(新星歴4819年3月28日)
茜とのデートで訪れた食事処で出会った転生者のタスケ。
俺はあの後すぐに極帝の魔王として、時間を合わせてもらい話し合いを行った。
だが結果として、転生というよりは憑依に近い形だと結論付けるに至った。
タスケは極東で生まれ、幼少の頃より料理の才能に目覚め、5歳の時に親の同意のもと名前を変えたのだそうだ。
そのころには当然日本の記憶などなく、ただひたすらに料理が好きで努力した結果『板前』というスキルを授かった。
現在36歳のヒューマンで、結婚し子供が一人いる。
しかしちょうど欠片事件が起こった6年ほど前に、突然激しい頭痛とともに日本で暮らしていた『安藤大輔』という男の記憶の一部が頭の中に沸きだしたらしい。
そしてその時繋がったことで念話のスキルを獲得したそうだ。
そして記憶の中の『安藤大輔』は、どうやら事故にあったもののまだ生存している。
ただ一部記憶に障害があるのだとか。
何故かタスケはそれも伝わったらしい。
「ああ、たまにですけどダイスケの想いが伝わってきます。こちらからの問いかけや念話は届かないようですね。かなり混乱しましたが、記憶を分けられた感じです」
そう語る彼を、同行してもらったアルテミリスが真実の権能で確認した。
おそらく問題はないだろう。
「だから日本の記憶があるのですよ。まさかあなたがノアーナ様だったとは。しかも転生者だったのですね。そりゃ日本憧れるわけだ。創造してくださってありがとうございました。これからもうまい和食作ります。また食べに来てください」
そういう彼は目を輝かせていた。
かっこいいと素直に思ったものだ。
まあ、あまりのアルテミリスの美しさに挙動不審になったのはいただけないが。
同席していた奥さんの目が怖かったのはそういう事だと思うぞ?
そして彼の言う他の5人も紹介してもらった。
ヒューマンの男性スイフルト19歳。
船頭の仕事をしている。
天使族の女性フェルト17歳。
旅行が趣味であちこち旅をしているらしい。
どうやらお金持ちのお嬢様のようだ。
魔族の女性カラールア277歳。
まあ見た目は20歳くらい。
極東のお城の魔術師範らしい。
ヒューマンの男性マサヒロ31歳。
太助と違う料理店で働いているコックだ。
ヒューマンとエルフのハーフの男性ノルニルーニ190歳。
見た目は25歳くらい。
極東にあこがれて、今は料理屋で働いている。
結果的に紹介してもらった5人は、どうも転生者というよりは、過去に日本で生活していた記憶があるだけのようだった。
しかもタイミング的に、欠片事件で次元の壁に穴が開いたタイミングで記憶が付与された形だった。
まあ、タスケと同じタイプだ。
当然あの悍しい悪意に触れているような者たちではなかった。
アルテミリスの権能でもちろん確認済みだ。
※※※※※
「ノアーナ様、やはりあなた様が感知していない転生者は存在しないのではないでしょうか」
極東にある高級旅館の一室で会談が終わった後、思いを巡らせていた俺にアルテミリスが俺に問いかける。
「まあな。だが、茜の時だって、たまたま魔石に引き寄せられた形だ。世界を揺らがすような行動をしなければおそらく俺は感知できないと思う」
「……そういう仕組みを組むことは可能でしょうか」
アルテミリスは心配そうに俺を見つめる。
俺はため息をついた。
「以前は組んでいたんだ。だが茜の時にすり抜けられ、欠片で壊された」
「再度組めなくはないだろう。ただ、この世界は広い。そして人族に限ったことではないと俺は考えを改めたんだ。……現実的ではないな」
俺は目の前で心配そうに俺を見つめるアルテミリスを優しく抱きしめた。
なぜか無性に彼女に触れたくなった。
「ノアーナ様……」
「すまない、どうも俺も混乱しているようだ。お前に触れたくなった。甘えたい」
そして聖母のような蕩ける笑顔を向けてくれる。
膝をそっと叩く。
「ええ、どうぞ。……あなた様は無理をし過ぎです。私でよろしければいつでもいいのですよ」
俺は彼女に柔らかい膝に頭を預ける。
自然に髪を撫でてくれるアルテミリス。
癒される。
俺はおもむろに彼女の腰に抱き着いた。
心震わすいい匂いが俺を包む。
心が高ぶっていたのだろう。
無理やり戻らなければ認識できないと諦めていた、俺の知らない悪意に触れられると思っていた。
思いのほかダメージは大きかったようだ。
まるで何かの攻撃を真核に受けたかのように。
俺はなぜか涙が止まらなくなっていく。
子供のように肩が震え、嗚咽を上げてしまう。
「いいのですよ、たくさん泣いてください。私がいつでも受け止めます。あなた様は決してお一人ではありませんよ」
優しい声と匂いに、そして髪を撫でてくれるたおやかな手に、俺は身を任せた。
いつまでもみっともなく泣き続ける俺を、アルテミリスは優しく甘やかせ続けてくれた。
俺は本当に恵まれている。
そしてまだこんなに弱い自分がいたことに驚いていた。
※※※※※
「すまない、アルテ。……そして…ありがとう。大分すっきりしたよ」
俺は照れて顔が赤くなることを自覚しながらアルテミリスを見つめた。
「ふふっ、良いのですよ。むしろ嬉しいですから。……甘えるあなた様はとても可愛らしいのです」
うっとりと顔を赤らめるアルテミリス。
可愛い。
「お前は美しく、そして可愛いな。はあ、それに比べ俺はカッコ悪すぎだ」
「いいではありませんか。たまには私にも役得感をお与えくださいな」
「…ああ、そうだな。……俺の可愛いアルテ」
「はい。お任せください」
俺たちは優しくキスを交わし、ギルガンギルの塔へと転移していった。
※※※※※
やばいなー、ノアーナ様、超かっこいい。
もろにタイプだわー。
それに、絶対転生者だよね。
ふふっ、たっのしー。
いよいよ私のターンかな?
先ほど面談したうちの一人である、フェルトという女性が一人ニヤニヤしながら外国へ行く乗船場で笑顔を浮かべていた。
彼女は転生者だった。
そして彼女には他人にないスキルが付与されていた。
彼女も勘違いをしていたそのスキルは『欺くもの』
まあ、小さな嘘が誰にもばれない物との認識だったが。
しかし真実は。
アルテミリスの権能すら弾いていた。
転生者にありがちなチートスキル。
いや、称号だった。
彼女はこれから多くを欺く。
思うままに。
そして長い間彼女は人知れず暗躍する。
200年後、その名を『ルリースフェルト』と変え、ノアーナを奪うために。
そして質が悪い彼女の想いは『悪意』ではなく『わがまま』だった。