メレルナの部屋へ行く前に、俺は皇帝のディードライルに念話を送り、ダリルを保護することを伝えた。
政治上は廃嫡のうえ流刑ということで処分するようだ。
そして気になることがあるといわれ、この茶番が終わったら再度向かうことを約束した。
ダリルは自動タイプの琥珀石を三つ置いた真ん中のベッドで寝かせてある。
ムクについていてもらっている。
頼れる部下だ。
問題はないだろう。
「こちらでございます」
カイトが部屋の前で立ち止まり、こちらを見た。
突然部屋の中から大きな怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
「ふざけんな!!このくそ女!!あたしは皇后になるんだ!お前なんか死刑にしてやる!!」
「パンッ!…ガシャン……‥ドスッ………」
「…………!?………」
「バーカ!!ブース!!死ねっ!!出ていけ!!!」
何かが割れる音と、とても大人の女性が口にするようなものではない言葉とともに、侍女頭のマイラが部屋から出てきた。
こちらに気づき、驚いた表情のマイラ。
しかしすぐさま奇麗なお辞儀をする。
「っ!……失礼いたしました。お見苦しいものを」
顔が腫れていて、血が滲んでいた。
叩かれたか引っかかれたのだろう。
眼が少し濁り始めている。
「いや、問題ない。ネル、直せるか?」
「はい。マイラさん、こちらへ」
回復魔法の詠唱を横目に俺はカイトをちらりと見た。
感づいたカイトは優しくマイラの肩に手を置き、琥珀石に魔力を込めつつ話しかける。
「マイラ、すまなかった。今日は帰りなさい。明日は暇を与えよう」
「っ!……ありがとうございますご主人様」
濁っていた目が浄化されたようだ。
「はい、もう大丈夫です……お疲れさまでした」
ネルの治療が終わり、マイラは奇麗なお辞儀をしその場を離れていった。
部屋に入ると、色々なものがメチャクチャになっており、ベッドの上で何故か下着姿のメレルナがこちらを見つめていた。
部屋に気持ち悪い匂いが充満していた。
目に見えるほどの悪意が渦巻いている。
「これは
俺は思わず呟く。
すると突然メレルナが弾かれたようにベッドから飛び降り、俺に抱き着こうとしてきたのだ。
「ああー、すごくいい男♡私を抱きしめなさい!!」
俺の体に不快な呪言が纏わりついて来た。
程度の低いものだ。
当然俺には効果はない。
突然まるで瞬間移動したかのようにネルが俺の前に現れ、汚いものを触るような顔をしながらメレルナの額をわしづかみ持ち上げた。
そして般若のような顔に豹変する。
「お前のような不遜のものが、いと高きノアーナ様に近づくとは……千回くらい死ね」
鬼が立っていた。
やばい。
失禁しそうだ。
「いたっ!、いたた!!、いたーい!!!なんだよ!邪魔すんなブス!」
「あら、眼も悪いのですね」
「何、を………」
吊り上げられた状態で、ネルの顔を見たメレルナは、あまりにも美人なネルの顔に固まった。
そして狂ったように騒ぎ出す。
「痛い痛い痛い!!助けてダリル!!放せくそ女!!」
ネルは手を離した。
メレルナが床に落ち、ひっくり返った。
なんかカエルに見えてしまい思わず吹き出してしまった。
「ぶはっ!くくくっ……」
一応恥ずかしいという感情は残っているようで、顔を赤く染め俯いた。
全く可愛くないが。
そしてネルの猛攻が始まる!
「あなた、その格好は何?頭が悪いのかしら。ここは湯場ではございませんよ」
「っ!?」
「ああ失礼。ごめんなさい。分からなかったのね。淑女の嗜みなど全くご存じないようですし」
「なっ!」
「あら?そのお腹は何?まあ、ご懐妊されているの?ならしょうがないわね。そんなにだぶついていても。気が付かなくてごめんなさいね」
「くっ」
「あらあら、酷い顔。そうね、妊婦さんには化粧はあまりよろしくないですものね。それにこの匂い、鼻が曲がりそう。ああ、ごめんなさいね。不勉強で。民間の妊婦用のお薬なのかしら?すごいわねお母さんって。こんなに臭いのに我が子の為なら何でもできるのね」
「ううっ」
「あら?もしかして妊娠していないのかしら?あまりにも体が崩れていて、ガマガエルかと思いました」
「………ぐすっ」
「あれ?どうされました?やっぱり妊娠していてお腹の調子が悪いのかしら?お花を摘みにいかれたらどうですか」
「ヒック…うああ…ダリル~助けて……」
女って怖い。
俺は思わずカイトとナハムザートの三人で顔を見合わせ皆で頷くのだった。
※※※※※
結果的にメレルナはもう手遅れだった。
真核が汚染され過ぎていて、手の施しようがなかったのだ。
おそらくもともと悪意寄りの人間だったのだろう。
真核に抵抗した形跡がまるで見当たらない。
「魔王陛下、普通にあの女は死罪となります。あまり言いたくはありませんが平民であの態度は情状酌量の余地がありません」
「まあな。それにこいつは居るだけで回りにひどい影響を与える。できれば即処分したほうが良いが………どうせ死罪なら、一つ試しても良いか?」
「はい。何なりと」
「よし」
俺は自分の真核を感じながら『緑纏う琥珀』の力を解放した。
漆黒を押さえて。
コントロールの成果を測る良い機会だ。
「……くっ!………まだだっ」
メレルナを琥珀が包み込む。
真核の悪意が抵抗する。
俺はさらに放出を強める。
茜を想いながら。
「はああああああああああああああああああっ!!!!!!」
真核の悪意が悲鳴を上げるように激しく抵抗する……
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」
そして……メレルナの真核が浄化された。
「はっ、はっ、はっ、……はあ………何とかなったな」
俺は魔力欠乏の一歩手前で、どうにか浄化することができたのだった。
※※※※※
「メレルナ、気分はどうだ」
メレルナはきちんと服を着て、先ほどが嘘のようなあどけない顔で俺を見た。
顔が真っ赤に染まっていく。
「……ご、ごめんなさい。すみませんでした…ヒック…ぐすっ…」
「すまない、経過を教えてくれないか?お前は何をしたんだ?」
「………黒い石を…拾いました」
「っ!?」
俺とネルが思わず息をのむ。
「そうしたら、何でもできるように思えて……私ダリル殿下に憧れていたんです」
「でも私は平民だし、ただのメイドで……性格も悪いって自分でもわかってました」
「でも殿下は、わたしに注意してくれたんです」
「……………」
「嬉しかったんです。誰も私なんかに興味を持ってくれなくて、どんどん嫌な女になって………」
下を向き、涙をこらえながら必死で言葉を紡ぐメレルナ。
「それで石を持ったら、勇気が出てきたと思ったんだな?」
「はい。でも………ただ欲望が頭の中を全部埋め尽くしただけだと思います」
そしていくつかの涙を零した。
「そうだな。……その石は今持っているのか?」
「いいえ。宮殿の私の部屋に、封印の箱に入れてあります」
宮殿か。
何もなければいいが。
「よし、取り敢えず石はこちらで回収する。かまわないな?」
「はい。本当にすみませんでした」
メレルナは諦めたような顔で寂しそうに笑った。
自分の行く末を覚悟したのだろう。
「カイト。こいつも俺が引き受ける」
「っ!?ですが……」
カイトは難しそうな顔をする。
立場上良しとは言えないのだから。
「すまない、俺の勝手な感傷だ。メレルナ、家族は居るか?」
「いえ、わたしは孤児だったので、義理の叔父がいますが……」
「悪いがお前には死んだ事になってもらう」
「っ!?……そう、ですね……普通に死罪ですよね」
「それで俺のところに来い」
「えっ!?……」
メレルナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をし、素っ頓狂な声を出した。
「家事手伝いだ。こき使うから覚悟しておけ」
「は、はい。よろしくお願いします」
そして涙を浮かべ、笑顔を見せる。
カイトはため息をつく。
「魔王陛下、困ります………聞かなかった事にしますよ」
「ああ、助かる」
ネルが呆れたような顔で俺に口を開いた。
「まったく。あなた様は優しすぎます」
そしてとても奇麗な笑顔で笑ってくれたんだ。
「もっと好きになっちゃいます♡」
俺にとっては何よりの最高の報酬だ。
何故かナハムザートもキラキラした目で俺を見ていたが。