(新星歴4817年8月10日)
四季のあるファルスーノルン星ではこの時期やはり暑い。
どうしても麗しい女性たちが薄着になるため、世の純情で健康な男子は目のやり場に困る季節だ。
あの事件以来、かなりの広がりを見せた『オーブ』によるきっかけから始まる騒動。
回収された後もなお、少なくない影響をこの星に住む住民たちに与えていた。
つまり節制の効かない人たちが目立ち始めていた。
レイノート大陸の北部に位置する火の神を奉るナグラシア大国も、その影響が露見し始めていた。
ナグラシア王国は、火の神であるアグアニードの性格を反映したような、強さがかなりの権力を持たせる国民性を有している。
現在の王ガランド・ジスターブも少数しか現存していない『火喰い族』と呼ばれる特殊能力を有する種族の猛者で、存在値は4000を超える。
正に人外の強さを誇っていた。
因みに眷族の第10席に名を連ねている。
「お前はさー王様だろー。いつも呼べないからーそんくらいだなー」
とか言われて悔しかったのを覚えている。
実力はイアードに次ぐ2番目なのだが。
王の在任期間は決まっていない。
問題がない限りはアグアニードが決めるまでは変わらないのだ。
細かい規律や内政については天才のアースノートが、ゲームで負けた時の条件で草案を作成していた。
つまりあり得ないほど効率的で、意外にも国力は非常に高く、住民も幸せに暮らしている。
※※※※※
「おいっ!!良いから今夜は俺に付き合えやっ!……へへへっ、たっぷり可愛がってやるからよ~」
見るからに野蛮そうな男が、兎獣人族の可愛い女の子の腕をつかみ強引にナンパしていた。
「いやっ、放してください。わたしはそんなつもりじゃ………」
食事処でウエイトレスをしている兎獣人ミンはこの店の看板娘だ。
頭から覗くうさ耳は可愛らしく、大きめの赤っぽい瞳がチャーミングだ。
小さな鼻に、薄いピンクの唇が可愛らしさに拍車をかける。
茶色の髪を丁寧に結いこんであり、清楚な雰囲気の16歳くらいの女の子だ。
店長の趣味かどうかはわからないが、ピチピチの白いTシャツは胸部を強調している。
短いズボンから覗く白く美しい長い脚は、いつも視線を感じるほどだ。
清楚な顔に、煽情的な体のアンバランスさが、集客に大きな影響を与えているのは言うまでもない。
まあ、若い男性に限っての事ではあるが。
「さっきから俺様を熱い瞳で見つめておいて、いまさらそんなこと言ったって、俺様はもう我慢できないんだよ」
昼間なのにエールを飲んで酔っぱらっているらしい。
赤い顔をした男の欲望はますます膨らんでいった。
そう言って掴んでいる腕を強引に自分に引き寄せる。
はずみで思わず抱き着く格好になってしまう。
強調された胸が座っている男の顔に当たってしまった。
「へへへっ、いいもん持ってんじゃねえか」
男はいきなりわしづかみにし、手をいやらしく動かす。
「痛っ!!……いや……離して……」
夜のお店でない食堂でのトラブルに、他のお客は固まってしまった。
「イヤッ………いやあ……グスッ………ひっく……」
思わず泣きだすミン。
そこへ颯爽と2mはあるドラゴニュートが扉を開けて駆け付けた。
ドラゴニュートは男の手をつかみ、ねじるようにひねった。
「グアッ!イデデデデデ、てっ、てめえ!何しやがる!!!」
堪らず床に転がる男、大きな足の蹴りが男の腹にめり込む。
「ぐはっ……おえええーーー」
「お嬢さん、大丈夫かい?まったく昼間から盛りやがって」
ドラゴニュートは優しく手を取りミンを立たせてあげた。
見た目にそぐわぬ紳士的対応に思わずミンは顔を染める。
「あ、ありがとうございました……助けてくれて……ヒック、ぐすっ……」
怖かったのだろう。
安心してまた涙が止まらなくなってしまった。
「おい店主!!少しは衣装考えてやれ!こんな格好じゃコイツみたいな馬鹿がわんさか出るぞ。ただでさえ暑いんだ。何ならお前がパンイチで接客してみろ。気持ちがわかるだろうよ」
思わず店内に笑いが起こる。
嫌な雰囲気が一掃された。
「いやー、俺がパンイチって、店潰れちゃいますよ?」
店主の一言がさらに笑いを誘うのだった。
野蛮な男は警ら中の自警団に連行されていった。
※※※※※
ドラゴニュートの男は、大盛りのパスタに舌鼓を打っていた。
お礼だからと聞かない店主に奢られていた。
「なあ店主。こんなに旨いんだ。あの子の格好考えてやれよ。うまい飯だけだって十分客は来るだろうに。むしろ清楚なあの子に似合う格好にしてみろ。女性客だって増えるぞ」
この店の男性率は異常だった。
まるでガールズバーのようなウエイトレスの格好に多くの住民が引いていた。
「うっす。ありがとうございます兄貴」
「誰がお前の兄貴だ」
「いやー、さっきは本当格好良かったです。男の俺も惚れちゃいますよ」
「冗談は顔だけにしろ」
そんなやり取りを、ミンは熱のこもった瞳で見つめていた。
「兄貴、せめて名前だけでも教えてくださいよ。ミンの親にも知らせないと」
「そんなつもりじゃねえんだ。たまたまだ。気にすんな」
ドラゴニュートの男はそういって席を立った。
ミンと思わず目が合う。
「お嬢さん、店主が改善してくれるだろうから、怖いと思うが頑張ってみてくれ。次来た時にお嬢さんがいなかったら少し寂しいからな………もし改善しなかったら俺がまた言ってやるから」
そう言って豪快に笑い「旨かった」と言って男は店を後にした。
「兄貴かっけー」
店主のつぶやきがミンの耳にいつまでも残っていた。
※※※※※
彼の名はナハムザート・レイオン。
92歳のドラゴニュートだ。
長寿の種族故、見た目は20代後半だ。
まあ、ドラゴン顔でいまいち判断はつきにくいが。
存在値は1200を超えており、ドラゴニュートの中では相当の猛者だ。
オレンジ色の眼光を宿し、世の中の悪意を滅ぼす旅を続けていた。
自分の犯した罪を少しでも償うために。
天命を全うするために。
彼は2か月ほど前、騎士団の仲間を20人以上自らの手で殺していた。
※※※※※
(新星歴4817年6月8日)
武を貴ぶナグラシア王国において、力比べはどこの組織でも取り入れられており、回復魔法が普通にあるこの世界では、結構な大けがを伴う模擬戦もしょっちゅう行われていた。
王であるガランドの通達により、回復士がいない所では禁止されていたが、慣れているためそこまで徹底されていないのが実情だったりもするのだが。
国防軍第3部隊の小隊長として任命されていたナハムザートは、この日同じ小隊長を務める魔族ハルミット・カムサルから訓練場へ向かう通路で対抗戦の打診を受けていた。
ハルミットの親は王国で副将軍の座に就く実力者で尊敬できる人だが、こいつは親の威光を笠に、くだらないことをする小物だった。
恵まれた種族にもかかわらず、存在値は400ほどしかない。
ナハムザートに出世欲などはみじんもなかったが、対極に位置するコイツの嫌がらせにはほとほと嫌気がさしていた。
「なああ、ナハムザート。たまにはガチンコで勝負しないか?お前ら強いくせにいつも手加減するからなまりまくってるじゃねえか」
「ああ?馬鹿野郎。俺たちは条件つけて訓練してんだ。お前たちみたいにみだらに力を誇示したりはしないんだよ」
「はあ、さすがお強い皆さんは言うことが違うねえ。たった7人の小隊のくせにお強いもんなあ……いいさ、怖いなら怖いって素直に言えばいいのによおお!」
聞き捨てならない言葉に、思わず反応してしまった。
いつもならこんなたわごと、気にもしないのに。
「ああ?怖いだと?ばかばかしい。そんなはずないだろうが。お前らじゃ相手にならねえって言ってんだよ」
「そんなに言うなら試してみればいいじゃねえか。ほら、いつでも相手になってやんよ」
「今頃お前たちの連中もひどい目にあってなきゃいいけどなあ!!」
いつも俺の顔色を見ておどおどしているコイツにしては態度がおかしい。
少し冷静になったナハムザートはハルミットの言葉に嫌な予感がし、踵を返して自分の詰め所へと向かった。
そして、詰め所で起こっていた事態に固まってしまった。
ハルミットの部下3人が、ナハムザートの部下であるエルフ族のミュイムストを凌辱していたのだ。
その周りには武装したハルミットの部下10人ほどと、血だらけで息絶えた5人の部下がころがされていた。
「!?……何を……」
後ろから嘲り笑う声が近づいて来た。
10人ほど武装した男たちを連れて。
「だからあ、なまりまくってるって言っただろ?奇襲ですぐ死ぬんだからなあ」
そう言って死んでいる部下を蹴り飛ばした。
おもむろに凌辱されているミュイムストの髪の毛をつかみ、無理やり立たせ、胸をわしづかみにする。
「可哀そうになあア…隊長様が頼りなくてよお「隊長、助けて」ってさんざん泣いていたのによお。へへっ、まあいい味だったぜえ」
そして床にたたきつけた。
ナハムザートの視界が真っ赤に染まった。
※※※※※
気が付いた時、ナハムザートの詰め所には地獄が広がっていた。
ハルミットだったものは四肢をもぎ取られ、原形をとどめていないものも多く、辺りは咽かえるような血の匂いが充満していた。
自分以外に動く者はおらず、傍らには息絶えたミュイムストが倒れていた。
ナハムザートは膝から崩れ落ち、咆哮を上げる。
途中から感じた、力をふるう快感に、気が狂いそうになる後悔を乗せて。
憎さが爆発し、歯止めが利かなくなる心におびえながら。
※※※※※
「あー、大丈夫―?見た感じお前は悪くないよー。だからあんまり気にしないで―」
ひとしきり泣いて茫然としていたナハムザートは、突然声を掛けられ我を取り戻した。
「っ!??」
跪くナハムザート。
そこには火の神アグアニードが佇んでいた。
「まあ、今回のことは、お前のせいではない。真核を見ればわかる……せめて弔ってやれ」
「はっ!」
アグアニードはナハムザートの肩に手を置き、優しく口を開いた。
「しばらく休むといい。お前の心の中の悪意は取り除いた。王には俺から言っておく」
そして神は姿を消した。
ナハムザートは駆け付けたほかの小隊の仲間とともに、大切な部下と憎いアイツらをとりあえず弔ったのだった。
王には止められたが、ナハムザートは自ら責任を取り、軍を抜けた。
あの後ひょっこり神が自分に会いに来て驚いたりもしたが。
理由は教えてくれなかったが、制限できずに暴れる人族が増えているらしい。
それから俺には何か因子があるらしく、強い心でいれば呑まれないらしいと言われた。
これは天命だ。
俺はナハムザート・レイオン。
世界を回り、悪意を滅ぼす旅に出る。
この誓いを忘れないために。