今日もいい天気だ。空は雲ひとつなく、畑のトマトも上機嫌に赤くなっている。俺はというと、草の上に広げたゴザの上で、腕枕の体勢で空を見上げていた。
「……今日の予定。朝食、昼寝、畑いじり、昼寝、夕食、風呂、寝る。うん、完璧」
この世界に来て三ヶ月、ずっとこんな調子だ。世間では“世界を救う勇者”とやらに選ばれたらしいが、俺のやる気は転生のときに落としてきた。まあ、拾うつもりもない。
「アルさーん!」
キラキラと光が降り注ぎ、空からふわりと舞い降りてきたのは、白いローブの女神・リュミエル。転生時に俺にスキルを授けた張本人であり、今日もご苦労なことに様子を見に来たらしい。
「また来たのか。暇なんだな」
「違いますっ! あなたに使命を思い出してもらうために来たんです!」
ローブの裾をピシッと直して、彼女は真面目な顔で立ちはだかる。ただし、威厳はない。いつものことだ。
「私はあなたに、最強のスキル“天衣無縫の剣”と“不落の巨城”を授けたはずです!」
「うん。もらった。ありがとな」
「ならばなぜ世界を救うどころか、畑仕事にしか使っていないのですかっ!?」
うるさい。昼寝の邪魔をするな。
「“天衣無縫の剣”で畑耕して、“不落の巨城”でスズメ除けのバリア張ってるだけだが?」
「その使い方、神の想定を三周は超えてます!」
リュミエルは天を仰ぎ、がっくりと肩を落とす。だが俺は、すでにその反応にも慣れっこだった。
「……そもそもさ。あんたが加減せずにスキル詰め込んだせいで、戦う意味すらないって話、したよな?」
「良かれと思ってっ!」
ぴしりと背筋を伸ばす女神。まったく反省の色はない。
「しかも、スキル名。“天衣無縫の剣”と“不落の巨城”って、和風すぎだろ。この世界、ヨーロッパ風じゃなかったっけ?」
「えっと……日本人向けに分かりやすいかなって……」
「つまり、思いつきか」
「神にも思いつきはありますっ!」
はいはい、と俺は腰を上げる。
昼寝には少し早いが、トマトを一個もいでかじった。甘みと酸味がちょうどいい。俺の畑スキル、もはや神の領域。女神様を凌駕してしまった。
「で、今日は何しに来たんだよ」
「ですから、使命を……」
やれやれと手をひらひらさせて、俺はゴザをぽんぽんと叩いた。
「監視なら、座ってけよ。風が気持ちいいぞ」
「む、では特別に。あなたがちゃんと反省してるか見張るためですからねっ」
なんだかんだ言いながら、女神は俺の隣に腰を下ろした。顔を赤らめながらも、草の匂いを嗅いで、こっそり靴を脱いでいる。
……こいつ、絶対楽しんでるな。
俺は腕枕の体勢に戻って、目を閉じた。
「……すぅ……すぅ……」
数分後、聞こえてきた寝息は俺のものではなかった。女神もまた、スローライフに堕ちるらしい。
まあ、平和ならそれでいい。世界なんて、誰か暇なやつが救えばいいさ。