『新規搭乗者を確認しました』
綺麗な声がコクピット内に響き、ハッチが自動的に閉じられた。
乗り込んだ先には複座型のパイロット席が設置されていて、そこには何故かこの場に最強に不似合いなフリフリ甘々のロリータファッション(しかもサイズが合ってない)に身を包んだ先客が下段の席で待機している。
「人……?」
その人物の銀色にさえ見えるほどの白髪をカイムはどこかで見た気がした。
しかし恰好があまりにもそぐわなくてどうしても思い出せない。
彼女は下のコックピットでバイクにまたがるように搭乗し、首筋からコードを接続されているので、シルバーー・エイジだと何となく分かった。
「と、とりあえずそこに搭乗してください」
彼女も突然地上へ投げ出された事に混乱しているのか、振り向かず慌ててカイムに指示する。
「お、おお」
言われるがまま彼女のほんの少しばかり上にある席に同じような形で乗り込んだ。
体勢としては彼女を後ろから抱き抱え、しかも香りが分かるほどの距離なので嫌でも緊張する。
両手をボールの様なインターフェイスに被せ、足はフットパネルに乗せる。
『マスター登録が初期化されています。お名前をどうぞ』
「じ、迅葉カイム」
突然声が脳内に響いたので戸惑ったが反射的に口を開けた。
『迅葉カイムを登録しました。ご機嫌はいかがですか?
私は【00-Earth gear】。
インターフェイスの確認は必要ですか?』
「いや、そういうのはいい!
前の奴を追ってくれ、今すぐに!」
『分かりました。【01-Luna gear】の機影を確認。
セミオートで開始します』
薄暗かったコックピット内に光が灯り、全面三百六十度のフルスクリーンに外の様子が映し出される。
「う、動くのか?」
カイムの視線がモニターに映ったLGを捕らえる。
すると小さなモニターが浮上し拡大画面が映し出された。
それを目的に飛ぼうと思った瞬間、機体ががくんっと持ち上がる。
「え? この子初めて素直に……」
ただ立ち上がっただけなのに下の席から驚愕の声が漏れた。
「あいつらもう追いついて来てるぞ」
後方のモニターを確認すると登ってこようとしている警備軍の姿が目に入る。
意識を反らした途端、機体が再び大きくと揺れた。
「す、すみません。
集中してください。
LGに追いつこうと考えるだけで、う、動きます」
消え入りそうな声で彼女はカイムに声を発した。
「分かった、追いつく……追いつく……!」
まるで全身にこの機体の感覚が入り込んでくるような感覚だった。
体中に流れる血液に乗って透明な液体が流れ込んでくる。
EGは体を起こし、警備軍を振り落としながら地面を走り出した。
「な、なんだこいつ、走りにくいぞ……!」
『質問に返答します。私は四足からなります。
なのでマスターのイメージと不合していないのが問題かと思われます』
「は、よ、四足?」
乗り込む時は見てなかったが、この機体はどうやら人型ではないらしい。
上半身が人型、下半身が馬型と言う、既に人馬一体な機体だと彼女(アナウンスの声からして女性だと思われる)は説明した。
『どんな場所にも適応出来るように下半身部分だけ臨機応変に対応させていただきます。
未知の星を探索するにあたって、どのような場にも快適に潜入できると自負しております』
「じゃあ今すぐ飛んでくれ!
逃げられちまう!」
『了解しました。
四足から後ろ二本をブースターへ変更』
EGの声と同時に馬の腰の辺りと後脚がグルンと回転し、背中へとシフト。
突然火を吐き先ほどとは比べ物にならないスピードで地上を疾走し始めた。
『出力の上昇を進言します。
アヤよろしくお願いします」
「うう……こ、こんなときだけ、何で素直なの……?」
ガクッと肩を落として彼女は意識を集中する。
彼女の体から熱が放出され、接続コードを伝って全てがEGへと流れ込んでいく。
『その質問に対しては返答をしかねます。
迅葉カイムとは接続ノイズが一切ない。
これが返答の答えに一番近いかと思われます』
「パイロットはシルバー・エイジじゃダメだったって事……?」
『ヨシュア様がいないので返答しかねます』
下段の少女はきっぱりと言い放たれ再びガクンと頭を下げた。
EGに冷たくされ意外とショックなのかもしれない。
EGの速度は風を切るより早く、空へと体を持ち上げていく。
海上に水しぶきを上げながら一直線にLGの元へと疾駆する。
映し出されたウィンドウを見つめると、こちらに気づいたのかメロウとジーンはコックピットの中へと収容されていた。
(こいつ……思いどうりに動く)
指を動かそうとすれば、自分の指ではなくEGの指が動く。
行動の優先が自分自身ではなくEGに設定されているようだった。
頭の中で映像が勝手に再生され、細かな数値が細々と動いているように見える。
その中で武装は無いかと思考を走らせれば、武装の一覧が出てくる。
しかし実験段階のせいか、突然地上へ飛ばされたせいか、現段階で目につく武装は存在していなかった。
(しかし、この娘は誰なんだろう)
何も言わずに協力してくれているが全く思い出せない。
こちらを振り向く気もないのか背中しか目に焼き付けられない。
と、思うと思考の中で新しいウィンドウがポップアップする。
「あ、相川絢!」
「ひゃ、ひゃい!」
ビクッと猫のように体を飛びあがらせ、下段の相川は身をすくませた。
それに連動するように熱量が一気に跳ね上がった。
『アヤ、出力バランスを保ってください』
「わ、わかってるもん!」
邪念を払うようにぶんぶんと頭をふり、相川は再び集中する態勢に入った。
「と、突然名前を呼ばないでください……困ります」
何故かもじもじしながら相川は呟いた。
「良かった、無事だったんだな!」
あれから病院に運ばれたと聞いていたが、まさか突如現れたロボットに乗っているとは。
体調を確認しようとも面識の無い自分では足を運びにくいと思っていた。
「あれ、でもなんでこいつに乗ってるんだ……?」
カイムは当然の疑問を口にする。
「わ、私もさっき気がついたばかりで……」
「体は大丈夫なのか?」
あれほど暴れまわっていたのだ、後遺症が残っているかもしれない。
「あっいえ、迅葉さんに心配されるほどじゃないです!
む、むしろ調子が良いくらいで、前は意識が無くなってたのに……」
「そっか、すげー心配したけど元気なら良かった!」
調子が良いと言うわりには微熱にうなされた雰囲気を持っているが、きっと熱を放出し続けているからだろう。
カイムは勝手にそう結論付けた。
「わ、私なんかを、し、心配だなんて…………………………あ、あんなに、傷つけたのに……」
後半はゴニョゴニョと消え入りカイムには聞き取れない。
「どうかしたか?」
「だ、大丈夫ですから!」
相川絢は自分でも分からないほど胸が高ぶっていた。
生まれて初めてこれほど感情と体が発熱している事に驚き――それでいて意識が吹き飛びそうになるほどハイテンションになりそうだった。
まさかこれがジーンの行ったシフトダウンの副作用だと一生知る事は無いだろう。
カイムの遺伝子を元に高次元から引き落とされた相川は、当たり前のように人間レベルへ戻った。
しかしその副作用として、カイムの遺伝子にやけに『惹きつけられる』のだ。
だがずっと女子校だった相川にしてみればそんな感情も知らなければ、対処法も知らない。
だから今は思うままに行動し話すしかなかった。
たとえ普段の自分と性格が真逆のようでも。
「…………で、でも声は届いてましたから、何も覚えてないけど……い、いつも聞こえてましたから」
感情がグラスからこぼれ落ち、相川は喉がつまる思いで必死に声を絞り出した。
だがその声は悲しい事にカイム自身の声によって潰されてしまった。
「ジーン!」
『……カイム』
一部のウィンドウが浮かび上がりLGの内部映像へと切り替わった。
狭いコックピット内に三人。
あちらは複座ではなく単一の座席らしく、リクライニングシートにでも座る優雅さでジャックがインターフェイスに手を置いている。
その隣でメロウに腕を掴まれこれから叱られるのが分かっている子供のようにジーンは俯いていた。