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第38話 ベッドイン!

「――まさか、夕飯時もリゼが家にいるなんてなあ……」


 そんなこんなでダンジョンズ・ロアも終わり、俺はすっかり家に帰り、風呂上り。

 祖母の夕飯に舌鼓を打つのはいつものことなんだけど、今日ばかりは違った。


美味しいレッカァー! このミソスープ、とても美味しいです!』


 というのも、家に帰った俺を待っていたのは、居間でミチばあちゃんの味噌汁をパクパク食べるリゼだったんだ。

 これにはさすがの俺も、ずっこけるしかなかった。


『うれしいねえ。たーんとお食べよ、お嬢ちゃん』


 しかもうちの祖父母は、孫をかわいがるような歓迎ぶりだ。

 結局、その時はツッコむ気も起きずに、俺は何も言わず風呂に入った。

 朝から晩までうちの食事の世話になってるが、きっと夕飯を食べ終えれば、ホテルなり宿なりに帰ってくれるだろう。

 実際、風呂から出た時にはもう、居間にはいなかったし。


「というか、ひとつ屋根の下にあんな美少女がいるって、ラブコメ漫画じゃねえんだぞ。なんか現実味がないというか、不思議な気分っていうか……」


 いかんいかん、何を考えてるんだ、俺は。

 確かにドイツから来た美少女がこんなに近くにいると感覚がマヒしそうになるけれど、俺はあくまでダンジョンズ・ロアに出てるだけの一般人。

 気に入られてるのは分かるが、ラブコメの主人公でもあるまいし、ここから恋事に発展するなんて、まさかそりゃないだろ。


「ふわあ……色々あったし、今日はなんだか眠いな……」


 ぐるぐると思案を巡らせていると、ふわあ、とあくびが漏れてしまう。

 さっさと寝てしまおうと思いながら俺は階段を上り、自分の部屋に入った。


「ご安心ください、エイジ様! こんなこともあろうかと、僕がベッドを温めておきました! これで主君の安眠は約束されています!」


 こんもりとしたベッドの中で待機してるのは、いつのまにか部屋にいるリゼだ。

 そうか、リゼがわざわざ体温で温めてくれたんだな……そりゃ助かる。


「ああ、助かるよ。それじゃあ、おやすみ――」







 ――いや、助かるじゃないだろ。

 ――明らかに、俺の部屋にいちゃいけないやつがいるだろ!






「――ちょっと待てぃ!?」


 ほとんど反射的に、俺はベッドに伸びそうになっていた手を引っ込めた。

 俺が我に返って飛び退くと、リゼが不思議そうな顔で首を傾げる。

 いやいや、首を傾げたいのは俺の方なんだが。


「な、なな、なんでリゼがここにいるんだ!?」

「もちろん、エイジ様の安眠の時間を守るためです!」

「しかもなんで、そんな露出度の高い格好なんだ!?」

「露出……? これは、普段の僕のネグリジェですよ?」


 おまけにリゼのパジャマ――ネグリジェとか言ったかな、そいつがやけにスケスケで、こっちは目のやり場に困るんだよ。

 ドイツじゃあ、これくらいきわどい寝間着が流行ってるのか。


「それよりもエイジ様、この部屋はあまりに無防備すぎます!」


 どうにも困った顔で頭を掻いていると、リゼが金色の髪を揺らして力説してきた。

 髪を下ろした様子からして、俺の知らない間に風呂にも入ってるっぽいな。

 ということは、俺とすれ違いで湯船に……鼻血が出そうだ、考えるのはよそう。


「騎士はいつ何時でも主君を守るもの! 今や有名人となられたエイジ様を狙う不届きものが、夜闇に紛れて襲い掛かってこないとも限りません!」

「ないない、そりゃないって!」

「そこで僕がベッドに入ることで、エイジ様の安全と安眠を守るのです!」

「俺の話聞いてる!?」


 こっちのツッコミもお構いなしで、リゼはベッドをパンパンと叩く。


「さあ、どうぞ恥ずかしがることなく、ベッドに飛び込んできてください! 僕は体温が高いので、ご覧の通りベッドもぽかぽか、エイジ様の心も温まること間違いありません!」

「できるか! ホテルを取ってるのか、ケイシーさんに宿を用意してもらってるかは知らないけれど、俺が送るからさ!」


 俺はリゼをベッドから引きずり出そうとした。

 でも、彼女を引っ張り出すことはできなかった。


「……エイジ様……」


 リゼが捨てられた子犬みたいな目で、こっちを見つめてくるからだ。

 もうじき散歩も終わりだとか、好物のドッグフードはないとか、飼い主に残酷な宣告をされた時に飼い犬が見せる、あんな感じの表情なんだよ。

 うるうると瞳を揺らすさまを見せつけられちゃ、なんだか俺が悪いことをしてるみたいじゃないか。

 そしてこんな顔をされて無視できるほど、俺はやり手の人間じゃない。

 自分の甘さに呆れながら、俺は肩をすくめた。


「……分かった、分かった! 今日だけは一緒にいてもいいから、そんな顔しないでくれ!」


 ほとんど諦めた調子で告げると、リゼの顔がぱっと明るくなった。


「なんという慈悲深さ! ありがとうございます、エイジ様!」

「慈悲深いというか、あんな顔されちゃあな……」


 そして俺のつぶやきなんてお構いなしに、彼女は俺をベッドに引きずり込んだ。

 ふわっと香るラベンダーの匂いが、鼻孔をくすぐる。


「ふふふ、主君をこんなおそばで守護できるなんて、騎士冥利に尽きます!」


 ついでにリゼはさっきからずっと密着してくるから、なんかもう、色々全部くっつく。

 考えるな、右腕にふわふわと当たってるものについては一切考えるな。

 とにかく頭をよぎる良くない発想を紛らわすために、俺は思い出したように話しかけた。


「……そういえば、リゼがどうして俺の騎士になったのか、ちゃんと聞けてなかったな」

「おや? 確か、ソーマ・エレクトロニクスの前でお話ししたかと……」

「でも、父さんの話だってまだ、聞けてないしさ」


 ふむ、と後ろでリゼが首を傾げたのが、何となく分かる。


「前にも言ったけど、俺は昔の記憶が歯抜けみたいに消えてるんだ。だから、父さんにつながる話なら、どんなものでも聞いておきたくて……」


 もちろん俺だって、リゼが嫌がるなら、話を切り上げるつもりだった。

 さっさと寝ちゃおうとか、忘れてくれとか言ってはぐらかすつもりだった。


「――僕が過去を話さないのは、僕がどうしようもない愚か者だったからです」


 だけど、リゼは俺の問いかけに応えてくれた。

 さっきまでと打って変わって、どこか後悔と反省の混ざった声色で。


「しかし、主君に隠し事をするなど、騎士としてあるまじき恥。それに、エイジ様のためならば、隠すなどもっての外です」

「リゼ……」

「最初から話します。どうして僕が、騎士を目指したのかも」


 昨日までの彼女とは違う声の、その理由。


「あの時の僕は――罪を犯すのにためらいのない、どうしようもないクソガキでした」


 それはきっと、自分自身への怒りなんじゃないかと、俺は思った。

 リゼの話を聞きながら、俺は自然と古傷がうずくのを感じた。

 そんなこと、今まで一度だってなかったのにな。

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