「いやー、すまんな!」
そう言って嬉しそうに一個百円のハンバーガーにかぶりついた。
「こっちは仕送りだぞ……」
全国チェーンの有名ハンバーガーショップの一角にて、頬に絆創膏を貼ったカイムは水だけを飲みながら不機嫌に溜息を付いた。
「腹がふぇっては……いふさは、でひん!」
「喰ってから喋れ」
何なんだこの少女は。
年の頃は十ニ歳前後。服装は派手でもなく地味でもなく歳相応の子供が着るような可愛らしい格好、スカートとなんか……ヒラヒラした服装だ。
唯一おかしい所と言えば初夏にして『全長一三〇以上もある長いモフモフしたマフラー』に髪を巻き込みながら装備している事だろうか。
きっと歩いたらこの長すぎる冬物は地面に引きずる形になるだろう。
顔立ちや髪の色はこの辺では珍しいヨーロッパ系だ。イギリスやフランス風だなと勝手にカイムは思った。
そんな金髪少女は今まさにカイムのお金で二二〇円のチーズバーバーガーに、手を付けようとしている。
「ふむ……噂には聞いていたが、これは、うまいな。うふぁい。うふぁふぎる」
「そうか良かったな」
「ぬしは喰ふぁんのふぁ?」
「俺は水道水が大好きなんだよ」
紙コップに入った僅かな水を飲み干しドンッとテーブルに置いた。
「ほう、将来は坊主か何かか」
「生憎とまだ将来を模索している真っ最中でね」
「ほー……」
口にケチャップをベッタリと付けながら、また気持ち悪いくらいにんまりと少女は笑った。何か言いたそうだが、聞いたら聞いたでろくでも無い気がしたのでカイムは聞かない事にする。
「って、お前そこ血が付いてるぞ!」
「お? かすっておったか」
手に三五〇円相当のポテトを一つ持ちながら自分の左腕を見る。
致命傷ではないが明らかに縫わなければいけないほどの傷に見える。
「血は止めておる。気にする事は無い」
確かに少女の言うとおり、まだ数分しか経過していないにも拘らず出血は収まっていた。現在腕に付着している血痕は初めに吹き出たものだろう。
「驚くほど器用なんだな」
「血は大切だからな」
モグモグとポテトを嬉しそうに噛み砕く。
「……俺を庇ったときか?」
「なに、通り道を障害物が塞いでおったから体当たりをかましたらお主だっただけの話。気に病む事は無い」
「……野菜ジュースもつけてやるよ」
そう言ってカイムは席を立ち、すぐさま百パーセント野菜ジュースを少女に手渡した。どこの世界に夜、路地裏に保温ポットを持ちながら疾走する幼女がいるものか。
「ありがたく頂くとする」
「ああ、たんと飲みやがれ」
少女はストローを刺し小さな口でちびちびと飲みだした。
しかし何度見てもこいつが何物なのか見当が付かない。
話せば話すほど怪しさが増す。
背格好を見る感じこの辺りの者ではない気がした。
雰囲気と言うか立ち振る舞いに文化の違いを感じるのだ。
あんな事が合った後なのに何故こんなに落ち着いていられるのか、この状況に違和感を感じた。
「聞いても良いか?」
「あん?」
ぷはっとストローから口を離した少女が一度考える顔をして……該当する言葉を探すように目線を漂わせ、口を開いた。
「ここの人間は全てああなのか?」
「ああ?」
「まるで人である事を隠しているようだ。いや、違う……人の中に何かを隠しているようだ。私自身初めて見るので言葉を知らんが……目に付く人間全てが、おかしい」
少女は小さな指を唇に当て疑問を伝える。まるで姫様が旅路の末に着いた街が魔物の巣窟なんですか? と気品を振りまきながら疑うような仕草。
「……まさかお前、外の人間か?」
意識した訳ではないが小声になるのをカイムは自分で認識した。周りに気付かれないように注意深く目線を動かし、それでいて少女にも警戒する。
「結論から言えばそうなる」
「悪い事は言わねえ。今すぐここから出ろ」
「なんだ、その面白みもない台詞は?」
人を小馬鹿にするような目と鼻で笑い少女はまた一掴みポテトを口に放る。
「ここがどこか分かってんのかよ」
小声で叫ぶ器用な真似をしながらカイムは少女に顔を近づけた。
「日本じゃろ?」
「は……?」
少女の疑いも無い言葉にカイムは腕を組み数秒思い悩む。
そして軽く頭をかき、言い辛そうに口を開いた。
「いつの話だよ……ここはガリアドア領サンイースト州の第二東北駐屯地だ。
軍事基地だぞ軍事基地!」
「ガリアドア……? まさかあの国がそこまで大きくなっておったのか?」
「お前本当に知らないのか?
日本なんて名前は歴史上の名前だ。数百年前に消えてんだろうが」
この極東の島国が日本と呼ばれていたのは数百年前までの話。
度重なる戦争に負け、日本という名前は剥奪。
サンイースト州から太平洋を超え遥か東に存在するガリアドアと呼ばれる国が世界の三分の一を握っているのが現状だ。
残りは中国、ヨーロッパ、南アフリカが情勢を握っている。
少女はポテトを掴む手を止め、目を大きく見開き驚きを隠せないようだった。
「では、まだ世界は戦乱の最中なのか?」
「いや……一応停戦状態だ。所々で小競り合いはあるだろうけど核の撃ち合いをやってないところを見れば…………平和とも言える状況さ」
「その話は真実なのか?」
やけに真剣な声で少女はカイムに問いただした。
カイムは駐屯地の学生だ。世界情勢については授業で教えられている。政治的な問題で国民に偽情報を流す事はあるが、この街に限ってそんな事は起こりにくいと思える。
何故ならここは戦う為に生み出された巨大研究所みたいなものなのだから。
ガリアドアが戦力を拡大させる為に作り出した場所。駐屯地とは名ばかり。人が人を弄くり、最強の兵を作り出す街。これがサンイースト州には五ヶ所存在した。その内の一つがここ、サンイースト州第二東北駐屯地である。
そんな世界最先端の場所で偽情報を教えていては本末転倒ではないだろうか。
「信用できる」
カイムは少女の前に置かれたポテトに手を伸ばし乱暴に噛み砕くと、ふうと大きく溜息を付いた。
「だからその……なんだ。迷い込んだなら早く出て行った方が良い。
一応この駐屯地だけで『街』を形成しているけど、どこに何があるか分かったもんじゃないからな」
あの女子の事だってそうだ。学生服を着ていたから近くの学生だろうが、シルバー・エイジ化しているにしては反応や行動、言語、全てがおかしい。
何かに取り憑かれている様な……暴走している様な状態をカイムは初めて目撃した。だからこそ尚更部外者がこの街にいると危険なのだ。
「ふむ、お主の心遣いは悪くない。
だがな私にもそれなりの理由があって此処にいる」
「あのなあ……お前には普通の街に見えるかもしれねえが、ここいらにいる奴ら全員シルバー・エイジだ。店の外に出たって同じ。
他にも警備軍がいるけど部外者には逆に厳しいだろ。
塀の外に出ない限り、お前マジであぶねぇって言ってんだぞ?」
「なるほど、そのシルバー何とかと言うのが、危険因子を内包している者達か……合点がいった。軍事基地と遺伝子改造された人間……ふむ、しかしその割にはお主――」
言葉を区切り再び邪悪な笑みを浮かべて少女は笑う。
「――何も無いのー?」