普通の概念は分からないが、カイムは身の回りの人物を思い出した。
同居人のジャックは寝る時もヘッドホンを手放さないし、喋り方も色々混ざっていて変人だ。
怪我でお世話になるメロウ先生だって、見た目の割にはしっかりしてるのだがたまに抜けてておっちょこちょいだったりする。
他にもカイムの周りには『変な』奴らは五万と存在していた。
「だからきっと、俺もはたから見たら変人なのさ」
だから気にすんな、とカイムは心の中で付け足した。
「カイムが変人だったら世の生物は全てが特異遺伝子になってしまうな」
「ぐは……」
誰にとっても他人は個性的だ、なんて台詞を言ってもやっぱり胸に刺さる。
自分でもそれほど『普通』を気にしているわけではないのだが、何もない事には変わりない。
「まぁ……それでも、普通という事は、素晴らしい事だ」
「それはジーンが普通じゃないからか? そう思ってるなら――」
「いや、違う」
ジーンはカイムの言葉に首を振って否定を表した。
「天才は才能を持ち、その方向性しか選べん。
自らが歩むか、他者が歩ませるかは別としてな。
その方向に抗おうが進もうが、様々なものを切り捨てて、良くも悪くも邁進するしかないのだ」
それは何となく分かる気がする。
例えば相川絢がそうだ。
遺伝子レベルで優秀な生徒だった。
自分で選んだか進められたかは定かではないが、彼女は名門校に進み、頂上を目指した結果が『あれ』だった。
才能があったからこそ、その未来に行きつく可能性は非常に高い。
言うなれば人生のルートに、遊び、が無いのだ。
「普通は自由だ。誰も縛りはせん。
早い段階で自分で生き方を選び、それに対応する力も自分で選択する。
さもなければ実力社会で生きていけんからな。
自由に全てが選択出来る結果――カイムのようになってしまうのだよ」
口元を押さえ、ぬふふとジーンは笑った。
「ば、それはどういう意味だよ!」
「何処かの誰かの様に、縛られる感覚も何もないから感情だけで走り、相手がどれほど大きな組織でも国でも目的を達成する為に立ち向かう。
才能と言う物差しがないから何処で止めて良いのか分からない。
だから限界が理解できず走り続ける。馬鹿丸出しでな」
「ひでぇ言われようだ」
それでは何も考えてない無鉄砲野郎ではないか。
「早死にするが、全てが噛み合えば上手くいく事もあるのだと知った。
いや今回は勉強になったのお」
遠まわしに無茶し過ぎて死ぬぞと釘を刺されてしまった。
カイムも今回のタイミングの良さは重々理解しているつもりだった。
誰かが助けてくれたから上手くいったような、そんな気さえする。
多分そう言うのが神様と呼ばれる存在かもしれないが。
「まあ……でも、苦労は絶えぬだろうな。
逆に言えば全てが敵になりうる。
障害になる。
何も持たないという事はそういう事だ」
才能を持つものは才能を武器に乗り越えられるが、何も無い者はそれだけで乗り越えるのに苦労する。
けれど、とジーンは呟いて、カイムを見上げた。
自然と目が合ってしまい、吸い込まれるようなアイスブルーの瞳に自分の間抜けな表情が映る。
「カイムなら大丈夫だ」
――足が止まりそうになった。
つい立ち止ってしまいそうになった。
他人に初めてそんな事を言われたから。
「そ、そんなの、わかんねーだろ。
南極なんて辺鄙な所にいたジーン様には……人生ってのはこう、険しく、長くだな、山のようで海のように――!」
沸騰しそうになる頭でがむしゃらに人生論を説き、ジーンから無理やり目線を反らすとそこには、
「ほら、出口だ……」
知らぬ間に鉄の扉が天井に張り付いている場所まで来ていた。
ジーンとの長話のおかげか早く着いた印象だった。
「何処に出るか」
内側から鍵を外し鉄の扉に手をかける。
「チーズバーガーだな」
鼻息荒くジーンは腕の中で興奮した。
今にも飛び出して行きかねない勢いだ。
「店が開いてれば、好きなだけ食わせてやるよ」
地下に長い時間いたせいか今が何時か予想もつかなかった。
「本当か! 約束だぞカイム。
今の言葉忘れるでない、絶対だぞ!」
子供のように(実際見た目は子供なのだが)目を輝かせながら、ジーンはカイムの胸に顔をうずめた。
犬が愛情表現でもしているようで頭をわさわさしたくなったが、生憎と片手はジーンを必死に抱き、もう片方は鉄の扉を押し上げようとしている。
「じゃ急いで行きますかね……っ!」
錆がぼろぼろと剥がれ落ち、ほのかに明るい闇が隙間から差し込む。
時刻は日の出か夕暮か。
湿った風がなだれ込み、潮の匂いが鼻孔を刺激した。
全身のバネと残りの体力を振り絞り、扉を一気に押し上げた。
「外だ……!」
「また地上を拝めるとはな!」
珍しくジーンも喜びの声を上げる。
それもそうだろう、本来ならば今頃大気圏を突き抜けて宇宙の彼方を目指してるはずだ。
カイムはそっとジーンを地面に降ろし空を見上げた。
空はまだ薄暗く星が輝いている。
けれど周囲はぼんやり明るくもうすぐ日の出だと認識できる。
出口のある場所は木々に囲まれていて、目の前には獣道があった。
そのすぐ先には海と軍事用カタパルトが見えていて、第八地区の辺りだと思われた。
「とりあえず行ってみるか」
「そうだな!」
両腕を大きく振ってジーンは前を歩く。
目の前で揺れる頭を見ているとなんだか懐かしい気分になった。
(またこんな風景を見れるなんてな)