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第156話 とある魔族の心の内

(新星歴4818年7月31日)


からん。


グラスの中の氷が小気味良い音を夜の談話室に響かせた。

初めて飲むウイスキーとやらが、ウルリラの最近の楽しみになっていた。


「お前はうまそうに飲むな。だが強い酒だ。加減しないと後悔するぞ」


そう言って目の前の絶対者は笑顔でブランデーなるものを飲み干した。


「最近どうだ?お前たちは我慢強いからなかなか俺に教えてくれないからな。酔った勢いというものに期待しているのだが?」


そして楽しそうに笑う。


ああ、自分はなんて素晴らしい居場所に来られたのか。

ウルリラはしみじみと思うのだ。


「いえ、問題ありませんノアーナ様。それよりも珍しいですね。お一人とは」


夜の談話室でたまにはノアーナを見かけるものの、いつも隣にはネルがいる。

ノアーナが上を向き不貞腐れながら口にする。


「ネルに振られた。『今日のノアーナ様は嫌です。違う匂いがします』ってな。まあ、自業自得だが」


今日久しぶりに神々と関係を持った。


「はあ、それは……何と言いますか……」


ウルリラの目が泳ぐ。


「まあ、それが俺なのだから仕方がないがな。改めるつもりもないし。そういうわけだ、たまには付き合え」


やっていることはクズだがなと吐き捨てる。

そしてイタズラっぽくニヤリと笑いグラスを合わせた。


「はい、お供します」


そしてゆっくりと、他愛もない話を楽しむ。


以前の自分では考えられないような状況に、ウルリラはしみじみと幸せをかみしめながら楽しい酒宴は続いて行った。


※※※※※


ウルリラとヒューネレイは脱走兵だ。

そして死んだことになっているはずだ。


二人は魔国の辺境伯の軍に所属していた。


ギルアデスの怒りに触れた辺境伯とは違う人物だったが、やはり魔都から離れている貴族は、それなりに粗暴なものも多い。


魔国王の厳命により、対魔物以外の戦闘はないに等しい。

だが種族特性としてどうしても戦いを好むものが多い。


息を抜く意味で魔国ではしょっちゅう武道大会などが開かれるが、やはり現場のストレスは発散しきれないのが実情だ。


そんな中唯一許されるのが訓練という名の戦いだ。

当然大切な人材なので通常無茶はしない。

だがあの時辺境伯であるディルドレクは魔国王の無茶ぶりにブチギレていたのだ。


オーブ及び漆黒の捜索とその対応。

そして魔法効果の再検討。


当然理不尽なことではないが、だらけていて成果を上げていなかったディルドレクは魔国王より直接嫌味を言われていた。


「使えぬものに爵位等いらぬだろう。嫌なら結果を出すのだな」


そういう事をねちねちとしつこく言われていた。

勿論逆恨みだし情状酌量の余地はない。


だがやはりクズなのだろう。

腹いせに普段事あるごとに苦言を呈していたウルリラとヒューネレイがその訓練という名の暴力の標的とされた。


そしてありもしない冤罪を吹っ掛けられていた。

誰も事実を知らないうちに、最終的に反逆者として抹殺命令が出されていたのだ。


訓練中何故か二人だけとなったタイミングで、突然襲い掛かってくる同僚。

向けられた激しい憎悪と、呪いの武器に大けがを負わされた。

命の危機を感じた二人は何とか最後の力を振り絞り転移した。


そしてどこともわからぬ深い森でひっそりと身を隠していた。


酷いけがだった。


内臓まで届くケガで、呪いは真核にまで及んでいた。

真核が損傷したことで回復魔法も効果がなかった。

迫る死の恐怖に、二人は涙を流すことしか出来なかった。


そしてそんなタイミングでムクが二人の前に現れた。


※※※※※


ノアーナと別れ自室でウルリラは、かつての事を思い出していた。

すでに自分は魔国では死亡扱いされている。


「むしろ良かったのだろうな。ヒューネレイはどう思っているかわからんが」


そしてペンダントを手に取り、ロケットの中の写真を見つめた。

かつて愛し合い、そして守れなかった最愛の女性の笑顔がそこにはあった。


「フィアルナ……」


そして誓う。


「今度こそ俺は……守るよ……」

「あの方は危なっかしいからな……」


この前目の前で消えそうになったノアーナを想う。


「強くて何でもできる方なのに、心は少年のようだ」


そしてムクと出会った時のことに思いをはせる。


突然目の前に現れた格上の相手が膝をつき乞うてきたのだ。


「我が主に力を貸してほしい」

と。


意味が分からなかった。

この世は良くも悪くも弱肉強食だ。

格上に命令されれば逆らうことは難しい。


俺たちは死にかけていた。

ムクが少し撫でれば命はなかっただろう。


それなのに、ムクは命令ではなく懇願した。

国宝級のポーションまで使ってくれて。

しかも返事をする前に。


興味が出た。

このような強きものにそこまで言わせる魔王を見てみたくなった。


もちろんノアーナは有名だ。

この星に生きているもので知らない者はいないだろう。

だが実際に会えるものは少ない。


そして会ってすぐに、心を奪われた。

彼の存在に惚れてしまった。


「もっと強くならねば……もう後悔はしない」


ウルリラはベッドに寝ころび決意を新たにした。


※※※※※


ヒューネレイとウルリラは休みを利用し秘密裏にギルアデスと面会することになっていた。

ここは魔国の魔都にある迎賓館の一室だ。

まあ、ぶっちゃけるとノアーナの差し金なのだが。


伝説の英雄に会うということでヒューネレイとウルリラは緊張に震えていた。

魔国の三英雄は、子供の頃のおとぎ話だ。

知らない者はいない。


そうこうしているうちにドアがノックされギルアデスが何かを布でくるみ持ってきた。

そしてギルアデスの後ろからセランドル魔国王も現れる。


「っ!?」

「なっ!?」


ヒューネレイはあまりの驚きで挨拶することすら忘れ立ち尽くしてしまった。

ウルリラは何とか跪くことはできたが、やはり固まってしまっていた。


ギルアデスは苦笑いを浮かべ口にする。


「緊張は分かるが魔国王くらいには礼をする方がよいぞ」


ハッとし跪くヒューネレイ。

慌てて二人は口上を述べる。


「「いと高き魔国の太陽に謹んでご挨拶申し上げます」」


可哀相なくらい震えている。

冷や汗が止まらないのだろう。

背中が濡れている。


「よい、非公式の場だ。面を上げよ。それでは話も出来ぬだろうに。……ギル、あまりいじめるな。あとでノアーナ様に怒られるのは俺だぞ」

「ははっ、兄上はそういう立場だ。有名税だと思ってあきらめるんだな」


ヒューネレイとウルリラは生きた心地がしないままどうやって椅子に座ったかも思い出せないほど頭の中が真っ白だった。


そして驚愕は続く。

魔国王がいきなり二人に頭を下げたのだ。


「すまなかった。俺の怠慢だ。辺境伯にはけじめをつけた。この通りだ」

「っ!?あ、頭をお上げください、自分達には何のことだか…」


慌てるヒューネレイとウルリラ。


そしてさらなる驚愕が二人を襲う。

ギルアデスが包みから、辺境伯の頭を取り出した。


「「っ!?」」


「この馬鹿がお前たちに迷惑をかけた。優秀なお前たちをみすみす魔王様に渡してしまった。国の損失だ。せいぜいノアーナ様を助けてやってくれ」


涙が出てきた。


確かに自分もウルリラも優秀な部類ではあった。

だけどここまで評価されているなど全く思っていなかった。

隣でウルリラも肩を震わせていた。


「ありがたき幸せ」

「もったいのうございます」


そしてギルアデスがおもむろに二人の肩に手を置く。


「お前らは若い。勉強するといい……羨ましいぞ。俺が行きたいくらいだ」

「ギルアデス様……」


二人はギルアデスを見つめた。

ギルアデスはにっこりと笑う。


そこに魔国王がぶち込んできた。


「俺だってそうしたいわ!そうすればダラスリニア様ともいつでも会えるしな」


何故か空気が緩んだ。

ギルアデスがため息交じりに吐き捨てる。


「兄上、台無しだぞ」


そのおかげかそのあと緊張はしたままなりに、どうにか雑談をこなすことができた。


一応脱走は取り消され、魔王への出向とのことで男爵位が二人に送られた。

固辞しようとしたらとてもいい顔で睨まれ、二人は謹んで受けることにした。


そして、ノアーナの凄さを、目の前の二人を通じ痛感したのだった。


「ノアーナ様はずいぶん変わられた。以前はもっと恐ろしい方だった。だがな、存在値は下がったようだが、今のあの方は本当に尊敬に値するお方だ。力になってやってくれ」


「あの方は優しすぎる。そして純粋だ。あの方はきっと星や我ら住人の為なら自分を犠牲にされるだろう。それだけは避けねばならぬ」


二人の言葉から想いが伝わる。

ヒューネレイも、ウルリラも、出会ったあの瞬間からノアーナの事は心酔している。


「微力ながら、この身滅するまで仕えてまいります」


心の底からヒューネレイは誓ったのだ。


「この命尽きるまで、必ずや」


ウルリラも決意を述べる。


「ああ、頼むぞ。俺たちも出来ることはする」


こうして秘密裏の会談は終わった。


※※※※※


グースワースへ戻った二人は何となく談話室の中の個室へと行き、二人で乾杯をすることにした。

無性に飲んで酔いたくなったのだ。


二人は冷えたジョッキにエールを並々と注いで乾杯する。

そして一気に飲み干した。


「くうー、うまいな」

「ああ、最高だ」


そして二人で思わず声を出して笑った。

そこへつまみをもって珍しくカナリアが声をかけてきた。


「珍しいですねお二人一緒とは……決意が固まったようですね」


何の気なしに口にする。


「っ!?…ははっ、カナリアにはかなわないな。ああ、もう懸念はない」

「そうだな。俺もだ」


魔国王に認められたことで二人の心にあったわだかまりはきれいに消えていた。

責任感の強い二人はどうしても脱走してしまったことに罪悪感があったのだ。


「カナリア、一杯付き合わないか?」


ウルリラが口にする。


「あら、こんなおばさんで良いのかしら?」


そして妖艶に笑う。

大人の魅力が溢れる。


「おいおい、からかわないでくれ……カナリアは…美しいんだ」

「まあ、お上手……おかわり、持ってきますね」

「ありがとう」


カナリアが飲み物を取りに席を外す。


この世界は弱肉強食だ。

でも二人は、カナリアには絶対にかなわないと心から思った。


「なあヒューネレイ……カナリアはいい女だな」

「ああ、そうだな…本当にいい女だ」


二人は空いたジョッキで乾杯をした。


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