


「自分の幸せを考えることを恐れないで……」

ジュリアは彼の言葉を思い出しながら、そっと呟いた。


その夜、彼女の胸の中には小さな決意の火が灯っていた。それはまだ弱々しいものだったが、確かに彼女の未来を照らす一歩となるものだった。



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