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第104話 運命の戦友たち

(新星歴4817年12月23日)


ナハムザートは悪意に飲まれた人たちを助ける旅を続けて、ここアナデゴーラ大陸の中央にあるドルク帝国の南部に位置するミユルの町にたどり着いた。


季節は冬を迎え、北部を高い山々に囲まれたアナデゴーラ大陸は吹きすさぶ寒風に見舞われていた。


種族的に寒さに強くない彼は御大層な防寒着に身を包み、腰には2本の長さの違う剣を帯剣し、もともとでかい体をさらに大きく着ぶくれさせ、街を歩く住民に訝しそうな視線を向けられていた。


「うう、寒い。これでは戦いどころではないな。おっ?ちょうど食事処があるな。あそこで飯と休憩とするか」


食事処「マサオのなごみ亭」と書かれた看板を横目にナハムザートはドアを開く。

店内の魔刻計は13時30分を表示していた。


「いらっしゃい。好きなところに座ってくれ」


元気の良い掛け声に、期待できそうだとナハムザートは大量の防寒着を脱ぎながら、4人が座れるようなボックス席に腰かけた。


家庭的な落ち着く内装と楽しそうに談笑する客を見て、ここはあたりだとほくそ笑んだ。

座席の7割くらいにお客が座っており、昼を過ぎたというのになかなか繁盛している。


カウンターの上にある、魔道具だろうか、色とりどりの発光する魚みたいなのが泳いでいる様が目を楽しませてくれた。


「メニューをどうぞ!」


元気な10歳くらいの女の子が水とメニューを持ってきてくれた。

目のくりくりとした、大きめのエプロンをしている元気そうな子だ。


「ああ、ありがとう……この『店主のお薦め』ってやつを大盛りで頼む。あとホットワインがあればそれも頼みたい」


そう言いながら銅貨を1枚渡してやる。

チップだ。


「っ!かしこまりました。ありがとうかっこいいお兄さん」


嬉しそうに厨房へかけていく女の子。

思わず笑みがこぼれる。


ホットワインを楽しみながら外の景色を見ていたら、頭から角をのぞかせた中年の魔族らしき男がニコニコしながら料理を運んできた。

店主だろう。


「旦那、さっきはチップありがとうな。ネイルのやつ喜んでいたよ。ああ、さっきの子だ。隣の子でたまにここで働いてくれてるんだよ。まだ小さいのにしっかりしていてなあ。おっと、話が過ぎたな。お待ちどうさま」


旨そうな匂いと湯気を立てながら、大皿に乗せられた料理に思わず腹が鳴る。

サービスだよと言って出してくれたスープも具沢山で旨そうだ。


「ああ、それじゃあいただくよ」


期待以上のうまさに、我を忘れかき込むナハムザートだった。


※※※※※


食事を済ませ一息ついたころ、ちょうど客も捌け店主の手が空いたタイミングでナハムザートは声をかけた。


「店主、うまかった。良い腕だ……ちょっと聞きたいことがあるんだが良いか?」

「ありがとう、嬉しいな。ああ、何でも聞いてくれ」


「この町のおすすめの宿屋を紹介してもらいたいんだが。何しろ初めて来たんだ。この寒い中、彷徨さまようのは、ちょっとな」


「ああ、旦那旅人かい?冒険者にしちゃ上品だもんなあ。おっと失礼。ええとこの町は規模が小さいし今は冬だからな……旦那、少しぼろいが問題ないかい?」

「かまわないさ。寝るところがあればいい……最も寒いのは勘弁だが」


思わず防寒着に目をやる。


「それは問題ないよ。ここは寒いから、そういう作りになっている。店の隣がさっきいたネイルの母親が経営する宿屋なんだが、ちょっと事情があってな。泊ってやってくれないか」


店主がなぜか悲しそうな顔をした。


「ああ、それは助かる。何しろこの見た目だからな。慣れてない人からは結構警戒されるんだよ。さっきの子なら俺を見ても驚かなかったからな」


そして俺はしっかり防寒着を着込み、代金を払って店を出た。

近いといっても外に出る。

俺は本当に寒さがだめだ。


ほんの数メートル先に宿屋の入口があった。

俺はドアを開け中に入った。


カランカランと音が鳴る。

こぢんまりとしているが家庭的な雰囲気に思わず俺は顔を緩めた。


「いらっしゃいませ!…あっ、さっきのかっこいいお兄さん。泊りですか?」


ネイルが嬉しそうに声をかけてきた。


「ああネイル?だったな。さっきぶりだ。偉いな店番もやるのか?」


少し寂しそうな表情を浮かべた。

頭を振るそぶりをしてにっこりと笑い言葉をつづけた。


「食事は別で1泊銅貨4枚です。お風呂は17時から5刻の間利用できます。朝食はサービスです。パンとスープだけですけど」


「じゃあ、10日間頼む。食事は夕食か?それも頼みたい」

「ありがとうございます!ええと……銀貨5枚です」


「ああ、ありがとう」


俺はそういって銀貨6枚渡した。


「えっ?多いです。5枚ですよ?」


「俺は体がでかくてベッドが痛むと困る。それは保証料な様なものだ。受け取ってくれ」


ネイルはなぜか涙ぐみながら、部屋の鍵を渡してきた。


「ぐすっ、ありがとう……えっと」

「ナハムザートだ」


「はい。ナハムザートさん。これカギです。2階の突き当りの部屋です。出かけるときは預かるので出してくださいね」


「ああ、ありがとう。今日はさっき食べたから夕食はいい。休ませてもらう」

「えっ?料金………」


俺は手早くカギを受け取り「チップだ」と言い、2階へ上がっていった。

201号室と書かれた部屋に入り防寒着を脱いで、ベッドへ倒れ込んだ。


……ネイルが泣いていた。


あんな小さな子が店番をしていて、カウンターの中の部屋に人の気配がしたが出てこなかった。


やけに弱々しい波動を感じた。

おそらく呪いの類だろう。


「ふうー。もしかしたら『ビンゴ』かもな」


俺は目を閉じ、温かい部屋に感謝しながら眠りについた。


※※※※※


「たのもう」


吹雪の中、今日も又ムクはグースワースを訪れていた。

もうかれこれ1か月以上毎日訪れる。


そして恐ろしいほど良い姿勢で、いつも10刻以上立ち続ける。

入り口の中で俺とネルは顔を見合わせていた。


「流石に気の毒になりますね」

「……だが男だ」


拗ねるノアーナ。

思わず笑ってしまうネル。


「一度話だけでも聞いてあげたらどうですか?ノアーナ様は皆の信望を集められておられる偉大な方です。そんな狭量きょうりょうでは、名が下がりますよ?」


「………ネルは良いのか?」

「ん?何がですか?」


「だから、俺以外の男が拠点にいても良いのか?……あああ、心配だ。ネルは可愛すぎるんだ。絶対に惚れる。だめだ、いっそのこと殺すか」


流石に考えがやばすぎる『ネルを愛しすぎる』男。

ネルはため息を吐いてあきれた口調で言い放つ。


「ノアーナ様はわたくしを信じてくれないのですね」

「っ!?」


そして信愛を込めた瞳でノアーナを真直ぐに見つめる。


「わたくしが他の男に興味を示すとお思いですか?」


そしてノアーナはネルを抱きしめる。


何度も繰り返される茶番に、いい加減げんなりするネルだった。

……まあ、そのたびドキドキが止まらないのだが。


結局渋々中に招き入れ、あまりのムクの熱き思いに折れたノアーナが、雇うことを決めたのだった。


まあ、幾つかの条件を無理やり概念で縛ったのだが。

それはまた別のお話。


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