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第6話 お人よしとの別れ

「ぐはぁ!」


 胸に言葉が突き刺さり右手で痛む心臓を強く抑える。

 それだけは言われたくなかった。しかも何も知らない見ず知らずの少女なんかに。


「他の者の遺伝子配列には人間としての形から外れたものがごく僅かだが伺える。きっとそれが引き金になる要因なのだろうが……お主はまるっきり何も見えん」

「み、みなまで言うな……!」

「人には遺伝子配列によって定められた寿命や才能、個性や容姿が存在しておる。

 しかしお主は、ふむ、実に基本的過ぎる遺伝子だ」

「ふがぁ!」

「つまり他より秀でた才能は無い。容姿も何も全てが平均的で普通。

 まさに人間らしい人間の基本遺伝子だ」


 少女が吐く言葉が次々とカイムの胸に突き刺さる。

 そう、そのせいでカイムは学校にてシルバー・エイジ化のカリキュラムを受けられないでいた。


 人間には適正遺伝子がある。カイムにはそれが無かったのだ。

 だから他の誰とも違い無改造のまま今日に至るのである。


「まあ気にするでない。此処には誰も居ないのであろう?

 お主みたいな者は。貴重ではないか」


 ぬふふと意地悪く笑い、ポテトを全て口に流し込んだ。


「何が貴重だ……んな事よりお前、どうすんだよこれから」

「行くべき所があるからそこを探すとするよ」

「仲間か?」

「んー……どうだろうな。仲間はもういないが……似たようなものだとは思う」

「随分あやふやだな……んじゃ行くぞ、分かれば案内してやるよ」


 そう言ってカイムは立ち上がり、手に持ったお盆を片付け始める。


「ほぅ……他者に善意を働く事によって己の居場所を確立しようとしているのか? 実に人間らしい行動だな」

「何言ってるか分からねぇが、連れてってやるって言ってんだよ」


 しかし先導するカイムを追い抜き、少女は一人で自動ドアを抜ける。 

 通りを歩く人はまばらで、そろそろ夜もいい時間になる頃だろう。

 店の前でピタリと少女は止まるとクルリとその場で振り返った。

 流れるように動くマフラーが羽のようで綺麗に見える。


「なに、私は一人で行くよ」

「遠慮しても良い事ねえぞ? 俺の方がここには詳しいし……さっきの事もある」

「善意は受け取っておく。飯は美味かった。話も参考になった」


 店から洩れる光は彼女とカイムを照らす。金色の髪は闇の中でも溶け込むことは無く、ただ一人、唯一絶対の存在を誇示している。


「じゃ注意して行けよ。この道行くと警備も多いから気をつけてな」

「ふふ……お主は何処までもお人好しだな。これで敵国のスパイだったらどうするつもりだ?」


 悪戯っぽく少女は笑い、カイムに背を向けた。


「まあそれでもお主は変わらん気がするの」

「それも遺伝子的にか?」

「さて、どうじゃろうか」


 カイムに向けた背中はとても小さく歳相応の女の子にしか見えなかった。言葉や言動、考え方は歳を取った人間のように思慮深いのに、そのギャップがカイムの思考にズレを生じさせる。


「……やっぱり俺も、」

「この姿のせいで気になっているなら今すぐ立ち去れ。

 幼き姿は人に保護欲をかきたたせる。

 迷い人という理由で助けたいならば間に合っておる。礼の分も十分貰った」

「……そうか」


「ああ」と、少女は足を踏み出そうとし「そうだ、せめて名前を聞かせておくれ」と立ち止まった。


「名前?」

「そうだ。個々を判別する為に付けられる名称だ」


 夜風が彼女に巻かれたマフラーを揺らす。


「カイム、迅葉カイムだ」

「……ありがとう。その名、生涯忘れはせぬよ」

「なんだよ、大げさだな」

「では、さよならだ。迅葉カイム!」


 大声で叫ぶと少女はマフラーをなびかせて猪のように真っ直ぐに走り去っていった。カイムはその小さな背中が全く見えなくなるまでずっと見守っていた。


「……そういや、あいつなんて名前だ?」


 誰も居なくなった道を見つめながらカイムはネクタイを軽く締め直した。


「まっ、次会えたら聞きゃ良いか」


 朧月が雲に隠れたのを見上げ、カイムも在るべき場所――己の住む寮へと帰宅の道を辿るのだった。


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