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「おっはよう! アッキラちゃぁぁン!!」
白衣とズボン、それに下着のすべてを同時に脱ぎ去り、高く跳躍した体勢から何者かが明の懐に飛び込んでくる。
着衣を宙に置き去りにしたまま──要するにものすごく速く、それでいて身体の隅々まで研ぎ澄ました洗練された動きで寝台に潜りこんできたそいつは、明が身を捩って抵抗する間もなく乳を揉み始めた。
およそ人知を超えた動きだった。
「やめろっ、何をッ……っあ……」
その行為の下劣さに反比例するように、足の指先から脳天までを電流のような刺激が駆け抜け、思考を甘く蕩かしていく。
「あぅ、っん……はッ……やめ、ろ、って、毎朝毎朝毎朝ァァァ!」
「ン~、毎朝ってまだ三日目じゃん? それに朝の房事は心身に健康をもたらす! これこの業界の常識ィィッ!」
「じゅ、十分毎朝だし意味不明だッ! ふあっ、や、やめッ、あ……あっ!」
トワイライトの五指が明の小尻を荒く揉みしだく。与えられる刺激によって昨晩の行為の名残、明の体の芯に残っていた熱とわずかな痛みが呼び覚まされてゆく。
「ぅくぅッ……やだ、そこばっかり、触ん、な……ッ」
「クク……ここ、よっぽど弱いんだねェ。あれあれェ、もしかして気血の流れが滞っているのかな? 転生時にもっと内丹を練っておけばよかったのか──なるほど、まだ魂魄の定着が完全ではないというわけか。なら、こっちは……」
「っぐ……ぅ」
唇と指先で触れられ、焦らされている。戯れの愛撫も一端トワイライトが思考を始めると途切れとぎれになり、次第に本格的な呪医術の施行となっていく。
「転生から三日目、か。もう少し身体のほうが元気になってくれていればいいンだがねェ。迷宮生物への免疫の反応機序が弱いか、白龍の瘴気のせいか、悪鬼どもの影響か……それともおれの錬気が足りない……? そも、肉体の規格からして急ごしらえの依代で──」
「…………おい」
「はい?」
「その……しない、のか……今朝は……」
明は視線を逸らし、火照って朱に染まった頬を隠すように両手で覆いながら訊ねた。
絹ずれの音と、やたらと耳障りな自分の鼓動が響いている。
トワイライトがすうっと目を窄めてみせた。黄昏色の瞳は明の心の奥底までを見通すように妖しくも明晰な光を帯びている。
明の手を取り、その甲に唇をゆっくりと滑らせながら、トワイライトが事も無げに問うてくる。
「アキラちゃんはシたいのォ? おれと」
「ばっ、誰がおまえなんかと……!」
転生〈手術〉時。そして昨日、一昨日と。明はこの男と褥を共にした。
半ば合意も無しに成されたそれらの行為は、房中術というある種の養生術だと聞いた。ただし、トワイライトが呪医として行うそれは殆ど荒療治で、現世で散った魂魄を明の体に固着させるための咒術だったという。
曰く、明が今の少女の体に生まれ変わるためには必要な行為だった──とのこと。
生と死、陰と陽の属性を反転させ、こちら側の世界の存在として定着させるためにはどうしてもこの方法しかなかったそうだ。
だが、三日三晩何度も行われた房事は明にとっては自分の肉体までが己を裏切るような屈辱的なものだった。
いまだって、身体はひどく疼いてこの男を欲している。
明のなけなしの自尊心さえへし折り、行為をより無惨で痛ましいものにした必死の抵抗さえも虚しく、この肉体は甘く蕩ける快楽に完全に堕ちていた。
「……へえ。なァんだ、アキラちゃん、今朝は楽しみにしてたンだ? うれしいねェ。昨晩なんかヤッてる最中、おれのこと殺す殺すって三十九回も喘いでいたのにィ」
「う、るさい! これは違う! 確かにお前のことはいつか近いうちに殺すし!?」
「じゃあ、これは?」
「いっ……ぅあぁッ」
秘所に差し入れられた指が熱を帯びて蕩け始めた内壁をなぞる。明が感じてしまうごく浅い領域をトワイライトは執拗に攻め立てた。じっくりと時間をかけて教え込まれた快楽の蕾が今また膨れ上がり、花開こうとしている。
「これは違わないんだァ?」
しなやかな指がさらに奥へと侵入、ざらりとした突起をほぐすように蠢く。
「は、ぁあっ……ちっ、ちが……っく、ぅあぁッ」
「わかってるよ、すっごく気持ちイイことくらい。アキラちゃん、とっくに経験済みだろ」
「ばっ……男となんてオレはっ」
「はい、認めたァ。女の子とはけっこうあったでしょ。だからかどうかは知らンけど、上手だから。受け入れるのも、こっち側に入ってくるのも」
「は、はいっ?」
言葉の後の部分が明を戸惑わせた。
入れる、とは。いくらなんでもそんなアブノーマルな行為に覚えは無い。
「あ、さては変な想像してンだろ。物理的な意味じゃなくて、気の流れの話さァ。アキラちゃんの中の陽気を掬いとり、おれがおれの中の陰気を受け渡す。男女ってそうやって魂魄のバランスを保つんだけど、それがなんとな~く自然なんだよねェ。うん。けっこうヤリチンだったり?」
「う……る、さい! 今朝もやるなら、さっさと済ませ──」
「ふーん、そそるねェ。そういう男の子がされる側になるって、そりゃあもうひどい屈辱だろうに。それでも自分でどうしようもなく気持ちよくなっちゃうなんて、すっごいえろい」
「てめえ……ッ」
トワイライトは毒の滴る笑みを浮かべた。明は途端にこわくなって、全力で相手を拒否しようと身構えた。
拒もうと、結局力で勝てないことはもう分かっている。昨日一昨日だって、少女の力は弱く、手練手管でねじ伏せた男は無理矢理にことをなしたのだ。それなのに、こうして抵抗してしまうのは、ぜんぶこの男の言った通りだからだ。
……ひどい屈辱。その通りだ。
だから、殺す。いつか、ぜったいに。この手で殺す。
明の視界が黄昏色に染まる──仰向けに押し倒された胸や肩の上に黄昏色の髪の束が零れた。やわからな陽の光に透けるその色彩が明には残酷なほどに美しく映えた。
「ねえアキラちゃん。忠告だけどさ、抵抗はやめておいた方がいい。どうするにせよ、おれはアキラちゃんが自分で嫌になるくらいに悦くしてやるだけだし、それに……そんなに怖がられるとこっちとしては犯りがいしかなくなっちゃうんだよ?」
「いっ! やだ、やめっ……」
トワイライトはアキラの唇を悲鳴ごと奪うと、無理やりにその体を押し開く。明の両腕は一瞬にして黒縄で縛り上げられ、抵抗の術が奪われた。
「ほらァ、ちゃんと見ててよ? せっかく朝なんだからよく見えるでしょ、おれとアキラちゃんが繋がるところ」
高く持ち上げられた両脚。無惨にも晒されたアキラの秘所に、硬く怒張した先端が押し当てられている。
「……殺、す、それ以上挿れたら絶対殺す!」
「こんなになっといてぇ?」
「っ──あぅッ」
明の体液を潤滑油代わりに己に纏わせ、トワイライトは一気に明を貫いた。
§
やがて明から身を離したトワイライトが自身を引き抜くと、内臓が掻きだされるような甘く気怠い感覚でまた軽く達してしまう。それを悟られまいと、明は眼前の男に向かって毒づいた。
「……お前は殺す。あとでぜったい、殺す、から……」
「は、さっすがァ。きみも大概折れないよねェ。アキラちゃんはどこまでもアキラちゃんってわけだ」
いまいち意味のわからない台詞を吐いたトワイライトが明の体をぎゅうと一度だけ深く抱きしめて離した。腕の拘束がようやく解かれ、明はシーツの上にどさりと横たわる。
やっと終わったと思いながら腹に軽く手を触れる。まだ奥に異物感があるが、不思議と疲れなどはなく、むしろ温かく漲る気血が全身に巡っていくのを感じた。同時に下腹部から性器にかけて蒼く浮かび上がる「勅令」の紋様が目に留まる。
どうやらまた何かされたようだ。そう悟った明は眼前で煙草をふかす男を睨みつけた。
「なんだよコレ!?」
「あ、気づいた? それ、元気になるおまじないの紋様ね」
「はぁ!? ふざけんな! こんな勝手に人の体にっ」
「おれとアキラちゃんはもう一心同体ってこと。二人でちゃあんと気持ちよくなれば二人とも元気になれる。それはその証さァ。なァに、五分もすりゃ光は消えるよ」
「そういう問題じゃない!」
「じゃ、どういう問題? それはそーと明ちゃん、この後デートの約束があるんだろォ? 風呂貯めてあるから浴びてくれば?」
「う……い、言われなくてもそうするしっ!」
「そうそ。元気、元気。それが一番」
トワイライトはそう言ってぱたぱたと手を振ってみせた。
明は黙って階下の浴室へと向かって歩き始めた。
鏡に映る少女の体は生白く、ありていに言って美しかった。
脱衣所に取り付けられた姿見で、明は自分の状態をいやいやながらに確かめてみた。
鏡の向こうから己を睨みつける薄桃色の瞳はどうしようもなく明のもので、その事実が余計に明の心をかき乱した。
明がどう抗おうと、トワイライトは己が身に付けた呪医術でたちどころに明の肉体を回復させてしまう。行為によって流れた血も傷ついた身体も今は元通り傷一つなく保たれている。明が幾ら喚こうが、あるいは泣いて許しを乞うても、あの男は明を貫き、引っ掻きまわして蕩かすのをやめなかった。それは今朝もそうだ。
それなのに行為が終わればいつも元通りになっている。不思議なことに肉体に疲労や損傷はなく、むしろ以前よりも良くなっている気さえする。
それでもトワイライトはまだ何か懸念しているようだが、それは明の知ったことではないし、知りたくもない。
「──房中術、すなわち陰道。これは男女交合の道であり、神仙がもたらした長生術のひとつだとか言われてる」
昨日、明は寝物語──もといトワイライトの暇つぶしにそんなことを聞かされた。
〈
これを男女に当てはめると、男が陽で女が陰の属性エネルギーをもつのだそうだ。加えて、一箇の人間の中にも陰陽が存在する。これら陰陽の調和があれば秩序ある生活ができ、均衡を欠けば病となって健康を損なってしまう。
そこで生まれたのが房中術。
男女が交わりながら気功法で互いの気を煉り、これらを体内に巡らせ蓄える術だ。
生命エネルギーである〈精〉は〈気〉となり、〈精〉と〈気〉は人体百脈の中を常に流れ、人間にエネルギーを供給する。そして、性交時に〈気〉は汗や唾、愛液や精液などの津液となって循環する。
気功の技と性交を一つに結びつけた房中煉気の法が有効とされたのは、この辺の仕組みが理由なんだろう。
……これ以上難しくて複雑なことは明にも分からないし、理解しようとも思わない。
出来るなら無関心を貫きとおしたい。もう何も耳に、目にも入れたくない。けれど、これ以上をこの異世界のやつらに奪われてたまるか。オレは奪い返す。奪われたツケを必ずこの世界のやつらに払わせてやる。
そのためには学ぶことが必要だった。できるだけ貪欲に、明の方から奪うくらいでないと、この先も生きてはいけないだろう。
オレは屠龍師になる。
そうして、いつかすべてを殺してやるんだ。そう決めたのだから。
浴室は甘やかな花の香りで満たされていた。明はたっぷりと湯の張られた風呂に身体を沈め、ここ数日で起きた出来事について思考を巡らせていた。
……好みの匂い。こんなことまで知られているなんて、とてもじゃないけど気持ちが悪い。
そう、知られていること。問題はそこだ。
言語はもちろんのこと、思考パターンについても乖離せずに正気を保っていられるのは、神経回路か何かを弄繰り回された可能性が高い。明はこの世界の言葉を理解し、文字が読みとれた。よく考えずとも在り得ぬことなのにそれがごくふつうに出来たのだ。ならばこそ転生時──あるいはここ数日のトワイライトの施術によって書き換えられていったと考えたほうが自然だ。
もっとも、トワイライトやジャヤについてはこの都市、この世界においても規格外の存在なのだろう。そうじゃなくちゃ、さすがに困る。それでも辛うじてコミュニケーションといえるようなやり取りが成り立つのは、やはり自分が〈生まれ変わる〉際になにかされた──あるいは何か特別なことがあったからなのだろう。
もはや自分が元の
肉体と魂魄。その両方を再構成された代償はとんでもなく大きい。ひとりではとてもかかえきれそうにない。
だから自分はあの時ジャヤを頼った。善意でも引け目でもなんでもいい、そこに漬け込み、最大限利用してやる。せめてなけなしの欠片でも、オレがオレであるために。
トワイライトのことだって、ただされるがままになっているわけじゃない。
奪えるものは奪う。知識でも気とやらでも。なんでもかんでも。
できうることはすべてやってやる。そしていつか奴を殺す。
それでも──
「っぷはッ。こんなこと、してる場合じゃない。わかってる。わかってる。わかってるのに……!」
呑気に湯あみなどしている場合ではない。こんなふうに、ありとあらゆることに焦燥感や自責の念がつきまとうのであった。
「……オレは、楽しいとか気持ちいいとか思っちゃだめなのに」
槐の甘い香りが脳を芯まで蕩かそうとしている。長湯しすぎも身体によくないだろう。といってもこの肉体によくないことなんて、どうだっていいのだが。
華奢な白い身体を引きずって、明は大量の湯気とともに浴室を出た。
問題は着替えだった。
自分を待っているのはいつもの学生服でも、ここにきた時に着せられた患者衣でもないのだから。