「なーんだ」
口を
その視線は、戦う前に相手を値踏みしているものに似ている。
(やっぱり、鍛えてる腕だよな)
リリアンはアルフレッドよりも幼く見える。体の線も細い。衣服から出ている肌は傷一つ無い
しかし、彼女の腕と足は草食動物の足を思わせるしなやかな強さがあった。
(草食、か)
自分の思いついた言葉に引っかかった。彼女はやはり逃げるために、この体を活用しているのだろうか。
気になったアルフレッドは打ち切るのを止めて、話を続けることにした。
「俺も提出物は人のことを言えないんだがな。課題は出した方が無難だぞ」
急に出された話題に、リリアンは露骨に嫌な顔をする。
「う、その話題もかわいくなーい」
リリアンは頬を膨らませてアルフレッドを見る。
「うぅ~、分かってるんだよ。分かってるんだけど、なんか、こう、ぱぁっと明るいのが
自分の頭を拳でぐりぐりとしているリリアン。先程から動きが大きい。全身で感情を表現している。
「言い訳か?」
まるで、『一晩中考えたんだけどできませんでした』と堂々と言って制裁を食らっていた知り合いのようだとアルフレッドは思った。
「ちっがーう」
ぷくっとさらに頬に空気が入ったリリアン。そこを針でついたら破裂するな、とアルフレッドは変な映像が頭に浮かんでいた。
「リリィはね、とりあえずが嫌なの。作るとしたら、最高で完璧なものじゃないと、リリィのはぁとが納得しないんだから」
よく分からない言い回しではあるが、彼女なりの誇りのようだ。作品に対して一定の品質を保持したいという思いは納得できる。納得できないからと鍛錬を継続するのに似ているだろうとアルフレッドは思った。
しかし、それでも気になる点はいくつかあった。
「それでも、出したんだろ。中途半端が嫌なら、何を提出したんだよ」
――僕はちゃんと中身見てるからね。
リリアンを追っかけていた男の言葉を思い出す。あの
「そ、それはねぇ~」
そこを指摘されたリリアンは急に態度を小さくして、ごにょごにょと何かを
「何だよ、言ってみろって」
「あ、はは」
後ろめたいことがあるのか、どんどん体を縮ませていくリリアン。ただでさえ小さめの体が消えてしまいそうだ。
しばらく待っていると、声だけはアルフレッドの耳に届くくらいには大きくなった。
「……それは……図書館のを写して」
「盗作じゃねぇか」
「違う、違うの!」
アルフレッドの容赦ない指摘にリリアンは全力で首を横に振った。
「あのね、授業で教えてもらったことを生かして短編の詩を書く課題だったの。でも、でもね、リリィにはしっくりこない題材で」
おそらくかわいくなかったんだろうな、と今までの彼女を思い出してアルフレッドは嘆息した。かわいい、かわいくないで仕事ができなかったら将来が大変だろう。
「みんなの前で発表しないから、こう、気分もあがってこなくてね」
「だから、盗作でごまかそうと」
「盗作じゃ無いよ、引用だよ!」
かなり苦しい言い訳だ。しかも、おそらく手慣れていて、少なくとも初犯では無い。
「素直に言えって、言われてたろ。おまえにどんなこだわりがあろうが、人を困らせる理由にはならんだろ」
特に、ああいう人の良さそうな人物を出し抜こうとするのは許せない。アルフレッドは持ち前の正義感が顔を出す。
戦士科に入った理由も、己の腕で皆を
「うん、分かってる。リリィも分かってるんだよ」
そんな彼の
「ちょっと提出できるようがんばってきます……」
とぼとぼと歩いて行く彼女の姿はまるで演劇のように
そこで、リリアンはぴたりと足を止める。
「そうだ」
くるりと振り返る。リリアンはアルフレッドにニッコリと笑いかけた。先程のしわしわな態度が
「最後にリリィからの、かわいいお願い、聞いてくれる?」
「時間がかからないやつならな」
別に聞く前に断る理由は無い。アルフレッドはすぐに
「やった。このままだと、おにいさんの中でリリィは盗作する悪い子になっちゃうから」
アルフレッドが口にした盗作、という言葉が引っかかっているようだ。リリィは小さく首を
「おにぃさんの名前、教えて欲しいな」
そういえば、お互い名乗っていなかった。一方的に名前を知っている状態だ。それは失礼した、とアルフレッドは背筋を若干伸ばして答える。
「俺はモーングローブ学院戦士科所属、アルフレッド・ストライヴ」
堅苦しいアルフレッドの言葉をリリアンはふんわりと受け止めた。
「戦士科のアルくん、だね?」
初対面の人間に愛称など呼ばれたことは無いが、別に不快を感じなかったのでアルフレッドは頷いた。
「今度はね、おっきな舞台でリリィの全力見せてあげる。アルくんのための特等席に、ご招待しちゃうよっ」
リリアンは両の手を広げて、目を細めて笑った。全力の笑みだった。
「リリィの本気を前にしたら、アルくんだってリリィのファンになっちゃうんだから」
「ほぉ」
思わず、アルフレッドは声が出る。リリアンの物言いに挑発めいたものを感じとった。それは戦士同士の競り合いにも似ている。アルフレッドは挑戦されたのだ。
自分の得意分野で負けたくはない。他の人よりも、優れていたい。
意外と、その辺りの精神は同じなのだろう。アルフレッドはにやりと笑った。
「それはいいな。楽しみにしている」
挑んでくるんだったら、受けるほかないだろう。
良い返事を引き出したリリアンは満足気に笑った後、アルフレッドに全力で手を振った。
「いい~? 約束だよ。今度はリリィが戦士科に行くからねっ」
そして、跳ねるように立ち去るリリアンを見送った後。
「あれ、結局、俺は何のために芸術科に来たんだ?」
当初の目的を忘れていたことに気づくアルフレッドであった。