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第6話 貴族の坊ちゃんのド田舎スローライフ②

テーブルにはライ麦パンとスープ、山羊のチーズと簡単なサラダが置かれている。

この村で日常的に出される夕食だ。王都の騎士様には足りないだろうがそこは我慢してほしい。

向かいの席を促す。ノルベルトは小さな椅子にちょこんと座った。身体が大きいからバランスをとるのが難しいかもしれない。

よく見ると俺が渡した服もピチピチだ。サイズが合わなかったか。


お祈りを軽く行い、食事を開始した。

「お口に合えばいいんですが」と言うと、ノルベルトは嬉しそうに「うまい」と零した。

素直に言われるとちょっと嬉しい。

俺はにやつく口角をおさえ、平然とした顔で咳払いをした。


「あとで服を直しましょうか。私の服だと小さかったみたいですね」

「あ、ありがとう……これは、アベルの……?」

「ええ。ゆったりしたサイズをお渡ししたのですが。やはり剣を使う方は立派な体躯をお持ちですね」


ノルベルトは照れたような反応をする。

うん、やっぱり分かりやすいな、表情が。

醸し出す雰囲気がほわほわしている。


「ノルベルト様」

「あ、あの、呼び捨てでいい」

「え、でも」


王都の騎士なんじゃ……というのを飲み込んだ。踏み込むのはやぶ蛇になりそうだ。

……まあ、いいか。俺も呼び捨てにされてるし。


「では、ノルベルト、でいいですか」

「ああ。その方がいい」


ノルベルトははにかんで答えた。

しっぽがぶんぶん振られているようだ。

……実は俺、動物好きなんだ。犬はとくに。

飼ったことはないけど、見ていて可愛いから好き。

だからなんだってわけじゃないけど。俺はくすくすと笑ってしまった。


「アベル?」

「あ、すみません。その……あなたが…………いや、やめておきます」

「………気になるだろう。言ってくれ」

「いや、あの、失礼になるんで」

「余計気になるんだが」


ノルベルトは眉根を寄せて訝しんだ。

その表情すら飼い主の様子を伺う牧羊犬のようで、俺はふるふると肩を震わせた。


「いや、あの、なんでもないんです。ただノルベルトが……大きなワンちゃんみたいに思えちゃって」

「……は?」

「すみません、失礼ですよね。忘れてください」

「………はじめて言われた」


ですよね、と思いつつ、俺は「すみません」と繰り返した。

王都の騎士様に向かってワンちゃんだなんて失礼にもほどがあるだろうに。

ノルベルトはコップの水を一口含み、しばらくじっと黙る。

そして、小さく「なぜ」とだけ呟いた。


「いや、その……。思ったよりあなたの表情が豊かなものだから。火打石を打てた時とか、呼び捨てをお願いするときとか」

「……そうか」

「最初は怖い印象だったので、ギャップもあるのかも。こんなに笑うとは思わなくて、それで」


失礼にならないようにフォローを入れようとするも、どれも空回りしている気がする。

申し訳なさがじわじわと浮かんできた。


「多分、アベルの前だからだろう」

「え?」

「………表情豊かだなんて言われたことはなかった」


ノルベルトがぼそっと呟いた。頬は少し赤くなっている。

……俺の前って、なんでやねん。ほとんど初対面なのに。


まあ、いいか。

いつもの場所だと出せない自分ってあるよね。

この様子だと王都では息苦しい思いもしていたのかもしれない。

たしかに、エリート騎士団の団長だなんてプレッシャーも激しいだろう。

……少しくらい、彼の気が楽になればいい。


「私は表情豊かなあなたが、素敵だと思いますよ」


優しく微笑みかける。

短い期間とはいえ同居することになるのだ。どうせ住むなら機嫌が悪そうな大男よりは可愛らしい大型犬のほうがいい。

お互い気持ちよく過ごせるようにしようぜ。

そんな意図を含んでの微笑みだったのだが、ノルベルトは顔を真っ赤にして、口をパクパクしていた。




俺たちは食事を終えた。

ノルベルトはやはり貴族のおぼっちゃんだったようで、こんな田舎の食事でも綺麗なテーブルマナーで食べていた。

俺は空になった食器を前に、話を切り出す。


「同居に際して、いくつかルールを決めましょうか」

「ルール?」

「はい。傷が治るまでの間ですが、決めておかないと不便もあるでしょうし」


という建前だが、もちろん俺が魔物だとバレないようにするためのルールだ。

ノルベルトは真剣な顔で「わかった」と答える。


「まず一つ。奥の倉庫には入らないでください。教会の聖体や薬草が保管されています。中には危険な薬もありますので」

「わかった」


倉庫にはお祈りやお祭りで使用する教会の備品のほか、薬草や包帯などの医療系備品、村全体で管理しているものが置かれている。

という村のための意図もあるが、俺自身の意図もある。


奥の方には魔物の魔力を回復させる薬がある。

持っているヤツはほぼ魔物確定だから、もしノルベルトが知っていたら身元がバレる原因になる。

それに、儀式で使う”真実の鏡”も保管している。その名の通り、映った者の真実を映し出す鏡だ。

もしうっかり俺の姿が映ってしまったら、今は隠れている角やら尻尾やらがバレてしまう。

厳重に保管し、誰にも触れないようにしていた。



「二つ目。私の入浴中は何があっても風呂場に入らないでください」

「は、入るわけないだろう!」


ノルベルトは妙に焦ったようにしていた。

まあこんなつまらない男の入浴など覗くわけがないだろうが、何か質問にでも来られたら困るからだ。


さすがの俺も一日中ずっと”変化”をしているのは疲れる。

お風呂タイムくらいは”変化”を解きたい。唯一のリラックスタイムを邪魔されたくない。

ちなみに、寝ているときも俺は”変化”をしている。村人が夜中に泣きながら相談に来ることがあるからだ。家族の体調が悪くなったとか、子どもが生まれそうだとか。



「三つ目。何か困ったらまず最初に私に相談してください」

「……わかった」


まあ、これは言わなくても俺に相談してくるだろうが。俺の監視下に置くためだ。

何か異変があったら気づけるようにしておきたい。


ノルベルトは少しだけ嬉しそうに口角を上げていた。

よし、特に怪しまれてもいないな。思ったより素直そうだし。

一か月なら乗り切れるだろう。

俺は気づかれないようにほっと胸をなでおろした。




食器を洗い、一日の家事は一通り終わった。


そして問題の寝床だ。

さすがに一緒のベッドでは寝たくない。でかいし。

ずっと同じ空間にいるのも息が詰まるだろうし。俺は夜遅くまで仕事することもあるから気が散るし。

しばらく考え、脳裏にパッと光がともる。

そうだ、めっちゃいい場所あったわ。


「ノルベルト、しばらくは懺悔室で寝てください」

「ざっ……、懺悔室……?」

「ご存じないですか?罪の告白を受ける部屋なのですが、プライバシーも守られていますし。ちょうど一人なら横になれるくらいの大きさですよ」


さすがに教会の本堂に寝かせるわけにはいかない。倉庫は聖体があるし、書庫は汚いし。

懺悔室ならちょうどいいサイズだし、毎日掃除している。

うん、めちゃくちゃナイスな選択だわ。


急いで毛布と簡素な布団を運び出す。ちょっと寒いがまだ大丈夫だろう。

ノルベルトは「わかった」と、小さな声で返事をした。

耳が垂れているような。大型犬がしょぼんとしている。

……申し訳ないけどこればっかりは譲れない。他に部屋はないんだから文句言うなよな。

俺は垂れた耳に気づかないふりをして話をつづけた。


「毎朝八時に鐘が鳴り、教会の仕事がスタートします。懺悔に来る村人がくるかもしれません。七時には起きてくださいね」


そう告げてパタン、と懺悔室の扉を閉じた。

騎士というだけでも面倒だが、世間知らずな坊ちゃんとの生活は、少し、いや、まあまあ不安が残るけど。


……まあ、大丈夫だろ。

こうして、大型犬っぽい騎士様との生活がスタートした。


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