この春高校を中途退学した私──
いえ──別に学業成績が芳しくなかったですとか、何かしらの酷い虐めを受けていたという訳ではありません。真夏でも冬服に裏起毛の黒タイツという恰好でしたので
事の発端は、私がまだ五、六歳くらいの頃まで遡ります。
季節は折しも夏──川の浅瀬で水遊びをしていた私は、深みに足を取られて水中に没し、間もなく救助されたのですが、そのまま生死の境を彷徨うこととなりました。
この時、どうも私という存在は彼岸に半身を持っていかれたような状態になったようで、辛うじて意識を取り戻したは良かったのですが、同時に見えてはならぬものまで見えるようになってしまいました。
見えてはならぬ者──それは一般に、幽霊や妖怪などと呼ばれる者。或いは神や怪異と言い換えることも出来ましょうか。病院のベッドで目を覚ました時、真っ先に視界に飛び込んできたのは父の顔でも母の顔でもなく、血の気のない、土気色の肌をした壮年の男の人の血塗られた顔でした。
自分が強い霊感を手にしてしまったのだと、幼心に確信した瞬間でした。死を目前に控えた蝉の断末魔が如き悲鳴を上げ、錯乱したと思われて即座に鎮静剤を打たれたのは言うまでもありません。
それからというもの、四六時中私は死者や怪異の好奇の視線に晒されることとなりました。
安直に此岸の存在たる私と、彼岸の存在たる彼等が交わることなど許される筈もなく──私は度重なる霊障により病弱となり、学校を休みがちになりました。
父も母も、私の慢性的な体調不良には頭を悩ませました。医者に診せても、ちぐはぐな結果ばかり出るのですから、無理もないことです。
何度か受診を繰り返すうち、"この子は二十歳までは生きられないだろう"などと医者から、無情な宣告までされる始末。科学の力では、私の身にも起こっている異常を治すことはおろか、緩和することさえ出来なかったのです。
そんなある時──私は母と共に、父が管理している小さな神社へと足を運んでいました。
私の住んでいるこの此岸町は海を臨み、背後には複数の山々が聳え立つ自然豊かな町。それ故に、死者や怪異たちの溜まり場と化していました。海も、そして山も、あの世への入口……即ち此岸と彼岸の境界線とされていますから。そこにこの世ならざる者が集い、蠢くのは何ら不思議のないことではありました。
そんな彼等が唯一、入ってこられない場所がありました。それが、例の神社です。水の神さまを祀っているというその小さな神社が、私にとっての安らぎの場となっていました。そこにいる間は、霊障ですっかり狂ってしまった体感温度なども正常になり、体調の良い時は走り回ることさえ出来たのですから。病院帰りや休日は神社に通うのが、すっかり日課となっていました。
その日も病院帰りで、私は母と手を繋ぎながら神社の鳥居を潜りました。霊障で体感温度が著しく低い私はこの日も真冬かと見紛うような厚着をして、足には裏起毛のタイツと冬物の靴下を重ね履きしているような状態で、神社に入ると同時に凄まじい暑さに見舞われました。
母が私の健康を祈願している間、鳥居の内と外とを何度も何度も行ったり来たり……そんな隙だらけな私を、或る一体の悪意持つ怪異が虎視眈々と狙っていることなど露知らず、私は体温を調節したいがために延々とそれを繰り返していました。
気付いた時には、もう手遅れでした。鳥居の外へ片足を踏み出した瞬間、アスファルトから音もなく生えてきた白い手が、私の足首を掴んでいました。
勢い良く引き摺られ、絶叫と共に私は助けを呼びました。傍から見れば奇妙な光景だったことでしょう。何もないところで私が転び、そのままのたうち回っているようにしか常人には見えないのですから。
異変に気付いた母が慌てて駆け寄り、泣き叫ぶ私を助け起こそうとしたのですが、私の足首を掴んでいる何者かの力たるや尋常ではなく、非力な母では太刀打ち出来ません。瞬く間に、私は半ば宙に浮いた状態で綱引きをされているかの如き格好となりました。
母はここに来てようやく、私を蝕むものの正体を理解するに至りました。同時に、相手の姿が見えぬ自分にはどうすることも出来ないということも悟ってしまったようでした。
このままでは、身体が千切れてしまう──
そんな絶望的な状況下で、私と