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第37話 天照の八咫烏

 セキュリティレベル<S>相川絢の情報を閲覧した人物。


 よっぽどパソコンに強い人物と見える。


 腕っ節も尋常ではなさそうなのであの夜に鉢合わせしなくて本当によかったと思う。


 女子たちの会話は尽きる事が無かった。


 ライオンはじっとこちらを待っているが、『まだかい、坊主?』みたいな表情で早く来いと促してくる。


 仕方なくカイムは心臓さえも止める意気込みでその場から静かに、だが素早く移動する。


 女子たちは話に熱中していたからか、全く気付く様子が無かった。


 一人と一匹は夕闇に隠れ、校舎裏を移動し地面に大きな口を開ける搬入口へとたどり着いた。


 大きさは大型トラックが四台ほどすれ違える程度か。


 どの学校にも裏側には大きな搬入口がつけられており、そこから研究資材や器具、様々なものを運び入れる。


 別段怪しいようなところではない。


 それでもライオンはひたひたと歩き出した。


「学校全体が関与してるなら、ここもありだと思うけど……さすがにないだろ」


 葵坂のお偉いさんがその『全生物の平和ピース・オブ・ガイア』に協力していて、この搬入口はその秘密の研究所にでも繋がっていて……? 


(荒唐無稽だな、非現実的やしないか)


 なだらかな坂道を下りながらカイムは考える。


 そんなSF映画みたいな話、あってたまるか、と思うが心のどこかで引っかかった。


(でも誰もが非現実的だと思えば……見つからないよな?)


 誰もが『馬鹿みたい』と考え、『ありきたり』すぎれば誰もそこには興味を示さないのではないだろうか。


 手段は子供騙しだが、本気でそんな事をすれば意外と見つからないのでは、とカイムは思った。


 絶対に侵入できないだろうと思われている軍事基地の一つに、とある組織の研究所がある。


 内部に協力者がいるからできる事だろうが、それがまさか女子校の下とは……まだ推測の域は出ないが、あながち間違いでもないような気がしてきた。


 そう思うとあの入口に立つ警備員も怪しく見えてくるのだから不思議なものである。


 地下深くまで歩くと制服に身を包んだ警備員が暇そうに詰め所に座っている。


 本来大型トラックが予定どうりに来るだけなのか、真面目に見張っている雰囲気はまるでない。


(普通迷い人すら来ないもんな)


 怨むんならその職務怠慢を恨めよとカイムは一度合掌してから、ライオンと共にゲートをそっと潜る。


 奥に何台も並んだ軍用トラックの裏手側に身を潜めながら慎重に進む。


(しかし随分広いな……)


 こんなに降ったっけ? と思うほど天井は高く搬入スペースとしては異常過ぎるほど横にも広い。


 だがライオンは躊躇することなくとことこと先へ向かう。


 この中でも目的地ははっきりしているのだろう。


「でかっ」


 思わず声を出しカイムは口を塞いだ。


 数分ほど歩いたころ、神の国へでも通じる様な巨大なエレベーターが姿を現した。


 ミサイルが打ち込まれても平気そうなドアが重量と共に存在感を示している。


「さすがにあれには忍び込めねえだろ……!」


 ムッとした顔でライオンがカイムに振り向いた。


「いや、案内は感謝するけどありゃ無理だろ」


 起動しただけで見つかっちまう。


 確かにこれなら警備は必要ないかもしれない。動かせば見つかるのだから。


「都合良く開いてくれないか、ん?」


 地面に違和感を感じる。


 しっかりしたコンクリートの足場が揺れだし、何だと感じた時には再び大きな振動がカイムを襲った。


「……地震か、珍しいな」







 ガチャッと頭の後ろで野太い男の声が聞こえた。


「まさか迷い込んだとは言わんよな?」


 カイムは恐る恐る手を頭の上へと持ち上げる。


 男はカイムが手を持ち上げたのを確認すると、自動小銃を構えたまま片手でカイムの体をくまなく叩き危険が無いか把握する。


「なにも持ってないようだな、何処の学生だ、再生化の能力は?」


「……」


 黙っているカイムの頭を硬い何かが突いた。


「どうなんだ?」


「俺から離れたほうがいい」


 カイムは静かな声で口を開いた。


「これは警告だ」


「……貴様」


 手を通信機にかけようとするが、カイムはそれを言葉で制する。


「やめたほうがいい。俺に銃は意味がない。いつでも貴様の首、取れるぞ」


 ピタッと男の手が止まる。


(……釣れた)


「貴様、まさか『天照アマテラス』の『八咫烏ヤタガラス』か……!」


 天照? 聞いた事のない組織だがカイムは静かに頷いた。


「旧日本再編組織の犬が何の用だ。ここには何もない」


「嘘だな、俺には分かる。それを奪いに来たんだからな」


 なっ、と男が驚愕するのが手に取るようにわかった。


「分かったなら、銃を降ろしてもらえないか、無駄な犠牲は出したくない」


「ぐ……」


 頭にあった死の香りは静かに離れていく。


「では、案内してもらおう」


「……いいだろう。どうせ行ったところで動けまい」


 カイムは振り返り、男から自動小銃を奪い取る。


 使い方なんて全く分からないが、使いたくはなかった。


 ただの威嚇として持っているだけで十分だ。


 男を先頭にエレベーターへと歩く。


 視界の端ではライオンがちゃっかり着いてきているので同じくエレベーターに乗るつもりなのだろう。


 巨大なエレベータの脇に備え付けられていた小型エレベーターへと男は向かう。


 どうやら小さい方も備え付けられていたらしい。


 起動用コードを打ち込み、エレベーターは小さな口を開いた。


 中に入り階層ボタンを暗号のように規則正しい順番で打ち込んでいくと、がたんとエレベーターは横に動き、そして静かに降って行った。


 エレベーターの中はただならぬ緊張感が漂っている。


 男は何も言わず点灯しない階層表示を眺め続けて、ライオンはカイムの後ろ脚辺りで顔を洗っている。


(こ、こええええええええ!)


 内心上手くいくとは思っていなかったが、カイムはやっとここで一息ついた。


 銃を握る手は汗でびっしょりと濡れ、体からは嫌な冷や汗が流れ続けている。


 感付かれないように足の震えを何とか抑え、表情筋は固めたままだ。


(研究所内でジーンを見つける……後戻りできねえな)


 銃を手にし軍の兵隊を脅してまで侵入している。


 これはかなりの犯罪ものだ。


「おい、八咫烏」


 今まで黙っていた男が静かに語りかけてくる。


「あれを奪ってどうする気だ、うちに反旗を翻す気か?」


「お前の知るところではない」


(反旗を? ジーンの事じゃないのか?)


 ジーンの能力でガリアドアに反旗を翻す……というのもおかしな事ではないが、どうも話がかみ合わない気がする。 


「やめとけ、起動実験すらまともにできない代物だ。天照の手には余る」


 そのとき再び巨大な揺れがエレベーターを襲った。


 カイムは地面に倒れこみ、男はその隙にカイムへと飛びかかる。


「ふ、やはりな! 接続コネクタが無い。お前シルバー・エイジですらないな!」


 男はカイムを地面に押し付け首元を確認する。銃は即座に奪われ男の手の中にあった。


「ぐぁ……! 近づくと殺しちまうぞ……!」


「それもハッタリだ!」


 再び銃口がカイムの後頭部へと突きつけられた。


「おかしいと思ったぜ! 八咫烏は残虐非道で通ってるからな。そんな奴から『無駄な犠牲は出したくない』なんて言葉は出ないはずだ!」


「く……!」


 腕を固められているので身動きは取れず、表情すら見る事は出来ない。


「悪戯が過ぎたな、ただの学生!」


 男の指がトリガーへとかかり――、


「な、なんだこいつ、うあああ!」


 カイムの体は自由になり男が飛び跳ねる。


 立ち上がってみるとライオンが男の顔へ爪を立てていた。


 自動小銃がエレベーター内で何発か放たれ、壁と天井に銃痕をつける。


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