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三夜 - カネトエニシ


 しかも俺たちを中心に遠方から近辺まで全てのセイレーンが、花火のように次々と爆発していく。


 どよめきは会場からか、それとも運営たちの声か。


 俺と根古は動くことすらできず、残り人数が『二組』になるまで見守ることしかできなかった。


 静寂の中、ゆっくりと空から降りてくるのは、機械天使のような純白の翼を背中に生やした修道女の恰好をしたセイレーンが一機。


 よく見ると背中の羽を構成するビットたちがうごめいているのが分かる。


 あれが何千というセイレーンを一気に焼き殺したのだ。


「初めてみる機体だ」


「御機嫌よう」


「誰なの?」


 根古が不審な声を上げる。


「どうらや俺の妹だ。

 世間知らずなお嬢様なせいか、若干、世の中に疎くて、やりたいことは全て金とコネの力で解決する癖がある」


「もしかして上凪の言ってた約束って妹か……」


 なぜか安堵の声を根古は上げる。


「汐、約束の日はまだ先じゃないか?」


「ええ、でも汐はお兄様が参加できるオーディションも、お兄様に興味を持ったプロダクションも潰しましたのに、お兄様はこうして参加してしまったから、せっかくだしお迎えに上がりましたの」


 顔は見えなくてもくすくすと笑っているのが脳裏に浮かぶ。


「念のためお爺様にお願いして我が社で専用機を仕上げておいて良かったですわ」


 汐の家系——俺が家出してきた——千本桜家は様々なプログラム関連の会社を経営している。


 SOのセイレーンプログラムの開発を行っている部署があっても不思議じゃない。


「だがプロダクション所属者やパートナー制じゃないと今回は参加できないはずだぜ」


「ええ、ですから大金を運営に渡して参加権を獲得し、汐の代わりに操作を行う強そうな名前のパートナーも雇いましたわ」


 外部通信回線が入り、ウィンドウが開く。


 すると見知った髭面の大男が顔を出した。


「上凪、わりぃ、まさか本当に上凪とやり合うとは思ってなくてよ」


「が、我王さん」


 そこには年上の声優志望仲間の我王(三九歳)が、バツが悪そうに頭をかいていた。


 メッセージにあった大仕事って汐に雇われた話かよ。


 そりゃ、報酬は破格だろう、彼女にとって金はゲーム内の数字みたいなもんなのだから。


「今回、オーディションに参加するために調査し、汐はよく理解しましたわ。この業界は腐っていると。

 正々堂々役を勝ち取るためのシステムを導入したにもかかわらず、大手プロダクション同士が話し合いの末、八百長試合ばかりを行う。

 そんな腐った業界に世界のシステムを牛耳る千本桜家の長男を置いておく方が悪というものです」


 汐の言うことも一理ある。


 どんな世界にも抜け道があり、平等を望んだシステムでも、結局のところ金のある者達に支配されるのだ。


「そうか、けど、もしそんな業界を浄化できるとしたら?」


「浄化?

 不可能です、人類が存在する限り、それはどんな世界でも浄化はできません」


「そうかもしれない、けどこのオーディションに限っちゃいるんだな、これが。

 システムを正常に運用しようとしているウィルス達が」


 俺は素早くライフルを抜き、汐に放つが、翼から放たれた一筋の光にライフルは焼かれる。


「いえ無理です、そんな量産機で我が社の技術の結晶である『センノマリア』には届かない」


 センノマリアの目が不気味に赤く光り、羽根型のビットから幾重の光の線がほとばしる。


 俺の機体は根古を抱き上げ、上空へと高度を上げる。


「さあさあ、諦めて支配する側に回りましょう」


 右から左、上から下と、もてあそぶような光を避けながら、俺は空中でアクロバット飛行を行う。


 パートナーの我王の姿は見えないが、汐が悠長に喋っているところを見ると、二人乗りで操作系統は我王が担当しているのかもしれない。


「お荷物の女から潰しますわよ?」


 根古の機体は分厚い装甲の代わりに機動力がないため、俺が運んだとしても逃げるスピードはどうしても落ちてしまう。


「上凪、わたしは置いてって!」


「その気は絶対にねえ。

 根古がここまで連れてきてくれたんだからな!」


 しかしいくら気合で操縦しても量産機は俺の動きについてこれない。


 俺の強みは耳の良さを頼りに量産機の全てを知り尽くした動きで相手を倒すことであり、真っ向勝負には向いていない。


「お兄様もこれで『意味ない、金ない、コネもない』呪縛から解放して差し上げますわ」


 逃げ場を失い、光に俺と根古が捕らえられる。


「おい、根古暴れるな!」


 閃光が俺を貫く時、突き放すように根古の『ハピナス=フリル』が、俺を押し出した。



「足掻くあんたが好きなんだから、死ぬまで足掻けよ、上凪音々!」



 清楚キャラではない本来の乱暴な話口調のまま、ハピナス=フリルは爆発し、根古が空に投げ出される。


 根古にヴォイス壱型の腕を伸ばすが、幾多の光源がヴォイス壱型の四肢を爆発させる。


「一握りしかなれず、何十歳になっても。

 一生、夢を追って人生をどぶに捨てるなんて、何も得れない人生はゴミ同然ですわ!」


 俺のヴォイス壱型は胴体のみになり、メインカメラをやられつつも暗闇のコックピットの中、根古を助けようと腕を伸ばす。


 しかし掴むのは手ごたえのない空気のみだ。




 ああ、何故セイレーンの操縦は俺の動きに連動しているんだ。


 肉体が重たい、腕が伸ばせない。


 そもそも腕がない。


 翔ける足もない。


 せめて、ロボットのコックピットみたいに指と手の操作だけでも動けばいいのに。


 幼い日、紬とのごっこ遊びの中、俺がハマったアニメはロボットアニメだった。


 どんな強敵にも屈せず、身体が付いていかなくても操縦だけで切り抜ける。


 それをイメージして何度、空想の中で練習を繰り返したことか。



 コツン。



 暗闇の広すぎるコックピットに何かが響く。


 俺のポケットから何かが落っこちたようだった。


 手探りで探り当てるとそれは、一枚のフロッピーディスクだ。


「これは『うでながおじさん』のメッセージに同封されていた、選別……」


 崩れ落ちたまま、俺はフロッピーディスクを掴む。


「お、おやめなさい、ちゃんと動かしなさい!」


「音々! 今だ、早くやれ!

 人生をどぶに腰までツッコんでるおっさんが、今、留めといてやるからよ! こんちくしょうが!」


 慌てふためく汐と決死の我王の声に我に返り、『量産型 ヴォイス壱型』の拡張スロットへフロッピーディスクを力任せにぶちこむ。



【保存されたメッセージが一件あります。ディスプレイに表示します】


【音々君、これはセイレーンプログラマーである『うでながおじさん』だった僕の最後の選別です。


 僕が初期に作り出した、量産型 ヴォイス壱型のデータを上書きする新兵器。


 スタディオ・オンラインを本来のあるべき実力主義へと戻すウィルス。


 上凪君専用にチューンされたセイレーン《カミナギ》です】


 刹那、レッスンスタジオは機器がひしめくコックピット内部に代わる。


 俺は両腕のレバーに手を当て、すぐさま落下する根古を包み込みコックピット内に招いた。


 根古は意識を失っていたので、床に置くのもはばかられ、とりあえず、抱いて支えつつ戦闘することにした。


「な、セイレーンを戦闘起動中に新たな機体へと再構築するなんて……そんな事が出来るのなんて開発者くらいしか——!」


 驚愕を押し殺せていない汐は、驚きもそのままに俺の新機体カミナギへと向き直る。


「きこえる、きこえるぜ、汐の鼓動が」


 吸って吐く緊張を帯びた吐息。


((お前がやらないなら私が!))


「お前がやらないなら私が! とはいわせねえよ」


「こ、行動を予測した、いえ、息遣いのみを聞いて予測した!?」


 センノマリアの駆動音、プレイヤーの呼吸、世界の空気の振動、風の動き、その全てが脳内に整理整頓されて楽譜のように流れ込んでくる。


 聴覚の強化は更に進化し、音の全てが俺に味方しているようだった。


 瞬時に俺が腕を伸ばしたとき、センノマリアの翼と腕はがくんと下がり、羽が散りじりになって落下していく。


 何が起こったのか見えたのも、分かるのも、多分俺しかいない。


 音を操る《カミナギ》の強化能力により、音速の狙撃を両翼へとおこなった。


 勝負は一瞬、地面にセンノマリアが墜落したとき、世界は静寂に包まれた。


 永遠とも一秒とも思える静寂を破ったのは、《カミナギ》の眼前に『WIN』の文字がファンファーレと共にでかでかと浮かび上がった時だった。


 全世界からの歓声が大気を震わせ、俺はへなへなとシートに深く座った。


「か、かみなぎ……?」


「おはよう、根古」


 歓声で起きた根古は目をこすり、自分がどこにいるかまだ分かっていないようだった。


 数秒固まってから辺りを見渡して、驚いた猫のように一瞬で俺の膝の上からとびすさる。


 その姿が何だか日常に戻った気がして俺は笑った。


 笑った俺を見て、根古はふんっとそっぽを向いただけだった。

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