「は? 今日は2回行動で、夜からは周年配信があるのに……。年に一度の収穫祭、グッズも大量に生産して爆益見込んでたのにどうしてくれんのよ……」
血色に染まる、スペチャで買ったワンピースの腹部を見ながら、あたしは心の中で毒づいた。
「ゲヒャゲヒャ」
と嗤う、この世の醜悪さを煮詰めたような緑色の小人を
薄れる意識の中眺めつつ、あたしは、死んだ。
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「今日もスペチャありがと〜! でも、本気出すのは夜の周年配信でよろしくね!!」
画面に向かって最大限の媚をふるうあたし。そう、あたしはVTuberである。チャンネル名は「毒舌天使♡ましろちゃんねる」。
その名の通り、愛らしい天使のアバターに似つかわしくない毒舌と、金への執着を隠さないスタイルで一部の熱狂的なファンを獲得している、つもりだ。
元々は某大手VTuber事務所に所属していた企業勢だった。
清楚系アイドルとしてデビューしたものの、早々に限界を感じて現在の毒舌路線に転向。
これがそこそこウケたのだが、ある日の案件配信でやらかした。
クリケットの国際大会をPRする案件で、「クリケットなんてマイナースポーツ、誰が興味あんのよ。もっと流行りのゲーム持ってきなさいよ、運営さん?」といつもの調子で口走ったのが運の尽き。
スポンサーだったインド系の巨大財閥が激怒し、即日契約解除、事務所もクビになった。
曰く、「クリケットはインドの魂であり、それを侮辱する者は神々の怒りに触れるであろう」とのこと。知るか、そんなもん。
だが、転んでもただでは起きないのがあたしだ。
前世(VTuberとしての前事務所時代)の知名度を引っ提げ、個人勢として華麗に独立。
事務所の軛(くびき)から解き放たれたあたしは水を得た魚。
企業の頃はコンプライアンス的に絶対NGだった叡智ティア(月額課金制のちょっぴりエッチなASMRサービス)を開設し、VTube(YouTubeのVTuber特化版みたいな架空動画サイト)のスペリオルチャット機能(通称スペチャでは、リスナー同士が競うように高額スパチャを投げ合う地獄のような、いや天国のような光景を毎日繰り広げていた。
その結果、チャンネル登録者数はあっという間に50万人を超え、月収は企業時代の数倍。
悠々自適なVTuberライフを満喫していた、まさにその矢先だった。
いつものように昼の配信を終え、夜の周年記念配信に向けてコンビニでエナドリでもキメようと外に出た瞬間、世界は変わった。
けたたましいサイレンと共に、空が不気味な紫色に染まり、各地から悲鳴が上がり始めたのだ。
スマホの緊急速報が「正体不明の敵性存在が出現。屋外は危険です。直ちに屋内に避難してください」と虚しく鳴り響く。
は? なにそれ? 新手のドッキリ?
しかし、目の前で信号機に緑色の醜悪な小人――よくアニメとかで見る、ゴブリンとかいう古典的なモンスターに違いない――が群がり、へし折るのを見て、これが現実だと理解した。
逃げなきゃ! そう思って走り出したものの、運動神経皆無のあたしがモンスターから逃げ切れるはずもなく、あっさりと路地裏に追い詰められた。
数匹のゴブリンが、涎を垂らしながら下卑た笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
こ、こんなキモいのに犯されるくらいなら死んだ方がマシ! そう思った刹那、鋭い痛みが腹部を貫いた。ゴブリンの一匹が持っていた錆びた槍が、あたしのワンピースを赤黒く染めていく。
「ゲヒャヒャ……オンナ、ヤラカクテ、ウマソウ……」
薄れゆく意識の中、あたしは思った。話しちゃうやんけ... 苗床にするのがセオリーやろがい... ダイレクトで殺されるのは聞いてないわ...
そして、冒頭に戻る。あたしは死んだ。はずだった。
「……あれ?」
次に意識が浮上した時、あたしはなぜか立っていた。さっきまで感じていた腹部の激痛も、流れ出ていたはずの血の感触もない。
目の前には、あたしを殺したはずのゴブリンたちが、きょとんとした顔であたしを見ている。
「え? なんで生きてんの? しかもこの姿……」
自分の体を見下ろして、あたしは息を呑んだ。
純白のフリルが幾重にも重なったドレス、背中には小さな天使の羽。
そして、プラチナブロンドのツインテール。
これは、あたしのVTuberアバター「毒舌天使ましろ」そのものの姿だった。
なんで? どういうこと? まさか、これが最近流行りの異世界転生ってやつ? でも死んだら終わりじゃないの?
混乱するあたしの脳内に、突如として膨大な知識が流れ込んできた。
それは、アバターを作る際、面白半分で「盛りまくった」設定の数々だった。
『ましろちゃんは実は太古の時代から生きる大賢者で、あらゆる魔法を極めているのですわ! もちろん、見た目はうら若き美少女のままですけどね!てへぺろ!』
配信のネタとして適当に考えた設定。それが、今、現実のものとしてあたしの中にあった。
「ゲヒャ? ナンダコイツ、イキカエッタ?」
ゴブリンの一匹が、再び槍を構えてにじり寄ってくる。
反射的に、あたしの口から言葉が飛び出した。
「【ファイアボール】ッ!」
瞬間、あたしの手のひらから灼熱の火球が出現し、ゴブリンを直撃。断末魔の叫びを上げる間もなく、ゴブリンは黒焦げの炭と化した。
「……は?」
残りのゴブリンたちが恐怖に顔を引きつらせるのを尻目に、あたしは自分の手のひらを見つめた。
マジかよ……。本当に魔法が使えた。しかも、詠唱も魔力も、何も意識する必要がない。まるで呼吸をするように、自然に。
「属性盛っておいて良かった〜!」
恐怖はどこかへ消し飛び、代わりに猛烈な高揚感が全身を駆け巡った。
現代がダンジョン溢れる異世界に? モンスターに襲われ死亡?
それがどうしたっていうのよ!
あたしはVTuberのアバターで復活し、しかもチート級の魔法まで手に入れた。
「フフ、フハハハ! この力があれば、こんなクソみたいな世界でも……いや、むしろチャンスじゃん!」
高らかに笑い声を上げるあたしを、残ったゴブリンたちは恐怖のあまり失禁しながら見つめていた。無問題です。
これからもっと楽しいこと、見せてあげるから。