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第136話 駄々子旋風、席巻する。

ギルガンギルの塔は嵐に包まれていた。

とんでもないお子様を茜が招いてしまっていた。


おそらく今の彼女の力はこの世界で最強だろう。

存在値181023。


茜の装備時よりも、20000以上高い存在値だ。


しかも彼女はブチギレると、さらに存在値を増すという。

いつも偉そうにしているセリレが、まるで借りてきた猫のようになっていた。


「ちょっとした挨拶」

という名の手合わせで、すでにアグアニードとエリスラーナはボロボロの状態だ。


一方そのお子様は、眼をキラキラさせながら茜と一緒に椅子に座りおやつを楽しんでいる。


「茜!おかわり!」


お子様は甚くイチゴのショートケーキが気に入ったらしく、すでに10個以上は小さな体の中に取り入られていた。


小さいぷっくりとした可愛い幼児体形のどこに消えたのか、茜は本当に不思議におもう。


「スフィアちゃん、ダメだよ。お腹痛くなっちゃうから。もうおしまい」


基本小さい子が大好きな茜は、存在値など気にせずにミューズスフィアに対応していた。


かつて自分より強いのは魔王ノアーナだけだったミューズスフィアは、自分を怖がらない対応にとても新鮮な気持ちで、すでに茜の事が大好きになっていた。


「茜、抱っこ♡」


そして茜に甘える。

こうしている様はただの5歳児なのだが。


茜は抱き上げ、ミューズスフィアのふわふわな水色の髪の毛を優しくなでてやる。


「んー♡スフィアちゃんの髪の毛、柔らかい。良いにおいするね」


茜もすでにデレデレだ。


しかしその横では元祖おねえちゃんのモンスレアナが、魂が抜けたようにまっ白になり座り込んでおり、自称皆のオカンのアルテミリスもうなだれていた。


先ほどちょっと茜が席を外した際に、さんざん甘えつくされ、あり得ないほど真核が消耗していた。


「茜、あそぼ!」


ミューズスフィアは茜の胸に顔を押し付けスリスリする。

思わずあふれ出す母性に、ますます茜は傾倒していく。


「恐ろしいのじゃ……」


かつての暴君の懐くさまを見て、思わずつぶやくセリレなのであった。


※※※※※


くそっ、見つかった。


俺には戦う力はない。

捕捉されたらその時点でゲームオーバーだ。


だめだ、もっと遠くへ……


俺は自分の前で怪しく光る漆黒の鉱石に意識を向ける。

沢山の死者の恨みと濃厚な違う世界の悪意が、溢れている。


コイツを育てて、次こそ……


そして悪意は鉱石とともにこの星から消えた。

いくつかの種をばら撒いて。


今度こそ確実にこの世界を壊すために。


※※※※※


散々遊んだミューズスフィアはすやすやと寝息を立て御昼寝の真っ最中だ。

茜はそんな姿をほほえましく横で見ていた。


「茜、ちょっといいかの」


そこへセリレがミューズスフィアを起こさないように小さくささやいた。

茜は静かにミューズスフィアから離れ、セリレに向かい合う。


「どうしたのセリレ?」


セリレはちらっと寝ているミューズスフィアを見やり口を開いた。


「どうして茜がミューズと一緒にいるのじゃ?そもそもコイツは寝ていたはずじゃが……」


セリレらしくなく躊躇いがちに呟くように口を開く。


「さっきね、『やつ』を捉えたの」

「っ!?」

「それで追って転移したら、まあ、逃げられちゃったんだけど、そしたらスフィアちゃんがいたんだよ。それで連れてきた」


セリレは思わずため息をつく。


「そういう事だったのじゃな。まあ、ミューズは悪ではないからのう。強すぎるが」

「うん、びっくりした。わたしよりも強い人に会ったの初めてかも」

「まあ、茜もたいがいじゃからの。正直かなう気がせんわ。じゃが……魔王に伝えた方が良いかもしれん」


茜は思わず立ち尽くす。


「えっ?こ、ノアーナ様に?」

「ああ、昔の話じゃがな、あのあほな魔王じゃが、適当に創造した大精霊じゃがその強さゆえに確か意味があったはずじゃ。詳しくは知らんがの。おそらく忘れているじゃろうし」


思わず会う理由ができたことに茜は顔を赤くする。


「???」


意味が分からず首をひねるセリレ。


「わ、わかった。ノアーナ様にあってくるね」

「う、うむ」

「もし起きたら教えてね。じゃあ行ってくる」


茜は転移していった。

誰もいない部屋を見て呟く。


「えっ……わしがミューズを見るのか?」


思わず背中に嫌な汗が出るセリレだった。


※※※※※


俺は今日も七人が生活する部屋で、仲間たちから上げられてくる報告書をお気に入りの紅茶を飲みながら眺めていた。


空間が軋み、久しぶりに感じるすさまじい魔力が溢れる。


茜だ。


「大分久しぶりだ茜。元気だったか」


久しぶりに見る茜は、とても美しかった。

薄っすら顔を上気させている。


「うん。久しぶり。…こ、ノアーナ様」


俺は茜を引き寄せあいさつ代わりの軽いハグをする。

代わりに茜が抱き着いて来た。


久しぶりに感じる愛しい茜の感触と匂いに俺は思わず顔に熱が集まるのを感じた。


「茜、会えてうれしい。……どうした?何かあったのか?」

「うん。わたしも嬉しい。……場所変えない?」


さっきから七人の視線を感じる。

決して嫌な視線ではないことに安心はするが恥ずかしくなった。


「ああ、そうだな。カンジーロウ、ちょっと離れる。なにかあったら念話で伝えてくれ」

「っ!?わ、わかりました。……ごゆっくり」


何故か顔を赤らめてカンジーロウは答えてくれた。

俺は茜を連れて執務室へ飛んだ。


「茜、紅茶飲むか?」

「うん。ありがとう……光喜さんの紅茶久しぶり」


茜はあたりを見回しネルがいないことを確認して懐かしい呼び名で俺を呼んだ。

何故か愛おしさが募り俺は茜を抱き寄せ少し大人のキスをする。


「ん♡…んう…んん♡……もう」


茜の目に欲情の色がともる。


「我慢できなくなっちゃう」


俺は茜の柔らかい美しい体を感じるように強く抱きしめた。

そして改めて俺はクズなのだと自覚する。

もう欲しくてたまらなくなっている自分に気づく。


俺は茜のことを愛しているんだと。

俺は久しぶりにネル以外の女性を全身で感じたのだった。


※※※※※


「コホン。改めてどうしたんだ?まあ、俺はとても嬉しかったが」


口にして顔が赤くなるのを自覚する。

俺たちの前には紅茶からいい匂いと湯気が立ち込めていた。


茜も顔を染め、その表情についさっきまでの事がよぎり、胸が高鳴る。


「うん。あのね…『奴』を捉えた」


俺の表情が凍り付く。


「っ!?」


「あ、でもね、逃げられちゃったんだ」


茜が残念そうに俯いた。


「……そうか。……すごいな茜は……俺は繋がったはずなのに感知すらできない」


思わず下を向いてしまう。


「ああ、えっと、落ち込まないでよ。……そしたらね」

「うん?」


「光喜さん、ミューズスフィア覚えてる?」

「っ!?……水の大精霊のお子様だが……まさか?」

「うん。スフィアちゃんいまギルガンギルの塔にいるの」


俺は思わず絶句した。

確かに忘れていたが、あいつには………!?


「茜、あいつがいた場所、覚えているか?」


茜は想定外の事を聞かれたかのようにキョトンとしている。


「あそこにはこの星の創造にかかわる神器がいくつか置いてある。ミューズが起きない限り封印が溶けないようにしてあったんだ。起きたということは……」


俺は腕を組み思考を始める。


「っ!?覚えてるよ。すぐ飛べる」

「ああ、頼む……いやな予感がする」


そして過去の俺のいたずら心が、別の脅威を生み出していたのだった。


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