俺は願いを叶える石を握りしめた。その温もりは、まるで命そのもののように脈を打っている。胸の奥に、あたたかい希望の灯がともるのを感じた。
「行こう、帰ろう、みんなで……」
だがその瞬間、遺跡が爆ぜるように揺れた――ッ!
「ぐっ、なんだ――⁉」
床に走る裂け目、石の壁が軋む音。崩れた天井の破片が頭上をかすめ、ルーンが咄嗟に俺を庇った。足元の床がひび割れて次々と蒸気の噴出孔が開き、火花のような熱風を吹き上げる。
「みんな走れッ! 通路が崩れるぞ!」
ガレンの怒鳴り声に、全員が一斉に走り出す。だが次の瞬間、石壁が裂け、赤黒い光を放つ新たな通路が、うねるように出現した。地を這うような呻き声が響き渡り、壁に浮かぶ渦巻き模様が生きているかのように脈打つ。
壁面に浮かぶ古代文字が、ぞっとするような冷気をまといながら浮かび上がる。
「石は願いを叶えるが、呪いの心臓を浄化せねば、真の癒しは訪れぬ」
その古代文字を読み取った瞬間、腕の焼け跡が灼けるような痛みで疼き、石から“囁き”が響く。
――呪いは見ている。心臓を止めなさい。
レイナ様が勢いよく剣を引き抜き、背筋を伸ばして身構える。
「まだ終わってないってことね。やるしかない」
ガレンは血の滲む唇で微笑み、壁を指差した。
「アレックス、きっと壁画が鍵だ。俺を信じろ。全部繋がってる……!」
「また試練かよ……。だがやってやる。馬の世話係、お前が先頭だ!」
バルド様の咆哮に、俺はルーンのたてがみに手を添える。
「リリアーヌ姫を救って、病を終わらせる。そのためにここに来た。俺たちで終わらせるんだ!」
足元を揺らす振動を蹴るようにして、一行は赤黒い通路へと飛び込む。蒸気の罠をルーンがうまいこと回避し、石橋を颯爽と飛び越え、やがて辿り着いたのは呪いの心臓の腔室だった。
壁はまるで生き物の内臓のように脈打ち、渦巻き模様が青緑に光を放つ。中央に浮かぶ結晶は、病の発疹そっくりの模様をうねらせ、赤と青の光が不気味に混ざり合っていた。
空間に不気味に響く、心臓のような鼓動音。それは耳ではなく、骨を震わせるような振動だった。
壁画には神が人々の欲に怒り、心臓を生み出した様が描かれていた。対となる場面では人々が石を掲げ、病を祓っている。
刻まれた文字が浮かぶ。
――呪いの心臓は欲と恐怖を喰らう。純粋な絆のみがこれを癒す――
なぜか心臓の声が、俺の頭の中に直接語りかける。
「アレックス、お前が石を独占せよ。両親を蘇らせて、この国の英雄となれ」
幻が襲ってくる――血塗れの両親が俺に手を伸ばし、救いを求めるように名を呼ぶ。
「アレックス……助けて……」
囁かれる言葉に、膝が崩れそうになった。だが俺は剣を抜き、迷うことなく地を蹴る。
「リリアーヌ姫を救う。それが俺の“本当の願い”だ!」
しかしバルド様が突然吠えた。
「俺が英雄になるんだぁッ!」
結晶へと突進し、偽の窪みに石を嵌めようとする。その瞬間、影の触手が飛び出し、彼を絡め取った!
「くそっ、バルド様――!」
俺はルーンの嘶きを合図に駆ける。岩片を蹴り、触手をすり抜け、バルド様の腕を掴む。
「バルド様はもう英雄だ! 一緒に戦ってくれ!」
その言葉にバルド様は苦悶の中で涙を浮かべ、力なくうなずいた。そこへレイナ様が剣で触手を断ち切り、ガレンが飛び込んできてルーンに支えられる。
「アレックス、リリアーヌ姫は……あなたを信じてる!」
「お前の願いは、俺たち全員の願いだ!」
渦巻き模様が再び赤く輝き、結晶が咆哮のような音を発する。石の破片が飛び交い、重力が狂ったように部屋が歪む。
「いけ、アレックス!!」
俺は咆哮とともに跳び、祭壇へと滑り込み、願いの石を本物の窪みに嵌め込んだ。
「心をひとつに! 王国を癒すんだ!!」
四人が心臓を囲み、剣を掲げる。
「リリアーヌを救い、王国を癒せ!」
結晶が閃光を放ち、触手が燃え尽き、幻が砕け散る。最後の鼓動が止まり、赤黒の渦巻きは完全に消えた。
……だが。
ドン――ッ!!
空間の奥底から重々しい一撃の音が響いた。
「新たな影が目覚める……」
結晶の裏手、古の封印がゆっくりと開く。風が逆流し、地上へ続く通路が姿を現す。
「姫を救おう。絶対に間に合う!」
俺は石を握りしめ、仲間たちを振り返った。ルーンが咆哮し、バルド様を背に乗せる。レイナ様が前を切り拓き、ガレンが杖で風を操作する。
「行けッ! 遺跡が崩れる!」
俺たちは走る。砕ける橋、落ちる天井、せり上がる壁――すべてをくぐり抜けて、俺たちは光の射す出口を目指した。
王国が待っている。姫が、未来が――そこにある!