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第30話 目覚めにはジャンクフードを。

「……白い……天井?」


 目を開くと純白の壁が朝陽に反射している。


 部屋の中は陽の緋と本来の白が混ざり合い病院特有の清潔感を醸し出していた。


 カイムは軽く頭を振り記憶を探る。


 自分は何故病院にいるのか、ここに来る前は何をしていたのか。


 ジッと白いシーツを睨み思考を巡らせる。


「……ん……」


 猫が鳴いたような小さな声が聞こえた。


 長いマフラーを首に巻いたジーンが居眠りしてカイムに寄り添っている。


 肌寒いのか時たまマフラーを口元に引っ張ってはむにゃむにゃと口を動かすのだった。


 部屋に視線を巡らせるとここは個室のようだ。


 自分とジーンの他には誰もいない。


「終わったのか……」


 記憶は相川の前にジーンが立ち塞がった所で途切れている。


(こいつ……なんで生きてるんだ)


 大福のような頬っぺたに手を伸ばし、おもむろにカイムは引っ張ってみる。


 むにーーと頬っぺたは簡単に伸び、ジーンは猫のように手を伸ばしカイムの手を払った。


「人の気も知らないで……俺がどれ程、」


 ……ってそれはお互い様かとカイムは思い口元を緩める。


 今の自分を見れば分かる。


 病室で寝かされ看病していた様に寄り添っているジーンの姿。


 緩みきった寝顔を見てカイムは頭をかいた。


 誰かが側で心配してくれるのはもしかしたら初めてかもしれなかったから。


「ふあ……」


 じっと眺めていたら大口を開けてジーンが目を醒ましたので、カイムはとっさにあらぬ方向へと顔を反らした。


「ぬ……カイムか……?」


 眠そうな眼をゴシゴシとシーツで拭い、何故か鼻を豪快にかむ。


「お前、病院の私物で鼻かむなよ……」


「う?」


 何を言われたのか理解していない顔とトローンとした瞳でジーンは首をかしげる。


「朝ご飯はチーズバーガーがいい……」


「んなもんあるか!」


「やだ、チーズが良い。

 とろーんとして、むにゅーんと伸びる奴だ……知ってる……それが、ちーず、だ……ふへへへ」


 何を想像したのか、だらしなく口を半開きにし宙に視線を泳がせる。


「おい、涎垂れてんぞ」


「あと肉……肉……こう……しゃきしゃきのレタスに……あの肉……ぎゅう……ぎゅう?」


 手をフラフラと振り、肉を正確に表現して顔の前にハンバーガーの形を作る。


「あとポテト……カラット上がってるのにしなびた奴………………いかした奴……」


 音の韻を踏んだだけで嬉しそうに『ふ、ふふ』と不気味に笑い、今まさに垂れそうな涎をカイムは備え付けのティッシュで拭いてやった。


「分かった分かった。出たら食わしてやるから」


「やだ……セット……セットが良い……」


「ああ、セットにしろ、幾らでも」


 どうせ寝ぼけていて憶えていまい。


「や、野菜じゅーす……」


「好きに飲め、ガンガン飲め」


「や、やったー……!」


 ジーンは寝惚け眼のまま両腕を嬉しそうに上げ――――パタンと布団に倒れこんだ。


「これだけ喋って、また寝んのかよ!」


 おいっ! と、つい何も無い空間にツッコミを入れてしまう。


「いってっ」


 途端ビリッと手に電撃と針に刺された感覚が甦った。


 痛みがある左腕を見てみると所々が軽度の火傷を負っていたが、掌だけは違った。


 真っ赤に腫れている部分、黒くガチガチに固まってしまった部分、水分を失い老人のような手になっている部分。


 皮膚の移植手術でも受けなければもう二度と元に戻らないと直感できた。


 カイムは何を思ったのかぐっと強く握り、拳を作る。


 皮膚が無理やり引っ張られ、焼け焦げた神経が次々と千切れていく気がした。


「痛いか、カイム?」


「ん? まあな」


 いつの間に脳を完全に覚醒させたのか、普段どうりの企みを含んだような瞳でジーンはカイムを見上げていた。


「だが、メロウは言っておったぞ。この街なら容易に『直せる』とな」


「……いや、いい」


 この手は直さなくて良い。『治らない』のだ。


 無理やり機械的に直さなくていい。


 それにこの痛みは誰も気付かなかった彼女の痛みだ。


 彼女からしたらどこの誰とも分からない人間だろうが、誰か一人でも痛みに気付いてあげられたなら。


 そう思いカイムはこの手を静かに見つめた。


「それよりもお前、何で生きてんだよ、心配したんだぞ」


「死んでなどおらん」


 ふふんと不適に笑い、偉そうに胸を張った。


「聞きたいか? 聞きたいよな、そうか聞きたいか! うぬ、ならば話そう!」


「いいえ、結構です」


「仮死状態に入ったのだよ」


 カイムの否定など気にせず、ジーンは人差し指を振りながら楽しそうに話し出す。


「私は簡単に死ねないのでな。

 だから瀕死の状態に陥りそうな場合、本能的に生命維持にスイッチが入る作りなのだ」


「お前は虫か何かか……?」


 カイムの脳内では死んだフリするハエが思い浮かんだ。


「ぬふふ、虫ではない。

 その間に細胞は適切な処置を施し生命を繋ぎ、危険を回避する!

 どうだ、不思議だろう!」


「不思議どころか人間じゃねえ!」


 どこの世界に血液の流血を止め、勝手に生命維持に全力を尽くしてくれる細胞を持っている奴がいるのだ。

 これではまるで妖怪かバケモノではないか。


「バケモノ――」


 無意識に口から言葉が漏れる。


「あっいや、わりぃ変な意味じゃねえんだ。

 つい、あの時の言葉を思い出して……」


 全人類を救う唯一のバケモノ、きっと比喩で使った言葉なのだろうがあの時のジーンの姿はとても見れたものではなかった。

 全てを諦めきったような顔とそれでいて強い覚悟が見えて部外者は何も言えなくなる。


「……いや、気にするでない。バケモノには慣れてる」


 小さく息をつきジーンは悲しいのか懐かしいのか、カイムに汲み取れない微妙な表情を浮かべた。


「……ゴメン、無用心に言っちまった」


 あの時の姿を思い出せばすぐ分かる事なのに、何故か口が勝手に動いてしまった。


 言葉の意味を知りたい思いのせいか、人間外の様なジーンに知らず恐怖が生まれているからなのか。


「だから言ってるであろう。気に病むな、と」


 子供をあやす大人のようにジーンは微笑み、ふむ、と少し考え出した。


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