(新星歴4819年8月4日)
私は多分死んじゃったんだと思います。
さっき森で怖い魔物に襲われました。
もう感覚がなくて。
せっかくだから最近の事を思い出してみます。
私はナグラシア王国の下町で暮らす兎獣人のミンです。
18歳です。
もちろん独身です。
えっと、その、まだ……コホン。
こ、この前まで大通りのレストラン『ハッピーミート』で働いていました。
うちのお店は制服がちょっとアレで嫌だったんですけど、お給料が高くて、我慢していました。
お母さんが病気なので、高いお薬が必要だったんです。
普段はたまにいやらしい目で見られるくらいだったので、少し怖かったけど何とか働けていました。
でも2年前、お客様に絡まれて恐い思いをしたのです。
私の胸を……その、えっと……うん。……怖かったです。
でもその時、とても優しい方に助けていただきました。
その方はとても強いドラゴニュートの方で、一目でかっこいいなって思いました。
そして店主に「服装を変えてもらうからな。頑張れ。また来るからな」と言ってくれて。
涙が出るくらい嬉しかった。
あの後店主さんが可愛い制服にしてくれて、お店のお客さんも増えました。
お給料も増やしていただいたんです。
だけどあのドラゴニュートさん、あれから一度も来てくれませんでした。
ちゃんとお礼も言えてなくて。
店主さんに聞いたら「多分軍の関係じゃないかな?」と言っていたので、恐かったけど王国軍の駐屯地に行ってみたんです。
王国軍の駐屯地にはたくさんのドラゴニュートさんたちがいました。
ごめんなさい。
私よく見分けがつかなくて。
でも奇麗なオレンジ色の目は覚えていたので、勇気を出して聞いてみました。
そしたら……以前『ナハムザートさん』という、とっても強い人がいたよって教えてもらえたんです。
私は毎日、火の神様のアグアニード様にお祈りしていました。
いつか会わせてくださいって。
あっ、べ、べつに、その、す、好きとかじゃなくて、あう、えっと、…好きです。うん、じゃなくて、会いたいなって。
そしてこの前……お母さんが病気で亡くなりました。
沢山泣きました。
もう涙が枯れるくらい。
でもお母さんが死ぬ直前に「貴方の好きに生きてね。お母さん、あなたに何もしてあげられなかったから、せめてあなたの幸せを祈ってる」って。
だから私、決めたんです。
ナハムザートさんに会おうって。
もう一度王国軍の駐屯地に行ったら、ナハムザートさんは今『グースワース』っていう、恐いところで戦っていると聞きました。
どうすれば行けるか聞いたら、ちょっと怪しい魔族の人がアイテムを譲ってくれたんです。
ごめんなさい。
怪しいなんて言って。
でもやっぱり怪しくて、使ったら知らない森の中でした。
一緒に買った結界の魔道具が使えて良かったんですけど、その前に私襲われて怪我しちゃってて。
たぶん私、死んじゃったんだろうな。
だってどこも痛くない。
でも、死んだらどうなるんだろう?
お母さんに会えるのかな?
ああ、最後に一度だけでも……
ナハムザートさんに会いたかったな……
※※※※※
森で助けた兎獣人の子は、今保健室でサラナが面倒を見ていてくれている。
どうやら大した怪我ではなくて安心したところだ。
この大陸には珍しい種族の子だ。
比較的ナグラシア王国には多いみたいだが。
「ナハムザート、兎獣人の子が森で行き倒れていたんだが、おまえ知り合いは居るか?ナグラシア王国には比較的多くいたと思うが」
俺はたまたま見かけたナハムザートに聞いてみた。
コイツは今ムクの言いつけでかなり酷い怪我を負ったままだ。
「おい、お前。いい加減治せ。リナーリアは毎日ラミンデに飯を届けているんだ。もしいないときに魔物の奇襲があったら目も当てられないぞ」
「へい、すみません。……そうですね。ボチボチ治します。……えっと、兎獣人に知り合いはいないですね。まあ、保健室にいるんですよね。行くついでに覗いてみます」
「ああ、女の子だからな。くれぐれもサラナの指示に従えよ」
「了解しやした」
ナハムザートは足を引きずりながら歩いて行った。
大怪我じゃねえか?!
全く……
少しムクと話をしなければダメだな。
俺は執事控室へと転移した。
※※※※※
「う…うん?……奇麗なところ……天国かな」
ミンは目を開け、見たことのないきれいな天井に思わずつぶやく。
「あ、目を覚ましたのね。大丈夫?……あら、可愛い♡」
私をのぞき込むスッゴク可愛い人が目を輝かせている。
「???」
「ああ、ごめんね。どこか痛いところあるかな?」
「えっと……あれ、痛くない」
自分の体を確かめてみる。
あれ?私……裸!?えっ、なんで?
慌てて布団をかぶる。
顔がみるみる赤くなってしまう。
「あの、その、わ、わたしの服は……」
「ああ、もう血で酷い事になっていたから、治療のついでに脱がしたんだよね。大丈夫だよ。変なことしてないからね」
「は、はい」
(なんだろ。この人の目、なんか怖い!?…えっちい目?…えっ、女の子、だよね?)
そんな時にナハムザートが声をかけ保健室の入室を願い出てきた。
ナハムザートはちゃんとそういう気を利かせられる紳士だ。
「おーい、サラナ、入っても良いか?……けが人居るんだよな」
「あ、はーい、ちょっと待ってください。…えっと…」
「っ!…ミンです」
「ん♡ミンちゃんね、わかったよ。ねえミンちゃん、布団の中にいてくれる?怪我人が来たみたいだからさ。男の人だから、裸見られないようにしてね」
「はい、わ、わかりました」
そして私は運命に感謝したんだ。
会いたかったナハムザートさんが入ってきた。
「おう、サラナ。ノアーナ様に…うおっ!なっ?!…」
突然ベッドから素っ裸の若い女の子が俺に飛び掛かってきた。
そして俺に抱き着く。
「ナハムザートさんっ!!」
「うわっ?!、おい、なにをって、おまえ!?」
「ああ、神様、ありがとうございます。あえたよー」
ミンの柔らかい胸がもろにナハムザートに当たっている。
素っ裸の状態だ。
刺激が強すぎる。
「お、おい、落ち着け!おまえ、ふくっ、おいっ!!」
キョトンとするミン。
そして顔が真っ青に変化する。
「き、きゃあああああああああーーーーーーーーーーーー」
そしてそのまま失神した。
保健室に静寂が訪れた。
「あー、えっと、取り敢えずナハムザートさん」
「お、おう」
「後ろ向いててくれるかな」
「お、おう」
※※※※※
「うう、死にたい……」
ミンは顔を真っ赤にし、取り敢えず借りた服を着て保健室のベッドに腰を掛けていた。
「こーら、死にたいなんて冗談でもいっちゃだめよ」
「あう、……ごめんなさい」
シュンとする。
この子の仕草はいちいちサラナに刺さりまくる。
「はうっ♡……はあはあはあ、カワユス♡」
「???」
「オホン、えっと、ミンちゃん?ナハムザートさんとお知り合い?」
「はい!あっ、えっと、その……あうう…」
顔を赤らめたり青くしたり忙しい子だ。
サラナの背筋にゾクゾク来る。
ナイス反応だ。
「俺が昔寄った飯屋のアルバイトの子だ。ミン、といったよな。久しぶりだ」
ナハムザートが治療を終え、こちらに近づいて来た。
そしてミンの向かいのベッドへ腰かける。
「まったく、ナハムザートさん馬鹿なの?酷い怪我だったじゃん。おっ!可愛い♡私リナーリア『リア姉ちゃん』って呼んでね。あ、いや『リアお姉さま』の方がそそる!」
ラミンデに昼食を届けに行ったリナーリアが帰ってきたところだった。
「あはは、えっと、ナハムザートさん……あの時はありがとうございました」
「おう、気にすんな。たまたまだ。……元気だったか?」
「はい。あ、でも……」
「ん?どうした」
「えっ、まさかの私ガン無視?酷―い、ミンちゃん♡」
そして抱き着くリナーリア。
いやらしくミンの胸をわざと触る。
「きゃっ、えっ?……なに!?……ん、いやあ♡…んん♡…や、やめて…」
「げへ、げへへへ♡」
ゴンっ!!
「ひぎいっ!」
リナーリアの頭にナハムザートのげんこつが落ちる。
「まったくお前は……おい、サラナ。こいつ連れてけ。話も出来ん」
「あ、はーい。了解であります。ほら、リアさん」
「うぐぐぐぐうう……」
サラナに連れられて去り行く変態ちゃん。
ただでは転ばないようでサラナのお尻を撫でながら連れられて行った。
「まったく…おいミン、大丈夫か?」
「あ、は、はい。……ありがとう」
「お、おう。あー、それで、どうして森にいたんだ?あそこは危ないんだぞ」
ナハムザートは自分の顔が赤くなるのを自覚した。
自分でも良く判らない感情が沸き立つ。
いや……なんとなくは……理解してしまっているが。
「えっと、その……あうう…」
顔を真っ赤にするミン。
その表情にナハムザートの心臓がはねる。
「お、おう、まあ、話したくないならいいさ。お前も怪我していたんだ。少し休むといい」
ナハムザートは立ち上がり、保健室から出ようと体の向きを変えた。
「あのっ!」
「ん?」
「……好き♡」
「んん?!」
「あっ、その、違くて、えっと……あう……」
さらに赤くなる。
もうトマトみたいだ。
「お、おう、また様子見に来るから、取り敢えず休んでいろ。な」
「…はい」
ナハムザートは自分の赤い顔がばれないよう、そそくさと保健室を後にしたのだった。
『やばいな』
そう呟きながら。
自分がこんな感情になることに驚いていた。
まさかの、一目惚れだった。
※※※※※
「そうか、ナハムザートの知り合いだったのか」
俺はサラナから顛末の報告を受けていた。
「はい。すごくかわいい子です。はあ、カワユス♡」
「おい、変な道に引き込むなよ?……まあ、同意なら構わんが」
「っ!?やだなあ、そんなことしませんよ。リアさんじゃあるまいし」
俺はジト目でサラナを見つめた。
ネルも同じ顔だ。
「ははは、は。えっと、じゃあ私、保健室に戻りますね」
「……ああ、ご苦労様」
俺は椅子の背もたれに体を預けため息をついた。
「まあ、他人に注意する資格は俺には無いがな」
「でも、リアには注意した方が良いと思いますよ。一応お客様ですし」
「そうだな。……ん、来てくれ。……呼んだ。すぐ来るそうだ」
「はい」
繋がったことで今俺の彼女たちとは念話が出来るようになっていた。
関係が深まれば『魔王に近しもの』も付与される。
おまけに何故か『魔王の愛人』まで付与されるとは思わなかった……
てかなんで愛人?
俺は自分の作った摂理に問い合わせたい気分になったものだ。
まあとにかくリナーリアは今、転移もできる。
熟練度が低いので、自分自身のみだが。
「しつれいしまーす」
何故か挙動不審気味に部屋に入ってくるリナーリア。
「黒だな」
「ええ、真っ黒ですね」
「酷い!!」