翌日。昨日に引き続き、快晴。
校門で妹と分かれた俺は高等部の校舎目掛けて歩いていく。可愛い妹の中等部入学式ばかり気にしていたが、俺も初めての学校なので少々、いやかなり楽しみだ。
ちなみに今日もルナにはネックレスを持たせている。アップデートもしている。
(キランからの
入学式の話では確か、昇降口に今年1年を共にするクラスが張り出されているはずだ。
塵もほとんど見えず綺麗に並べられたレンガの道の上、等間隔で両サイドに植えられた新緑の樹木の下を堂々と歩く。
多種多様な貴族が通うこのシエル学園では、『在学中は、爵位・平民といった身分に関係なく、同じ扱いを受ける』と規則にも記されている。
しかし、4大侯爵家の1つ──シュラインド家の長男である俺の胸元には、『シュラインド家』であることを証明する家紋がある。それのせいですれ違うだけで珍しいものを見るような視線を送られるし、少し萎縮もされる。
元日本人としてはかなりむず痒いし、今後関わり方に気をつけて少しずつ慣れてもらおう。
「きゃ……っ!」
そこまで長くもない道を歩き、昇降口とその前に群がる生徒のもとに辿り着くという頃。か細い悲鳴が聞こえると、眼前で女子生徒が尻もちをついた。
それは『つまずいた』というより『突き飛ばされた』というような様子だった。
「おいおい、平民風情が俺より前に立つなよ!」
マジかよ……こういう小物貴族って本当にいるんだな。
というか、シエル学園は貴族:平民が7:3なんだしそんなこと言ってたらきりがないだろ……。
いくら規則で『平等な扱い』と記されていようと、周りの貴族が俺に萎縮するように、平民を毛嫌いする貴族もそれなりにいる。
それに、こいつは学園内とはいえ平民が貴族に言い返すのが
ここまで分かりやすく表に出して、しかも相手を傷つける。彼女が全く知らない人とはいえ、さすがに看過できないな。
「ふん。大人しく俺の後ろに立ってるんだな!」
「それは俺もか?」
「あ? ……って、おお、お前は……ッ」
顔から胸元の家紋への、わかりやすい視線移動。そして口を情けなく開けたまま、2歩3歩と後退りする。
「いやはや、シエル学園は『身分に関わらず平等な扱いを受ける』と聞いていたのだが……それに従えば俺もお前の後ろに立つべきだよな?」
「い、いや…………っく、なんでもねぇ……っ!」
男爵家の家紋を身に着けた男子生徒はそんな捨て台詞を残し、足早にどこかへ走り去ってしまった。
ったく、ちょっと遊んでやろうと思ったのに……すぐに逃げ出す程度なら最初からやるなってものだ。
はぁと小さくため息をつきつつ、地面に倒れたままぽかんとした顔の女子生徒の方を向き、手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「あ、え、えと……だ、大丈夫、です……」
反射的に俺の手を掴もうとしたが、寸前で俺がシュラインド家の者であることを思い出し正気に戻ったのか、あたふたしながら1人で立ち上がった。
「ふふ、シエル学園内なのだから身分など気にしなくていいんだぞ?
「そ、それは分かっているんですけど、どうしても……って、ど、どうしてわたしの名前を!?」
「あ、やっぱり合ってたか?」
サーレ、15歳。平民出身のため家名はない。
ミディアムに整えられた、黒絹のように艷やかな黒髪。驚き見開いた瞳は、吸い込まれると錯覚してしまうほどの漆黒。
端正な顔立ちに、引き締まった体つき。
平民出身の彼女を俺が知っている理由──それは彼女が
平民は基本、『特待制度』を使って入学してくるため、成績は良い人が多い。しかし、根本的な教育の質は金銭的な問題もあって貴族には劣ってしまう。
その中での──首席入学。俺は入学前から注目していたので、「もしや」と思っていたが、やはりサーレ本人だったようだ。
ちなみにだが、入学試験は高等部だけである。中等部は無かったため、俺もギリギリまで知らなかったのだ。
「首席入学だったろ? 俺もかなり頑張ったんだがサーレにだけ勝てなかったんだ。それで覚えてたんだ」
「あ、なるほど……そ、それじゃ、同じAクラスなんですねっ!」
「そういうことになるな。それと、俺に敬語は無くていいからな。シエル学園の同級生として、そして友達としてな」
「でも……ううん。分かりました……じゃなくて、分かったよ! よろしくね、サエル……くん?」
「あぁ。よろしくな」
シュラインド家の俺と平民出身のサーレが仲良さそうに話しているのを見た周りの生徒がざわざわとし始める。
よしよし、印象は良い感じになったんじゃないか? もちろん、それだけが目的ではなく、サーレと友達になるのがメインだったがな。
…………クハハハハ! これでルナに何かあったときに助けてもらえるし、なんなら魔王を倒してくれるかもな……っ!
魔王を倒すことは、結果的にルナを守ることになる。だが、俺はルナのもとを離れるわけには、決していかないッ!!
サーレ、任せたぞ!