「おかえりなさいませ、カイル様」
彼女はカウンターに置かれた小さな壺に向かい、深々と頭を下げた。角度は最敬礼の45度。たっぷり五秒止めたあと、三秒かけて正しい姿勢に戻る。
背筋の伸びた華奢な体の上で、小づくりな顔が憂いの表情を浮かべている。
壺を持ってきたマントの男は、うなだれたまま呟いた。
「こいつ、帰ったらあなたを食事に誘うと言っていたんです」
彼女は微動だにせず前を向いている。
「光栄なことです。心から」
「……ありがとう」
その壺はおそらく骨壺だった。
彼女はカウンターの上に一枚の紙と、コインを積んだ。そして、抑揚を殺した声音で告げる。
「Aランククエスト――火竜の討伐おめでとうございます。お疲れさまでございました」
「……ええ」
「こちらは報酬と領収書です」
「ありがとう、ございます……」
男はコインと領収書を懐にしまい、骨壺を大事そうに抱えると、カウンターに背を向けて覚束ない足取りで去っていった。
彼女がまた頭を下げる。最敬礼の45度。たっぷり五秒止めたあと、三秒かけて正しい姿勢に戻る。
やめたらいいのに、そんなこと。どうせ男は振り返らない。
カイルとかいう男だって、火竜の炎で灰になり、その場所の土と混じってかき集められた物が壺に収まっているだけだ。
壺の中からきみの最敬礼は見えない。
帰ってこなかった冒険者に、おかえりを言うのはもうやめろ。