「進化したのか……ほぉ、ミッシングリンクの奴等が聞いたらなんと言うか……苦手とする環境に適応したのか。
それが新たなる次元へと遺伝子をシフトさせた……なるほどな」
ひとりふむふむと頷きジーンはしゃがんでカイムの頭を撫でる。
「ジーン、お前なんで……?」
「お主……カイムとの物語は終わって無いようでな、もう少し邪魔させてもらうよ」
だから少し休むと良い、そう付け足してジーンは相川に向き直った。
あれ程虚勢を張りながら頑張っていたのだ、カイムが気絶するのも無理はない。
「さて、それでは私は私に出来る事をしようかの」
そう言ってジーンはマフラーを首に巻きなおす。
「**、****************」
無表情のまま相川はジーンに音を発する。
「違う、私は母ではないよ。
何かが原因で錯覚しておるだけだ。
だから精神的にお嬢を助ける事も支えになる事も出来ない、だが、しかし、肉体的になら助けてやれるかもしれん」
にやっと笑い、鋭い犬歯が見える。
「だがそれを選ぶのはお嬢自身だ。
世界で……人間、万物、生物界で初めて頂点に立ち、次の生物へとシフトしたのだ。それを投げ捨てるられるのか?」
この軍事基地では将来必ず起こるであろう戦争で役に立つ子供を調整している。
もしこの『相川絢』が国へ知れれば、歴史を覆すほどの人類史上最も大きな事件と記されるだろう。
しかし相川は何も言わず、すぐに首を横に振った。
「……そうか。そうだな。私もそれが良いと思うよ」
ふっと自嘲気味に笑い、倒れているカイムに振り返った。
「私も似たようなモノだからな……」
そしてしゃがみ意識の無いカイムの頭を膝に乗せ、何を思ったか首筋に大きく噛み付いた。
数秒流れる血液を口の中に溜め、小さく唸り口を外す。
口の中でカイムの血液をゴロゴロと転がし、そっと地面に頭部を戻してやった。
「ひゅんひは、いいか?」
高次元から転げ落ちる準備は出来たか?
言った言葉は口に詰まったカイムの血液とジーン本人の唾液で上手く言葉にならない。
しかし相川は全てを察したのか静かに頷いた。
「では、いふぞ」
その言葉に相川は屈む。
まるでお姫様の前に屈する貴族のように。
「はむ――」
真っ白い首筋に吸血鬼のようにジーンは遠慮なしに噛み付いた。
相川は小さな声を上げるがそれ以上何も言わず静かにジーンを抱く。
ジーンの口元は小さく動き、先ほどまで口の中で『調合』した『マップ』を相川へと流し込む。
そのマップは血液の流れに乗り全身に浸透し、彼女の塩素配列を組み替え、人間的に異常が在った部分を上書きしていく。
純粋な人間の遺伝子マップが高次元にシフトしたDNAを組み替えなおす。
徐々に全身を包む『炎姫の正装』は勢いを弱め、彼女から異常性を消し去っていく。
全てのマップを流し終えたジーンはプハッと漏らして口を離した。
と、同時に相川は力なく地面へと倒れる。
「作り変えている最中は猛烈な眠気に襲われるが……問題ないだろう。
目が覚めれば、まあ、そこそこ普通には戻れていると思う」
倒れた相川の頭も優しく撫でて、ジーンは目を細めた。
「まあ、なんらかの異常性は残るかも知れぬが、些細な事だろう」
悪戯が成功した子供のように笑い、水溜りへも関係なく腰を降ろして、倒れた二人を眺めるのだった。