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第2話

「うっひょー! これが本当のあたしかー! 現実(リアル)の身体とかもういらねーわ!」


 あたしは自分の身体を改めてまじまじと眺めた。


触れた指先は、設定通り雪のように白く、きめ細かいシルクのような肌触り。寸分の狂いもなく計算され尽くした美少女アバターのボディライン。


動くたびにふわりと揺れるプラチナブロンドのツインテールも、背中の小さな天使の羽も、すべてが本物だ。


信じられないことに、この二次元の理想が、三次元の現実であたしの肉体となっていた。


 試しに頬をつねってみると、ちゃんと痛い。夢じゃない。


「ていうか、この身体、めちゃくちゃ軽いんですけど!?」


 ぴょん、と軽く跳躍しただけで、今までじゃ考えられないほど高く、そして軽やかに着地できた。これもアバター設定の「天使の如き身軽さ」ってやつかしら。


 そして、脳裏にはっきりと浮かび上がる、まるでゲームのステータス画面のような情報。


【名前】マシロ

【種族】エンシェント・エンジェル(自称大賢者)

【称号】元企業勢、現個人勢VTuber、ゴブリンスレイヤー(New!)

【能力】

 ・大賢者の叡智(全魔法知識、神速詠唱、並列思考)

 ・魔力無限(概念)(MPって何?美味しいの?)

 ・全属性魔法適性MAX+++

 ・女神の祝福(あらゆる状態異常無効、軽微なダメージ自動修復)

 ・幸運EX(なんか知らんけどツイてる)

 ・絶世の美貌(異論は認めない)

 ・天使の羽(飛行可能、ただし本人は高所恐怖症なのであまり使わない)

 ・毒舌(デバフ効果:精神ダメージ【中】)


「……やりすぎた感あるけど、結果オーライだわ!」


 あまりにも都合の良い設定のオンパレードに、我ながら呆れるやら笑えるやら。


 企業勢時代、設定盛りすぎて「世界観が渋滞してる」って怒られたけど、今となっては感謝しかない。


 特に「魔力無限(概念)」とかいうふざけた設定、グッジョブあたし! これなら魔法使い放題じゃないの!


 さて、と。自分の超絶パワーアップを確認したところで、周囲の状況を把握しなくては。


 あたしがいた路地裏から大通りへ出てみると、そこはまさに地獄絵図だった。


 ひしゃげた車、割れたショーウィンドウ、そしてあちこちで上がる黒煙。悲鳴と怒号、そしてモンスターの咆哮が混ざり合い、世紀末映画のワンシーンをリアルタイムで見ているかのようだった。


「うわー、リアル世紀末。でも、あたしには関係ないけどね!」

 だって、あたしは最強無敵の美少女大賢者様だし?


 とりあえず、もっと見晴らしの良い場所へ移動しよう。情報収集の基本は高台から、って相場が決まってる。


 手近にあったデパートの屋上を目指して歩き出すと、早速新たなモンスターのお出ましだ。

 今度はゴブリンよりも一回りも二回りも大きく、緑色の肌をした豚鼻の醜悪な怪物――オークとかいうやつだろうか――が、棍棒を振り回しながら数体で襲いかかってきた。


「デカくてキモいのはゴブリンと変わんないわね。芸がないのよ、まったく」


 あたしはため息混じりに呟くと、軽く指を鳴らした。


「じゃあ、次はこれ。【ブリザード・ストーム】!」


 あたしの言葉に応え、周囲の気温が急激に低下する。次の瞬間、オークたちを中心に猛烈な吹雪が巻き起こり、彼らは為す術もなく凍りつき、そのまま砕け散った。


「MP消費? なにそれ美味しいの? って感じだわ!」


 火の次は氷。まさに変幻自在。あたしの魔法は、もはや芸術の域に達しているのではなかろうか。いや、元からそういう設定だったわ。


 圧倒的な力。それは、言いようのない快感と全能感をあたしにもたらした。


「これ……この状況、配信したら同接爆上がり間違いなしじゃん!」


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。血と硝煙の匂いが立ち込める世紀末世界で、可憐な天使アバターの美少女が超魔法でモンスターを薙ぎ倒す。こんな美味しいコンテンツ、他にないでしょう!


 しかし、肝心の配信機材がない。スマホはさっきのゴブリン騒動でどこかへ落としてしまったか、あるいは壊れてしまっただろう。


「ま、いっか。機材なんてそのうち手に入るでしょ。VTubeだって、こんな世界になってもサービス継続してるかもしれないし?」


 能天気なことを考えながら、あたしはほくそ笑んだ。悲観したって始まらない。この絶望的な状況すら、エンターテイメントに変えてみせる。それがプロの配信者ってものよ。


「それより、この状況を楽しまないと損よね! まずは情報収集と、安全で快適な寝床の確保。それから、美味しいものも食べたいわ!」


 あたしは鼻歌交じりに、瓦礫の散らばる街を歩き出した。目指すは、このクソみたいな世界の頂点。そして、そこから見下ろす最高の景色だ。


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