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第47話 意外に普通な奴なんていないぜ?

 爆発音がカイムの耳まで届いた。


 自分は何処まで昇りきれたのかと思い目線を上げれば、B36の表示が絶望的に踊っている。


「夏は涼しくてたまらない深さだな……」


 無事外に出られれば三十度前後の気温に焼かれるだろうが今ではそれも悪くない。むしろ焼いてほしいとさえ思う。


 本当に緊急用として作られたのか岩肌が剥き出しになっており、そこに鉄製の螺旋階段が延々と天に向けて伸びていた。


 風景の代わり映えの無さと言ったら地下は大したものだ。


 自分が本当に上に向かえてるのかさえ怪しい。


「……」


 胸に抱えた小さなお姫様は、無言で全生物の怒りでもぶつけるような脅迫的な視線をカイムに突き刺してくる。


 これでもやっと静かになったのだ。


 抱えながら走っていたときは、降ろせに降ろせ、あとは降ろせと、他にも降ろせ、口を開けば降ろせしか知らない子供のように降ろせと喚き続けた。


 だがカイムはジーンを離さなかった。


 あんな器具に長い時間拘束されていて、しかもこの長い階段を歩かせる?


 出来る筈がない。男ならこの程度のやせ我慢も必要だ。


「……」


 しかしこの無言の圧力も相当カイムに堪えていた。


 何せ相手は全生物の遺伝子を保有している身なのだ。


 肉体の形に影響が出なくてもカイムの体は人生最高に脅えている。


 全てを持つ生き物が、何も持たない微生物をただ黙って見つめている。


 そう思ってもらえればどれほどの恐怖か理解できるかもしれない。


「な、なんでしょうーか?」


 よれよれになった足を持ち上げながらカイムは階段を上る。


 下の状況は分からないがこの通路を使った事が知られればすぐに追いつかれてしまうだろう。


 だからこそ少しでも距離を稼いでおきたかった。


「ふん、カイムにはいくら言っても、分かりあえない事が良く分かったからの、目で訴えてるのだ」


「そうか、腹が減ったんだな」


「減っとら……いや減っとるか。早くチーズバーガーが食べたい」


 自分の置かれた状況を分かっているくせに、ジーンはにへらと笑いお腹の音を盛大に鳴らした。


「ジャンクばっかり食べると太るぞ」


「太るのはいかんのか?」


「悪くは無いが……健康には良くない場合が多いんじゃないか、多分」


 この不死性の強いジーンが成人病にかかるとも思えないが。


「………………私は重いのか」


「んや、全然。持ってる気さえしない」


 これは本音だった。

 ジーンは本当に軽い。


 同じ身長の子供でもここまで軽い事はないだろう。


 だが、その言葉を聞いてジーンはなぜか顔を赤らめた。


「ふ、不思議と悪い気がせんな……何故だ」


「……しるか」


 ジーンは自分の中に芽生えつつある不思議な感情に目を向け、その対処法が分からないのかとりあえず俯いてしまった。


 そんな胸の中にすっぽりと収まったジーンをカイムは見てられなくて今にも投げ出しそうになったが、そこはグッと我慢する。


(これなら、まだ騒がれた方がましだな)


 なんだか胸の奥がこそばゆい。


 戦闘中に骨でも折れたのかもしれない。


 痛いのではなくむず痒いのだから重症ではないだろう。


 カイムは腰に無理やりつけられた巨大なウエストポーチを揺らしながら、また一歩地上への階段を上る。


 中身はあのとき……多分金髪のお兄さんが渡してくれたジーンの服だった。


(あの人大丈夫だろうか……)


 ジーンを空へと飛ばそうとした人物の一人なのでカイムの敵には変わりないのだが、なんだか憎めない所があった。


 しっかり話を聞いてくれて、それで自分の判断を言ってくれる。


 もう会う事は無いだろうが、お礼の一つくらいは言っておきたかったなと思う。


 まあそれもこちらが逃げ延びられたらの話なのだが。


「ジーン、お前これからどうするんだ」


 珍しく体温が若干温かいジーンを抱き直しカイムは聞いた。


「どうするとはぶしつけな質問だな、私から全てを奪っておいて」


「奪ってって……あんな事、黙認できるかよ」


 一人の女の子に地球の遺伝子詰め込んで、永遠とも知れない宇宙の旅へ送り出すなんて。


「いや『奪って』に違いは無いよ、カイム」


 ジーンは目を伏せ寂しげに口を開いた。


「私の存在意義はそれしかないのだから……モルモットだから必要とされた。

 それでも最低限、人に触れ合えた。

 私は誰もが悩む将来を生まれた時から決めていた幸せ者で、そのお陰で自我を保っていられた。

 その全てを『今』奪われたのだぞ?

 私という存在はもう何処にも存在しないのだぞ?」


 訴えかけるようにジーンは視線を上げる。


「……この責任取ってくれるよな?」


「責任? あ、ああ、あれな」


 ジーンを助けに飛び出したときは、金髪兄さんが背中を押してくれた事もあってか物凄くハイテンションだったから、今では思い出したくないほど恥ずかしい台詞を叫んだような気がしないでもない。


 だが、ここでハッタリだとも言えず、いや実際ハッタリのつもりは微塵もないのだが、具体的な案は何も浮かんでないことに違いはない。


 目を赤らめたジーンが脅える仔猫のように答えを求めて見上げてくる。


(ぐ……は……!)


「い、いくらでも取るって言ったろ。だから、その、もう……」


「分かっておる、我慢はせん。

 今はまだ戸惑っておるが……少なくとも悠久の暗黒よりは、陽の照りつける地上の方が今は居たいと思うよ」


「そっか……それだけ聞ければ、ここまで来た甲斐はあったかな」


 ここを抜けた後の事は思いつかないが、何とかなる。


 ジーンを胸に抱いていると何故かそんな不確かな事さえ大丈夫な気がしてくる。


「……くちゅん」


 地下が寒いのかジーンは己の体を抱いて小さく鼻をすすった。


「ほれ」


 片手でジーンを抱えたまま、ポシェットから物凄く長いマフラーを探し当て頭の上に置いてやった。


 ジーンは一度恨めしそうにカイムを睨んだが、すぐさま首に巻いて満面の笑みで顔をマフラーにうずめた。


「オスは何かと気の効いた方が良いと言うが、実にその通りだな」


 もさもさと動き首にマフラーを巻いて行く。


 衣服はさすがに止まっていられないので渡せないのだが、後で渡しても問題は無いだろう。


「やっぱ大事なもんなのか?」


「そう……なのか、な。

 これを巻くと不思議と落ち着くのだ。

 まあ暖かいから好きなのもあるがな」


 ジーンは首に巻いて余ったマフラーを指で弄る。


「不死性が強いと言っても不老不死ではない。

 単に死ににくいだけだ。

 首を切られ百七十もの肉片にばらせばいつかは死ぬだろうし、何十億年経てば老衰するかもしれぬ」


 ぶんぶんと振り回されるマフラーの端がカイムの前方を規則正しく遮る。


「そのせいか体の温度調節が上手く機能せんのだ。

 子供も作れんしな。

 行為は可能だが、何が生まれるか知ったものではない」


 そもそも生まれぬかもしれぬがな。

 と最後にジーンは付け足した。


「きっと他にも普通ではないのだろう……」


 鼻で笑うようにジーンは自分を笑った。


「普通ねえ……体の事は何も言えないけど、意外に普通な奴なんていないぜ?」



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