『残念ながら、あなたは死んでしまいました。しかし安心してください。不運だったあなたを私が救済してさしあげましょう。日本ではない、別の世界へ……』
その声が聞こえた後、草薙は目を覚ます。鬱蒼とした森の中で横たわっていた。
「……ここは?」
草薙の質問に、誰も応えない。代わりに鳥の鳴き声が返事をした。
「俺は異世界に転生したのか……?」
女性の声だったが、それを元に考えればそのような結論に至るのは必然だろう。
草薙は起き上がる。
そして険しい表情をした。
「あの女神……、この俺を異世界に転生させたのか……?」
そして表情はだんだんと修羅になっていく。
「今すぐにでも死にたい、この俺を……!」
この男、
そんな彼だが、不慮の事故によって死亡してしまう。が、それを女神が持つ神通力によって別の世界で生き返らせた。
その事実が、草薙を怒りの感情に支配させる。
「ど~~~して死んだ人間を別の世界で生き返らせるんだろうなぁ~~~!?」
口角は上がっていたが、その顔には青筋が立っていた。
「クッソあの女神マジで【神に対して非常に冒涜的な発言をしているため、一部音声を規制しています】!」
言いたいことをひたすら言い放った草薙。口に出したことで、怒りが収まったようだ。
「さて、これからどうするか……」
しかし、それでもなお希死念慮は消えない。
「クソ、死にたすぎる……。ならさっさと自殺したほうがいいだろってなるよな。そうならないんだよ。だって自殺したら地獄行きって聞いたことあるから」
なんとも独自の宗教観を持っている草薙であった。
「一番いいのが不慮の事故に遭うことなんだが、そう上手くはいかないよな……」
少し考え、あることを思いつく。
「もしかして、狩りとかしている時にワンチャン死ねるんじゃね? あと喧嘩の場面とか」
この男、アホである。だが大義名分としては十分だ。
「いや、まずは生きることを最優先しよう。死ぬのを考えるのはその後だ」
そういって草薙は森の中を移動する。森の中は鬱蒼としており、人の手が入っているような気配はない。地面には草ではなく枯れ葉ばかり落ちており、木々が密集していて日の光が入ってこない。
その影響なのか、気分もだんだん憂鬱になってくる。
「あぁ、死にたい。なんでこんなに死にたいって思うんだ……?」
しかし、死にたくても死ねない。彼の思考回路はそうなっているからだ。
すでに数時間ほど歩いただろうか。ようやく森から抜けることができた。
「あぁ、良き天気」
目の前には草原が広がっており、そこに明らかに人の手が加えられたであろう街道が一本横に伸びていた。
「これどっち行けばいいんだ……?」
とりあえず、直感で選んでみる。
「そうだな……。これから日も暮れるし、ひとまず西に向かってみるか」
太陽の位置から、西はおそらく左方向だ。草薙は街道を西に進む。
そのまま小一時間ほど進むと、前方から何か叫び声に似た物が聞こえてくる。
「なんだ? 誰かいるのか?」
確かに人のような声に似ているのだが、それにしては少し甲高い声である。どちらかと言えば幼稚園児が叫んでいるような声か。
草薙は声のする方へ向かってみる。するとそこには、立派な馬車を取り囲んだ体長一メートルくらいの化け物がいた。
「あれは……! 異世界物では定番のゴブリン……!」
醜い顔、とんがった耳、緑色の肌、仏教に登場する餓鬼のような腹。その手には棍棒のようなものが握られていた。
そしてゴブリンに囲まれるようにいる馬車。馬はおらず、護衛と見られる武装した人が女性のことを守っている。
その様子を見た草薙は、あることを思いつく。
「……もしかして、ゴブリンを攻撃すれば俺のことを殺してくれるか?」
異常な思考回路である。しかし、希死念慮に襲われている草薙にはそれ以外の方法は見当たらない。
「あの人たちを救える上に俺も死ねるとか最高かよ。そもそもゴブリンは殺さなければならない」
草薙は早速行動に出る。物陰に隠れるような事はせず堂々とゴブリンに向かって歩く。
すると、女性が草薙のことに気が付く。
「そこの旅の方! こちらに来てはいけません! 早く逃げて!」
そのように忠告してくれるも、草薙は止まらない。
「ゴブリンども……、俺を殺してみろ!」
堂々の宣戦布告。それによって注意が向いたのか、ゴブリンの群れはこちらに牙をむいてくる。
棍棒を振りかざしてくるゴブリンだが、それよりも先に草薙の拳がゴブリンの顔面に命中する。それにより、ゴブリンは首が回ってはいけない方向に曲がる。
先陣を切ったゴブリンが一発でやられたことで、他のゴブリンたちは草薙に対して怖気づく。それでも集団で襲い掛かれば問題ないことを知っているのか、複数でやってくる。
草薙はそれを一度受け止める。体が小さいのか、威力は大したことないようだ。
「そんなんで俺のことを殺せるのかぁ……!?」
空手仕込みの前蹴りで前方にいるゴブリンを突き飛ばす。前に倒れこむようになったところで素早く体を回し、後ろにいた二体のゴブリンをまとめてラリアットする。
その様子を見た残りのゴブリンたちは、草薙のことを諦めて女性たちに攻撃を仕掛ける。
「待てオラァ!」
地面を蹴り、一っ飛びで十メートルほど移動する。女性の襲い掛かろうとしていたゴブリンの頭を掴み、そのまま地面に叩きつける。
それを見て猛烈な恐怖を感じたのか、ゴブリンたちはジリジリと後ろに逃げていく。
しかし、それを草薙は許さなかった。ボディーブローで体を背骨ごとへし折り、回し蹴りで首を飛ばし、最後に残ったゴブリンを持っていた棍棒で殴る。
こうしてゴブリンの群れを排除した。いや、「してしまった」か。
「はっ……。殺してしまった……。殺されたかったのに……」
草薙は、頭を垂れて自分自身に失望した。
「誰か俺を殺してくれーーー!」
残念ながらその声は大空に消えていった。