ダンジョンズ・ロアのゲームが終わってから、俺は冒険者の控室に来ていた。
「お疲れ様、深月」
アーマーを脱ぎ終えた深月に声をかけると、彼女が駆け寄ってくる。
こうして歩いているだけでも周りの視線を集めるんだから、やっぱり深月は生まれ持ったカリスマというか、美貌があるんだよなあ。
「瑛士、見に来てくれてたんだ」
「たまには高ランクのダンジョンバトルを見て、勉強しないとな。ま、深月の場合はレベルが高すぎて、とても俺じゃあ真似できないけどさ」
俺が肩をすくめると、深月が首を横に振った。
「そんなことない。私の戦い方は、ディバイドの高機動戦術にも応用できる」
きゅっと俺の手を握って、深月が珍しく微笑みかけてくれた。
なんだろう、こんな彼女に何かをお願いされたら、どうにも断れない雰囲気がある。
「今からプラクティスルームで教えよっか。私が手取り足取り――」
でも、今回ばかりは深月のお願いは俺に通じなかった。
「エイジ様ぁ~っ!」
「ぶぐぉッ!?」
どこからか飛び出してきたリゼのタックルが、俺の脇腹に直撃したからだ。
俺を見るやいなや飛び込んでくるさまは、まるでゴールデンレトリバーのようだ――柔らかさと容赦のなさは、リゼに軍配が上がるけど。
「見てくれましたか、騎士の名にふさわしい僕の戦いぶりを!」
「お、おう、見てたぞ……ありゃ、カッコよかった……」
「~~~~っ! 我が主君に褒めていただけるなんて、ありがたき幸せです!」
脇腹を抑えながら起き上がる俺のそばで、リゼが身をくねらせる。
ついでにくねらせてるといえば、深月がなんだか髪を怒気でくねらせてるな――いまだになんで深月がここまで怒ってるのかは、さっぱり謎なんだけれども。
そのうちふと動きを止めて、リゼは俺をちらりと見た。
「そ、それで、エイジ様?」
「ん?」
「あの戦いで、僕はエイジ様に忠誠と己の力を見せ、勝利を捧げました。それで、その、良ければですが……褒美を、いただきたいのです」
「褒美って……確かに、あのブラッドグリフォンを倒したのはすごかったな。いいよ、何が欲しいか言ってみてくれ」
俺はリゼの望みを、自分でも驚くほどあっさりと快諾した。
だって、褒美といっても、せいぜいコンビニのホットスナック程度だろ。
「ご、ごほん! ではエイジ様!」
「もちろん、俺の財布の届く範囲でな。缶コーヒーとか――」
「僕とトーキョーエリアで、
「でええええ!?」
そんな予想は、あっさりと裏切られた。
待合室中に響く声でデートを申し込まれた俺は、見事にすっ転んだ。
しかも大胆発言をぶちかました当の本人はというと、なんだか分からないけど覚悟を決めた表情だ。
「エイジ様の下で仕える覚悟を決めた僕ですが、お恥ずかしながら、まだ貴方のことをまるで知りません! 主君と騎士の在り方は、互いを深く知ってこそであるというのが、アイレンベルク家の家訓です!」
ぐっと拳を握るたび、決意を語るたびに、大きな胸がゆさゆさと揺れる。
周りの男性冒険者の目線は、リゼの胸部と俺を交互に見てる。
「そこでぜひ、逢瀬を通じて貴方を知りたいのです、エイジ様!」
「あ、あのな? 褒美ならやるとは言ったけど、デートはまた別……」
そう言おうとすると、今度はリゼがうるうると目を潤ませて俺に顔を寄せてきた。
「いけませんか? エイジ様、僕と出かけるのはお嫌でしょうか?」
「うっ……」
やべえ、周りの視線も加味して、断ったら俺が悪いパターンだ。
もちろん美女とのデートが嫌ってわけじゃないんだが、俺には断っておかないとどうにもやばくなってしまう理由がある。
「ええと、俺はその、悪い気がしなくもないんだけどさ……ほら、隣にいる子が、なんだ、すっげえ顔をしてるからさ?」
俺の隣で、「すごい顔」をしている深月だ。
「私の前で瑛士を誘うなんて、命知らずか、決闘を挑んでるのか、どっちかだね」
なんだか幼馴染として独占欲が出てるらしい彼女は、いきなり俺と腕を組んできた。
「瑛士、今週の予定は全部キャンセル。私とデートしよう」
「うええええっ!?」
そんでもって、こっちからも爆弾発言が飛んできた。
そりゃあ、深月と過去にデート(という名目のただのお出かけ)は何度かやって来たけれど、今ここで提案するのはすごく危険なのでは。
だって、リゼの闘争心に火をつけてしまったのは、誰の目にも明らかだぞ。
おまけに彼女は、深月と逆方向から俺を掴んで引っ張り出す始末だ。
「むっ、ミツキはどうやら僕と主君の関係に嫉妬しているのですね!」
「嫉妬じゃない。瑛士と私が一緒にいるのは当然だから、リーゼロッテさんは諦めて」
おいおいおいおい、両方から引っ張るのは勘弁してくれ。
もうちょっと力を入れられると、多分俺が彩桜/瑛士になっちゃうから。
「ふん、やりやがりますね、ミツキ!」
「リーゼロッテさんも、なかなかの命知らず。さっきの言葉は訂正する、ちょっとだけ、気に入った」
しかも知らないうちに、俺を挟んでちょっと仲良くなってんじゃねえよ。
「まーたやってるよ、彩桜のやつ」
「リーゼロッテ様にあんなに気に入られるなんて……」
こっちは周囲からの、ちくちくした痛い視線に必死に耐えてるってのに。
羨ましいなら変わってやろうか、いつ引き千切れるか分からない恐怖を教えてやろうか。
とにもかくにも、現状を打破しないと本当に真っ二つだ。
「じゃ、じゃあ、こういうのはどうだ? 今度のレイドバトルについて、どこかテキトーなお店で飯でも食いながら、俺が教えてもらうってのは?」
俺が大声を張り上げると、ふたりが俺を引っ張るのをやめた。
気を逸らすのも理由のひとつだけども、俺がレイドバトルの素人ってのも事実だしな。
「デートってのは、そりゃ、何というか……ちょっと、早いんじゃないか?」
……ま、気恥ずかしいってのが、一番の理由だよ。
そんな風に説明すると、俺を引っ張っていたふたりが顔を見合わせて、こっちを見た。
「ふふっ! ではエイジ様、明日は愛の語らいを楽しみましょうね!」
「私も楽しみにしてるね、瑛士」
よかった、なんだか知らないが和解に至ったらしい。
これもこれで、ひとまずの和解なんだろうけども。
それにしても世の中にはいくらでもイケメンがいるだろうに、どうして俺なんだろうか。
「……お、おう……?」
どうにも疑問を拭えないまま、結局俺は、ふたりを連れて施設を出る羽目になった。
シティエリアを出るまで、周りの視線はずっと俺に突き刺さったままだった。