小国の名は、セントガリア王国。
各国の王たちが、魔王ガルダハンの討伐をあきらめるなか。この小国の王だけは、いまもまだ、どこかの国の勇者パーティが生き残っていて、魔王ガルダハンの討伐に成功するのではないかと、淡い期待を胸に抱いていた。
それというのもセントガリア王国は、魔王直轄領にもっとも近く、
「ちょっと庭を広げようか」
気まぐれを起こした魔王の眷属たちが、いつ魔物を率いて侵略してくるかわからない。
国王をはじめ領民たちは日々、息を殺すように暮らしていた。
連合軍が大敗したのち。各国では、「神託がおりた」と、次々と勇者が誕生し、独自のパーティを編成した。神託の真偽は、二の次だった。
屈強な肉体を持ち、剣技に長け、魔法に多少の耐性があり、魔物を前にしても引かない胆力とパーティを率いる統率力があれば、だれでも良かった。
そう、だれも良かったのだ。魔王ガルダハンを打ち砕くことさえできれば。
勇者と共に戦うのは、優秀な剣士や戦士。攻撃魔法を唱えられる魔術師や魔女。回復や知略に秀でた聖職者や賢者など。
各国とも、その道の
魔王ガルダハンは倒せない。それどころか、眷属の配下である魔物にすら、手も足もでなかったようだ、と。
セントガリア王国とおなじく、魔王直轄領に隣接する国の村人が、魔物に追われて逃げまどう勇者パーティを見たという噂が広がった。
50をゆうに超えるパーティを送り出し、成果のないまま数年が経った。40あまりのパーティが全滅したとの報せを受けたころ。各国は次々と手を引きはじめた。
玉座とは名ばかりの使い古した肘掛椅子に腰かけたセントガリア国王は、陰鬱とした深いため息を吐いた。
もうそろそろ、この国を捨てるべきかもしれないな。
国庫は尽きかけていた。息を殺すような生活に耐え兼ねた領民は他国に流失し、人口の減少に歯止めはかからない。
いずれこの国は、大陸地図から消えるだろう。
魔王討伐の期待も薄れ、半ばあきらめかけていた日だった。
神殿より、ひどくあわてた様子で神官長がやってきた。
「ご報告いたします。昨夜、主神イジスより、辺境の村ファトムにて、聖なる者が現れたと、神託がおりました」
「神託が……それはいつの……聖なる者だと!? それは、たしかなのか?」
神託と聞いた瞬間。まずは自分の耳を疑った国王は、次に、自身の記憶を辿った。
ちょうど一か月前。城下の様子を報告にきた騎士団長より、領民の不満がかなり溜まっていると聞かされていた。
魔王ガルダハンへの恐怖から、領民が暴徒と化すのではと不安に思った国王は、最終手段として、自国に神託がおりたと偽ることを考えついていた。
適当な若者を勇者にかつぎあげたあと、寄せ集めの人材でパーティを編成。それらしく装備をさせて、魔王城に旅立たせようかと思っていた。
そうすれば、一時でも領民の怒りや不安が解消され、自分が亡命する時間をかせるのでは、と考えていたからだ。
実際、数日前より神殿に内通者を潜り込ませ、いつでも『神託がおりた』と偽装できるように準備をしておけと密命していた。
しかし、今日もまだ、実行せよとは指示していない。
「まちがいございません。昨夜のことです。主神イジスが光となって祭壇に降臨いたしました。国王陛下に神託を告げます。北の辺境ファトム村の少年に聖なる力が授けられました」
「……ファトム?」
それはどこだ、よほど小さな村なのだろう。
聞き覚えのない村の少年を、担ぎ出した覚えはさすがになかった。そうなれば、やはり『神託』が本物なのか。
「して、神官長よ。その若者の名は、なんという」
「名前までは告げられませんでしたが、主神イジスはこう申しました。赤い月が満ちた夜。聖なる五芒星が天頂に輝いた時刻に生まれた子だ、と」
「赤い月が満ちた日……聖なる五芒星が輝いた時刻に生まれた者……神官長よ。その村に騎士団を派遣する。神殿からは、聖なる力を確認できる者を遣わせよ」
「かしこまりました」
神官長は長衣をひるがえし、神殿へと戻っていった。
額の汗をぬぐった国王は深い息をひとつ吐き、しばし考えを巡らせた。
これまで幾度となく、他国の精鋭パーティが全滅したという報告を耳にしてきた。果たしていくつの勇者パーティが、
ゼロか……いや、それはないだろう。
なにせ、セントガリアのような小国に神託がおりたのだ。
数多の神々を信仰するこの大陸で、セントガリアの主神イジスだけが神託を告げたとは、到底思えなかった。
それでも、どの勇者パーティも灼熱と瘴気の沼地に辿りつくまえに、全滅を繰り返してきた。
主神イジスの神託により、聖なる力を与えられた少年。
されど期待は……できない。
そう結論づけたセントガリア国王は、すでに夢も希望も持てないところまで追いつめられていた。
虚ろな目をした国王は、連合国の慣例にしたがい、
「騎士団は北の辺境ファトム村へいき、赤い月の夜、聖なる五芒星が輝いた時刻に生まれた神託の少年をさがせ」
そう命じた。