約二週間ほど時間が空いた。その間、草薙は「金剛石の剣」のメンバーと共に特訓をし、自分のスキル向上に努めていた。
その結果、スキルは順調に上昇し、次のようになる。
『身体強化レベル五
短地レベル三
自己防御レベル五』
防御方面に力を入れた事で、自己防御スキルが向上している。
そんな特訓を経た後、ナターシャはある情報を入手する。
「王国の南のほうにあるクランクという街の近くで、怪物化した魔物の群れを発見したそうですの。ここからだと馬車で二日ほどかかりますが、重要な情報がある可能性がありますので是非とも行っていただきたいですわ」
「馬車で二日か……。それなりの荷物が必要になるね」
ナターシャの説明を受け、ミゲルは少し考える。二日の移動時間に加え、荷物も相応の量になるだろう。
「馬車に関しては、私の屋敷にあるものを貸し出しますわ。ご心配なく」
「それは助かる」
「それと、今回は怪物化の情報を確認したいので、私も同伴いたしますわ」
「となると、少なくとも六人……。いや御者もいるからおよそ八人といったところか」
「えぇ。御者にはマシューとアニスを抜擢しますわ。彼らは私の護衛も兼ねてますの」
「了解した。ひとまず情報の共有は以上か?」
「そうですわ」
ナターシャは情報共有した紙をしまい、全員の顔を見る。
「出発は明後日。ここに集合して出発ですわ」
こうして各々準備を整え、クランクへと向かう日がやってきた。大型の馬車を用意して貰い、ギルドの前で待機していた。
「全員揃ったな?」
ミゲルが見渡して言う。草薙とナターシャ、ミーナも準備は出来ている。
そこにギルド長がやってきた。
「諸君らの無事を祈る。怪物化の原因が少しでも分かることを願うぞ」
「もちろんです」
ギルド長とミゲルが握手を交わす。いい感じの場面であるが、草薙はやる気のない顔をしている。
(あぁ、こんな責任重大な仕事を任されてしまった……。死にたい)
案の定強い希死念慮を感じており、今にも馬に蹴られて死んでしまおうとも考えていた。
しかしそんなことをしてしまったら、ナターシャやミーナ、その他多くの関係者に迷惑をかけることになる。それだけは絶対に避けなければならない。
結局草薙は、希死念慮を抱えたまま馬車に乗り込むのだった。
「それでは行ってくる」
ミゲルが最後に馬車へ乗り込み、馬車はギルドを出発する。
まずはエルケスの南に伸びているカレロ街道を通り、途中の街であるジョーディに立ち寄る。そこで一泊した後に東へ向かい、クランクに到着する行程だ。
馬車の中では、草薙の隣にいるナターシャがミゲルと楽しげに会話している。
「タケルの戦闘のセンスは独特だと常々感じるよ。一体どこの流派の人間なんだ?」
「彼の故郷はここから遠くて、そこで修行していたそうですわ」
「ほう。王国の外からか。それはより興味が湧くね」
草薙本人が横にいるのに、彼抜きで話が進んでいる。しかし、そんな状況には慣れている。
この世界に転生する前の草薙は、かなり引っ込み思案な部分があった。本人はアピールしているつもりでも、他人から見るとそうでもない場合が多い。そのため、草薙の周りにいる人間が代わりにアピールしていたこともあった。草薙は、自身の積極性が欠如していたことによるものだと判断している。
それでも、褒められるという経験は少ない。草薙は少々こそばゆい感覚を覚えるが、眠気には勝てずに道中ずっと寝ていた。
日が落ちて暗闇が辺りを支配した時になって、ようやくジョーディの街に到着した。馬を預かり所に預け、宿屋に直行する。
「それでは、男性が三人と二人、女性三人の三部屋でご用意します」
草薙はミゲルとジークと一緒の部屋となった。しかし、彼らと話すなんてことはしない。馬車の中でも寝ていたが、ここでも寝ようとしていた。
しかし、それを阻止する人間が一人。
「タケル、時間いいか?」
ミゲルが草薙に話を振ってきた。草薙は面倒な予感がして寝入ってしまおうとも考えた。
しかし、この世界に転生する直前に、かつて柔道を教えてくれた先生に言われたことを思い出す。
『草薙は人との会話が足りてない気がするんだよね。草薙自身はちゃんと会話してるつもりでも、相手は草薙のことを知らない場合が多い。そのことに気づけないと、後で大変なことになるよ』
会話不足。草薙も薄々感じていた課題だ。人見知りの気もある草薙は、人との歩み寄り方を間違えていたり、距離を見誤っている節がある。それを改善するためには、人と会話を行うほかない。
「……なんでしょう?」
草薙はベッドから起き上がり、ミゲルの方を見る。
「タケルはどこの国から来たんだ?」
「……東の方にある国からですね。この国に来るまでの道中はよく覚えてませんが」
「そうなのか。もしかして、あまり言いたくないことだったりするのか? それなら申し訳ない」
「いえ、急に不安になるようなことではないので」
なんだか、中学の時の修学旅行の夜を思い出す。友達と夜遅くまで話し込み、笑い合うような、あの感覚。
それが、ふと草薙の中で芽生えたのであった。