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第49話 日常は夢の中

 ライオンに着いて行って部屋から抜け出して良かったかもしれない。


「そういやライオン、大丈夫かな」


「大丈夫だ」


 と、ジーンは胸を張って答える。


「王の遺伝子が見えるからな。生きておる。

 猫と言うのはあれであろう、そのうち顔を出すものなのであろう?」


「まあ、そうだな」


 元が野良猫なのでそのうちひょっこり顔を出すかもしれない。


 そしたら高級猫缶でも買ってやろうかと思う。


 林の切れ目を抜けて軍用カタパルトの上に出たそのとき――前を歩くジーンの頭が止まった。


「……どうやらチーズバーガーは食べられんようだ」


 海風に吹かれ、波の音が聞こえる。


 黒い道が何処までも広がり続けるこの場所、そこに一人、白衣の女性が立っていた。


「迅葉カイムくん、おかえりなさい」


 ――銃を構え、カイムの額に狙いを定めている。


「メ、メロウ先生……?」


 メロウの後方数メートルにはガリアドアの警備軍なのか、軍服に身を包んだ三十人程の人数が盾を持ちバリケードを作っていた。


「ここまで未確認生物を運んでくれてありがとう」


「ど、どういうこったよ……?

 な、なんでメロウ先生が? う、後ろの人達は?」


 カイムの体は勝手に震えだしていた。

 足は言う事を聞かず手も振動が止まらない。


「ごめんなさい。騙すつもりはありませんでした。

 いえ、言う必要がなかったというか。

 事情は後で詳しく話すから、今はその子をこっちに渡してくれないかな?」


「そ、そんなの勝手すぎるだろ……どうしてだよ」


 銃口を外さぬまま、メロウは胸元のポケットから手帳を開いて見せる。


「大人の事情……じゃダメか。

 私は自国監査組織『不可視の梟』所属、メロウ=メロウ。

 報告によりガリアドア反勢力『全生物の平和』の研究所の制圧、並びに脅威となりうる生体を確保しに来ました。

 全権限は『不可視の梟』の管理下に置かれ住民であっても反論する権限すらありません。直ちに未確認生物を引き渡しなさい。……これなら納得がいく?」


 手帳を戻しメロウは困った顔でカイムに笑いかけた。


「なら何であの時、言ってくれなかったんですか」


 ジーンが仮死状態のときに捕らえる事は出来たはずだ。

 なのにメロウ先生はしなかった。


「それのお陰で確信が持てたかな。

 シルバー・エイジの原型ともいえる個体。

 そんなモノを外部に晒しておくわけにはいかない、それが国の判断なの。

 分かって。この基地の学生なら理解できるでしょう」


 外部にシルバー・エイジの情報を出来る限り漏らしてはいけない。

 危険性も把握している。


「けど、ジーンは……そんなんじゃねえ。

 ただの……人だ。周りが過剰に反応してるだけなんだよ」


「それでも」


「……ダメなんですか」


 メロウは首を縦に動かした。

 諦めてくれないかな、と瞳が訴えかけている。


「話しても無駄なら、俺は全力で立ち向かう事しかできません」


 カイムは拳を握りメロウが向ける銃口を睨んだ。


「迅葉くん、無駄な事はやめて。

 撃ちたくは無いの。

 それにあの人数に立ち向かえるはずはないでしょう?」


 ジーンは状況を見極めているように無言だった。


 それでも、とカイムは思う。


「あんまりじゃないですか……何もしてないんですよ」


「存在の問題なの、お願いだから下がって。

 これ以上生徒に銃口は向けたくない」


「先生……」


 今すぐにジーンを抱えて逃げる、カイムに出来る事はそれしかなかった。

 けれどメロウの言っている意味も分かる。


 でも納得できないし受け入れる事も出来なかった。


 向かい合う二人の距離は五メートルもない。

 風がバサバサとメロウの白衣を揺らす。


 そのとき、カイムの瞳に映っていた金髪の頭が一歩踏み出した。


「ジーン」


「……すまないな、カイム」


 背中を見せたままジーンは呟く。


 声は海風に乗りカイムの耳にはっきり届いた。


「私はカイムを助けたい」


 振り向きもせず、それだけを告げてメロウの元へ歩き出した。


 カイムは手を伸ばす事すらできずその場に立ち尽くしている。


 手を伸ばせば届く距離なのにその距離がまるで遠い。


 メロウは未だに銃口を向け、後方の部隊も盾を抱えたままだった。


「ありがとう、聡明な判断を感謝します」


 近づいてきたジーンをメロウはやさしく受け止めた。


「身の安全は保証します」


「ああ、その対応には慣れておるよ」


 ジーンは絶対にカイムに振り向きはしなかった。

 星空を目に焼き付けるようにジッと遠くを見つめている。


 空からはジェット噴射のような音が聞こえ、一度空で旋回した後、メロウとジーンの脇へと着地した。


 ヘリだと思っていたカイムは到着したモノを見て目を見開くしかなかった。


 その乗り物は研究所地下で見たロボットと姉妹機のように見えた。


 女性らしい細いシルエットで人型。


 全体的にピンク色のカラーリングで、頭部からは兎のように長い耳が伸びている。


 だが驚いたのはそのロボットがここで動いている事ではない。


「さっすがメロウちゃーん、もう目標を確保してるなんて、あこがれる~!

 あっちは制圧したから、あとはこっちだけですがなー!」


 人間で言う首の脊髄辺りから顔を出したのは、カイムのルームメイトにしてクラスメイト、ジャック=フレミングだったからだ。


「ジャック? はっ……おい、何でだよ……なんで、みんなここにいるんだ……?」


 カイムの日常を彩る人たちが次々と非日常に登場する。

 それはカイムの脳に直接打撃を与えているようでまるで夢の中にいるみたいだった。


「やっほー、迅葉ちゃ~ん」


 手を振るジャックの服装は文献に存在する忍者そのもので、違うのはヘッドホンが首にあるくらい。


 何の感情も抱かないのかいつもの笑い顔を浮かべている。


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